第42話 音速を超えた先へ




 体育祭の点数のことなんか、全て忘れてしまいそうになるほどの出来事が起きた。


 もちろん、借り物競争の時に、ふーちゃんが俺を『王子様みたいな人』として連れて行ってくれたことは最高に嬉しかったのだけど、それとはまた別種の喜びであり、それ以上のものが。


 それは、男子の応戦合戦の後にあった、女子のダンスでのこと。


 ふーちゃんは身長が低いほうなので前列のほうに配置されており、ノースリーブかつミニスカートなチアの衣装に身を包んだ姿は、本当に天使のようだった。いちおう、周囲にも同じ格好をした女子がいたのだけど、俺にはふーちゃんしか見えなかった。


 白地にレモン色の模様が描かれたその衣装は、思春期の男子目線からすると下着とか見えてしまわないだろうかとそわそわしてしまうが、さすがにその辺りはしっかりとガードしているらしい。膝上何センチなんだってぐらいの短さだし、そりゃそうだろうけど。


 まぁ衣装について語っても仕方がない。本題は、ダンス中の彼女のある行動だった。


 ダンスの楽曲は女性アイドルが歌う今時のものが使われており、その中の歌詞に、『いつも君だけを見ている』というものがあったのだ。有名な曲のサビだったので、あまり音楽に詳しくない俺でも知っているフレーズだった。


 ――そこでだ。


 その歌詞の時、ダンスの振り付けは指を差すものだった。


 しかも、どうやら指を差す方向は決まっていないらしく、正面を指さす者、空を指さす者、踊っている女子同士、お互いに指さす者――多種多様である。


 そんな中、ふーちゃんは――、


「サビのところでさ! ふーちゃん俺のこと指さしてたよね!?」


「ち、ち、違うもん! た、たまたま指を差した先に邁原くんがいただけだもん!」


 そういうことである。


 ふーちゃんの指先と視線は、たしかに真っすぐと俺に向かっていた――気がする!! 今回に関しては、希望的観測というよりも事実である可能性が高いと俺は思っている。だって、本当に真っすぐ俺に向いていたんだもの。


 そんなわけで、ダンスが終わって少し汗ばんだ状態のふーちゃんに駆け寄った俺は、ねぎらいの言葉を掛けたあと聞いてみたのだけど、残念ながら否定されてしまった。


 他の誰でもないふーちゃんがそう言うのならば、違うのだろうけど……俺は照れ隠しであるという線を信じることにした。信じる者はきっと救われるのだ。


 一旦この話題は打ち切って、チア衣装のふーちゃんを見てみる。


「可愛すぎる……ふーちゃんはいったいどこまで可愛くなれば気が済むんだ?」


 俺を失血死させたいのかいキミは?


「そ、そんなことないよ……ほ、ほら、他の人も同じ衣装で、私より可愛い人なんていっぱいいるよ?」


「他の人は見てなかった――あ、ちゃんとダンスは見てたよ?」


 というか見る時間が惜しかった。もちろん、ふーちゃんを中心に全体の完成度みたいなものは見えていたけれど、その個人個人がいったい誰なのかとか、細かい容姿だとかは見ていない。そこに割く脳力があるのなら、ふーちゃんに注ぐべきだろう。


 まぁそれはいいとして、


「これで見納めか……」


 スマホ、教室の鞄に入れっぱなしだよ……ふーちゃんのこの可愛すぎる姿、写真に収めておきたかった。そして可能ならば、ツーショットも取りたかった。


 体育祭が終わって教室に戻ったときに、せめて体操服姿のツーショットぐらいはお願いしてみよう。


「ほ、ほら、たぶんお父さん写真撮ってくれてるから」


 しょんぼりする俺を慰めてくれているのか、ふーちゃんはそんな前向きな言葉をかけてくれる。お義父さま、見せてくれるだろうか。


 うちの娘のセクシーな姿は見せられん! とか言われるかもしれない。俺によこしまな気持ちはほとんどないというのに――ほとんど。


「チア衣装じゃなくてもいいからさ、教室で一緒に写真撮ろう」


 あとでお願いするつもりだったけど、このあと頑張るためにも先にお願いしておくことにした。――口にしたあとに思ったけど、これは一種の博打である。


 だってもしふーちゃんに『嫌だよ!』と言われてしまったら、やる気がしおしおになってしまう可能性があるのだ。


 そりゃもちろん、頑張ることには変わりはない。全力を出すことにも変わりはない。だけど、待ち受ける褒美があるとないとでは、身体能力に差が出てしまうと思うのだ。


 悲しいかな――これが恋する男の弱いところである。


 俺のツーショット希望の言葉を聞いたふーちゃんは、案外あっさりと頷いてくれた。元気百倍である。今の俺は音速を超えるかもしれない。


 頷いたあと、ふーちゃんは少しだけ俺に近寄ってくる。そして、顔を俺の耳元に寄せてきた。


「あ、あのね、この衣装ね、各自持ち帰って洗濯することになってるの」


「ん? うん、男子の応援合戦の服もそうらしいな」


 男子の場合、ほとんどの生徒は体操服だが、数人だけは各組にちなんだ色の羽織を身に着けていた。うちのクラスで言うと和斗がその役割をしていた。イケメンということで、女子が推薦しまくっていた結果だ。


 まぁ和斗の話はいい。いまはふーちゃんだ。顔が近い。


「あ、明日ね――日曜日だし、邁原くんが残りの種目も頑張ったら、着てもいいよ……?」


「おぉ……」


 めまいがして膝から崩れ落ちた。ふーちゃんが慌てた様子で「大丈夫!?」と声を掛けてきてくれているが、視界がぐらぐらしてしまってまともに反応が返せない。


 だってさ、チアの衣装も嬉しすぎるけど、休日にふーちゃんの家に呼ばれてるってことでしょ? お家デートってやつじゃないですか。


 深呼吸を何度かしてから、追い打ちとは知らずに俺の背中をさすってくれているふーちゃんに返事をする。


「全部一位取る」


「い、一位じゃなくてもいいんだよ? ――みたいなものだし」


 ふーちゃんがぼそぼそと、聞こえないような声量で言う。

 しかし俺のふーちゃんアイによる読唇とふーちゃんイヤーの協力により、俺には聞こえた。


「……『口実みたいなものだし』?」


「い、言ってない! なんで聞こえてるの! ち、ちがっ、いまのも違うもん!」


 やべぇ、また鼻血でそう。





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