第43話 男女混合リレー 出走前




 明日、日曜日。ふーちゃんの家にお邪魔することになった。わーい。


 なんて浮かれている場合ではなく、いまは体育祭の真っ最中であり、ふーちゃんが毎日ランニングも頑張ってきた成果を発揮する日なのだ。


 彼女は実行委員という役割も責任感をもって頑張ってきたし――まぁ、ひとつだけ付け加えるのであれば、総合優勝のクラスの実行委員はカップルになるなんてジンクスもあるからな。



 体育祭も終わりが近づいてきて、クラス個人の競技としてはこの男女混合クラス対抗リレーが最終種目となる。


 残るは白虎組とかの組対抗リレーがあるけれど、俺たちと特別仲が良いやつは出場していないし、応援に専念するのみだからあまり関係ない。


「てっきり月村がアンカーかと思ってたわ。あいつ速いだろ?」


「まぁな~、でも、今日限定で俺のほうが速いぞ」


「なんだそれ」


 だって、ふーちゃんからバトンを受け取るんだぜ? ソニックブームで吹き飛ばしかねないぐらいにやる気は十分だ。


 同じくアンカーになった元クラスメイトの高田とそんな話をしつつ、足を軽く動かして体を温めておく。今なら離陸できそうなぐらい体調は万全だ。


 ふーちゃんが待機している場所を見てみると、彼女は丁度俺の方を見ていたらしく、俺と同じようにその場で足を動かし始めた。真似しているみたいで可愛い。


「新田さん、最近変わったよな。明るくなった」


 俺の視線の先を目で追ったらしく、高田がそんなことを言う。


 ここで俺が彼氏だったりしたら『ふーちゃんはやらんぞ』と言ってやるのだけど、あいにくそんな立場でもないので強くは言えない。だってもし、ふーちゃんが高田のことを好きだったりしたら、俺ってば最悪な奴になっちゃうし。


 だけど、『俺はふーちゃんに片思いをしている』と意思表明ぐらいはしておこうか――そう思っていると、


「これもたぶん、邁原が根気よく挨拶とか続けてきたおかげだろ? お前ホントすげーよ、お似合いのカップルだなって俺のクラスのやつも言ってたぜ?」


 お、おう。意思表明は必要なさそうだった。


 というか俺とふーちゃんがカップルだなんてそんなそんな……ニヤけちゃうからやめておくれ。盤外戦術だったとしたら強すぎる手札じゃないか。


「俺とふーちゃ……新田さんは別に付き合ってないぞ」


「別に『ふーちゃん』って呼べば? いろんなところで叫んだりしてるみたいだし、みんな知ってるぞ? ってかアレで付き合ってないってマジ?」


 ……日頃の行いを反省しようと思いました。まる。


「そうやって俺の心を乱してまともに走らせない作戦なの?」


 キミ、もしかしてあだ名が孔明だったりする? 俺が知っている高田のあだ名は『たかちー』ぐらいなんだけど。


 俺の訝し気な視線を受け取った高田は、ケラケラと笑って「ちげーよ」と否定をする。


「ま、未来の彼女? にいいとこ見せられるように頑張れよ。言っておくが、俺もクラスの奴にちゃんと走るよう頼まれてるから手は抜かねーぞ」


「望むところだ。勢いあまってひき殺したらすまんな」


「それは謝って済まされることじゃねーけど!?」


 それはそう。まぁふーちゃんのことを『未来の彼女』と呼んでくれたので、最高に気分がいいからそんなことはしないけど。



 我が二年三組の第一走者はサッカー部の俊足月村誠二、第二走者は元陸上短距離の千田結奈。この二人は男子女子の中でそれぞれ足の速いやつらなので、いい具合に第三走者のふーちゃんへバトンを繋いでくれそうである。


 第三走者であるふーちゃんは、本人が自称していたように、運動があまり得意ではない。


 まったくの運動音痴というわけでもないけれど、一、二か月の運動だけですべてが覆るほど甘くはないから、おそらく、少なからずリードが少なくなったり、順位が落ちたりしてしまうだろう。


 だが、もしそれで順位が転落したままゴールなどしてしまえば、きっと彼女は罪悪感を覚えてしまう。楽しい体育祭の思い出が、嫌な思い出に塗り替わってしまうかもしれない。


 そんなことは、断じて許されない。


 幸い、男女混合――しかも一人あたりの区間は百メートルぐらいだし、ふーちゃんの毎日の努力の甲斐もあって、そこまで大きな差が開くということはないはずだ。


「邁原、目が血走ってない? そこまで本気なの?」


 隣の高田が何かを言っていたが、俺のふーちゃんイヤーはその声を拾わない。『んみゃんみゃんみゃ』という音声に変換されていた。意味不明すぎる。


 俺はいま、彼女のために全力を尽くすよう気合を入れているところなのだ。

 身体を構成する細胞ひとつひとつに喝を入れているところなのだ――!


「この百メートルさえ走り切れたら、足がちぎれても構わない……!」


「熱量が違い過ぎて怖いんですけど」


 隣で高田がまた『んみゃんみゃ』言っている。前世猫だったのかお前。

 猫の鳴きまねをしている高田はさておき、そろそろ出走の時間だ。


 さてさて、ふーちゃんが俺の元にたどり着くとき、八名中何位で辿りつくことになるのやら。




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