第41話 借り物競争 後編




 俺の順位、二着だった。


 ふーちゃんに協力してもらったのにも関わらず、一着を取れなかったのである。ふーちゃんには土下座して謝りたいところだったけれど、かえって迷惑になるのは目に見えているので、心の底から謝るだけにとどめた。


 まぁ一位は雪花さんだったから、クラス順位的には何の問題もないんだけどな。


 本人に聞いてみたところ、彼女がボックスから取り出した紙には『動物が描かれたもの』だったらしいのだが、自前の靴下にうさぎが描かれていたようなので、そのままゴールしたらしい。借り物ですらないがいいのかと思ったけど、判定的にはセーフだったようだ。


 そして、その後二グループ目と三グループ目が試合を行ったが、我が三組は順位としては上位に食い込んだものの、どちらも三位以内には入ることができなかった感じ。


 この時点でうちのクラスは一位だったけれど、点差を引き離すためにも――そして総合優勝へ一歩進むためにも、良い順位を取っておきたいところ。


 ふーちゃんにはぜひとも、頑張ってもらいたい。実行委員としても頑張っていたし、試合でも結果を残せたらきっといい思い出になると思うから。


「ふーちゃん頑張れぇえええええ! 借り物が俺だったら、手を上げてねぇえええええ!」


 俺はすでにレースが終わったが、借り物競争の出場者はまだ応援席には戻っていないので、待機列にて体操座りの状態で叫ぶ。ふーちゃんはこちらに気付くと、小さく手を振ってくれた。はい天使。みなさん見ましたか? あの子、天使でしょう?


「邁原くん、楽しそうですね」


 隣の雪花が笑いながら声を掛けてくる。そういう雪花こそ、楽しんでいるようだ。


「すごく青春してるって感じがして、いいと思います」


「そうかな?」


「ええ、応援頑張りましょう」


「おうよ」


 うるさい黙れとか言われなくてよかった。もちろん、雪花はそういうことを言うキャラじゃないんだけどさ。雪花以外の周囲の人も、別に嫌がっている雰囲気はない。


 そうこうしている間に、第四グループ……ふーちゃんたちがスタート位置に着く。

 腰を軽く落として、いつでも駆け出せるような態勢になった。


「位置について、よーい……ドンっ!」


 おなじみの掛け声とピストル音。それと同時に、一斉に生徒たちがボックスへ向けて走り出した。残念ながら、ふーちゃんはそこまで足が速くないので、ボックスへたどり着いたのは十六名中最後から三番目。


 それでも、以前のふーちゃんだったらもっと遅かっただろう。このグループの中だったら、最下位でボックスに到着していたかもしれない。


 ボックスにたどり着いたふーちゃんは、肩で息をしながらもすぐに紙を取り出して広げる。中に書いてある物を見た瞬間、彼女は俺がいる方向を向いて手を上げた。ほんのり顔を赤くしているような気がする。走ったからかな?


「――来たぁ!」


 まさか本当に俺がご指名になるとは思わなかったが、ふーちゃんがもし俺を求めた時に期待に応えられなかったら悔やんでも悔やみきれないと思っていたので、いつでも走りだせるように構えていた。


 ふーちゃんの手が上方向に動いた瞬間には、すでに俺は待機列から離脱するように動いていたし、彼女の手が頂点に到達するころには、全速力で駆け出していた。


 借り物のほうが向かって行ってる状態だけど、たぶんいいよね……?


 そんな不安が一瞬頭をよぎったが、ふーちゃんの目の前にたどり着くとあまりの可愛さに考えていたことが全て吹き飛んだ。


「――お待たせ、借り物はなんだったの? 俺で大丈夫?」


「き、聞かないで! ま、邁原くんで大丈夫だから」


 どうやら聞いてはいけないらしい。あまり言いたくないような内容なのだろうか? 『汗臭い人』とかだったら泣ける。あとは『うるさい人』とか『しつこい人』とか……。


「い、いこ!」


 そう言って、ふーちゃんは俺の手を握った。……手を握った?


「い、いいの?」


「走るよ! 邁原くん!」


 俺の疑問には答えず、ふーちゃんが俺の手を握った状態で走り出す。俺は並走しながら、ふーちゃんの顔を見た。顔は赤いが、それと同時に必死になっているのがわかる。


 彼女も本気で勝ちに行っているんだなぁ……もちろん、彼女が手を抜いているとかは思ってないけど、勝つためなら俺と手を繋いでもいいと思っているところとかさ。


 ふーちゃんの全力は俺にとってはそこまできつくないので、そんなことを考える余裕があった。そして、俺たちは一番にゴールテープを抜け、借り物の審査に入る。


 もしこれでNGが出たら、またやり直しだ。


 ――というか、この審査でふーちゃんの引いた借り物が何かわかっちゃうんじゃね?


 審査員である三年の体育祭実行委員の人は、ふーちゃんから受け取った紙を確認すると、俺とふーちゃんを見てニコリと笑った。


「えー、お題は『王子様みたいな人』ですね! 新田さんは先ほどお姫様抱っこでこちらにやってきていましたので、当然邁原くんは王子様ですね! 合格です!」


 ……お、王子様? 俺が? どの辺が……? いや、審査員の言葉で理解はしているのだけど、それでいいの?


 もちろん嬉しさはめちゃくちゃある。だがそんな光栄な話があっていいのだろうか? 俺がふーちゃんの王子様って、まじ?


 隣を見ると、ふーちゃんは体をこちらに向けつつも、顔は両手で覆っていた。よく見ると、指の隙間が少しだけ空いていて俺のことを見ている。


「俺って王子様っぽいの?」


 いちおう、本人に確認を取ってみた。これで顔を横に振られたらそれはそれで悲しいんだけど、聞いてしまった。


 すると彼女は手で顔を覆った状態のまま、


「………………ん!」


 その一音だけ発していた。そんなこと聞かないでよ! みたいな雰囲気である。

 あー……やっぱりふーちゃんは可愛すぎる。抱きしめてしまいたい。




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