第40話 借り物競争 前編
昼休憩が終わってから、一番初めの種目は借り物競争である。
そう、俺やふーちゃんの出場する種目だ。一クラスあたり八人が出場し、二人×四回という形で行われる。栄文高校の二年生は全部で八クラスあるので、一試合あたり対戦するメンバーは十六名。
そしてその十六名の着順で、ポイントが付与されるという感じだ。
そして俺は一番目のグループに所属しており、ふーちゃんは四番目。つまり最初と最後だな。
「頑張りましょうね、邁原くん」
「おうよ。雪花も頑張れよ」
俺と同じグループに割り振られたのは、いつも昼食を一緒に食べているメンバーの一人である雪花こころ。あまり運動は得意ではないようだが、千田曰く、それを補うぐらいに頭の回転は速いそうなので、わりと良い順位を期待している。
スタート位置につくまでのあいだに、お互いに激励の言葉を交わして、指定の場所に着く。
借り物競争のルールはこうだ。
まず、二十メートルほど先にあるボックスまで走り、その中から一枚紙を取り出す。そしてその中に書いてある物を、ゴールテープがあるところまで持っていくというものだ。
実にシンプル。だが、書いてある内容によっては、ゴールすることすら難しくなりそうなものだ。トップと最下位の差が激しくなりそうな気もする。
「位置についてー、よーい……ドン!」
掛け声、そしてピストルの音を聞いて、全速力で走りだす。ボックスを吹き飛ばしてしまわないように急ブレーキをかけてから、すぐさま箱の中から紙を一枚取り出した。
四つ折りにたたんである紙を急いで開いて、中身を確認すると――、
『天使(ただし、持ち運び可能であること)』
そう書かれていた。
「天使と言えばふーちゃん一択――だけど持ち運び可能って……」
物じゃないといけないってことか? 天使でありながら物? フィギュアとかぬいぐるみとかじゃないとダメってことなのか……いや、違う! そうじゃない!
「人がダメだとは――書いていない!」
持ち運び可能じゃないといけないのなら、持ち運んでしまえばいいじゃない。
だとすれば、ふーちゃんを運べばいいだけの話……!
「――くそっ! 判断が遅れた!」
俺が駆け出すころには、すでに半数以上が動き出していた。俺も急いでふーちゃんの元に動き出す。しかし、ふーちゃんは待機の列に混じっていて、場所はなんとなくわかるけど、どのあたりにいるかがよくわからない。
「ふーちゃぁあああああああん! こっちに来てくれぇえええええ!」
そう叫びながら、ふーちゃんの元に向かって走っていく。すると、人込みをかき分けるようにして、ふーちゃんがひょっこりと顔を出した。そのタイミングで、俺も彼女の元にたどり着く。
「ど、どうしたの?」
「借り物が『天使』なんだ! そして、持ち運べないといけないんだ!」
「て、天使? 持ち運び……? つ、つまりどういうことなの?」
「ふーちゃん、運ばせて!」
そう言ったところで、これってもしやセクハラの類なのではないかと不安になってきた。だって、彼女の身体を触らずに運ぶなんて念力は俺は使えないし、おんぶとか抱っこをする必要がある。
「ご、ごめん……もし俺に触られるのが嫌なら、断ってくれても――」
やってしまったと思いつつ、次の手段を頭で練りながらふーちゃんに言う。
しかし彼女は首を横に振った。
「ま、邁原くんになら、別に運んでもらってもいいんだけど、私って、天使じゃないよ……?」
どうやら、彼女的には別のところで引っかかってしまっていたらしい。そこは不安要素ではないのだよ風香くん。
「大丈夫! ふーちゃんは天使だから!」
だとしたら急がねば! 借り物競争の配点は大きい。なんとしても一着を取りたいところ。
「ふーちゃん、危ないからいちおう俺の肩に手をまわしてくれる」
ちょうどいい高さになるよう腰をかがめると、ふーちゃんは「こ、こう」とおそるおそる俺の肩に手を回す。ふに――と柔らかいものが俺の肩に接触するが、俺は紳士なので気にしないことにする。――気にしてないったら気にしてないのだ。
たぶん、平常心ならば彼女はかなり照れたり緊張していたりしたのだろうが、せかされてしまっているため、考えるよりも先に身体を動かしてしまっているのだと思う。
「じゃあいくぞー、よっと」
「――ひゃぁっ」
ひょい――っと、ふーちゃんの身体をお姫様抱っこの形で抱き上げる。
おそらく、このお姫様抱っこに慣れていなければ、こんなに軽々と持ち上げたり、その状態で走ったりすることはできなかっただろう。
だが、俺は『いつかふーちゃんをお姫様抱っこするとき、できないとかっこ悪い』と言う理由で、一年のころ誠二で練習させてもらったことがある。
本人はかなり恥ずかしがって『恥ずかしいからやめてくれ』と言っていたけれど、俺は練習に必死だったのでその状態でグラウンドを駆けまわったりしていた。あの時はすまない。
「こけないように気を付けるから、安心して」
至近距離にいるふーちゃんに声を掛けると、彼女は顔を真っ赤にした状態でコクコクと頷いた。そして消え入るような声で、「重くない?」と不安そうに聞いてくる。
「全然! じゃあちょっと揺れるけど、少しの間だけ我慢してくれよ」
「う、うん!」
というわけで、その状態でダッシュ。こんな形でふーちゃんをハグ?できたのはかなりの役得である。鼻血を我慢できているのは、一着にならないといけないという使命感があるからだろうか。
周囲の観客は、いつの間にか俺たちに声援を送っていた。クラスメイトだけでなく、なぜか別のクラスも――って、あの人たちって白虎組ですらなくね? 自分のクラスの生徒を応援してやれよ。
でもまぁ、悪い気はしない。応援はありがたく受け取っておこう。
「えへへ……、邁原くん、力持ちだ」
俺の腕の中で、ふーちゃんが独り言のような言葉を口にする。やはり彼女は天使で間違いない。
まぁ、女神と書いてあったとしても、俺はふーちゃんを選んだだろうけど。
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