第39話 お昼ご飯




 午前中の種目が全て終わって、現状は白虎組が一位という状態。


 ただ、その差は僅差であり、一位の白虎組が二百五十六点なのに対し、二位の朱雀組が二百四十二点、三位の玄武組が二百四十点、四位の青龍組が二百三十五点となっている。


 そして肝心のクラス順位であるが、現在俺たち二年三組は全体で二位。一位は、三年生のクラスだった。ただ、同じ学年同士で争うことが基本なので、上位が全て三年生ということではなく、その学年の中で意欲があるクラスに偏っているという感じだ。


 そして、昼休憩の時間。


 うちの両親も、ふーちゃんの両親もこの場にやってきているようだけど、どちらも『お友達と食べてきなさい』というスタンスだったので、お互いに家族と少しだけ話す時間を取ってから、教室に戻った。


 そして、大事件が起きた。最高の大事件だ。


 今朝、母さんから『お弁当は持っていくから、今日は買わなくていいわよ』という言伝をもらっていたのだが、俺が母さんから弁当を受け取ることはなかった。


 母さんの言い分としてはこうだ。

 ――私が持っていくとは一言も言ってないわよ?


「マジですか……」


 机の上に置かれた神々しいものを眺めながら、俺は呆然と呟いた。


「う、うん。あのね、美味しくなかったら、本当に残しても大丈夫だからね?」


 なんと、ふーちゃんが俺のために昼食を準備してくれていたのである。


 どうやら父親経由で連絡を取り合い、俺を除く家族間で情報を共有し、ドッキリをしかけてきたらしい。気絶してもおかしくないサプライズだ。


 ふーちゃんは驚く俺を見て「えへへ」と照れ臭そうに笑ったあと、その嬉しそうな顔のまま昼食の紹介を始めた。


「これがタマゴで、こっちはハムとレタスとトマトで、こっちはマヨコーンなの」


 おせちぐらいのサイズの入れものに、長方形の形のサンドイッチが綺麗に並べられている。それを一つ一つ指さしながら、ふーちゃんが中身を説明してくれた。


 いつも一緒に昼食を食べている他のメンバーは、家族と一緒だったり部活のメンバーと食べたりしているため、久しぶりにふーちゃんと二人きりの昼食である。


 大人数で食べる昼食もいいものだけど、やはり二人きりの時間も好きだ。保健室でふーちゃんにお弁当を分けてもらって以来である。


「幸せ過ぎて頭おかしくなりそう……」


 正直な気持ちを吐露すると、ふーちゃんは顔を赤くしながら「お、大袈裟だよ!」とせわしなく手を横に振りながら口にした。


「わ、私もね、ちょっとずつお料理勉強してるんだよ。サンドイッチだから、簡単だけど」


「いやいや、サンドイッチは十分すぎるよ。本当にありがとう」


 以前ふーちゃんと『お弁当を交換しよう』という話になったあと、ふーちゃんもできるなら自分で作って交換したいということだったので、俺は彼女の準備が整うまで待機している状態だった。


 ――が、まさかこんなサプライズを用意しているとは……!


「俺も作ってきたほうが良かったかな?」


「んーん、それはまた今度お願いするね? き、今日はお試しみたいなものだから」


 お試しか。なんなら料理している傍で味見役をしたいぐらいだが、ふーちゃんが作ったものならば俺の舌の上ですべて『うまい』に変換されてしまいそうなので、おそらく協力はむずかしい。悲しい。


「どれから食べる?」


 ふーちゃんが首を傾げながら問いかけてくる。


 順番なんて決められねぇよぉ……いやだけど、できるだけ味付けの薄そうなものから食べたほうが、より味わうことができるか。だとしたら、野菜の入った――。


 いや待て。本当にそれが正しい順序か? 俺は何か見落としたりしていないか?

 レタスとハムとトマトのサンドイッチを選ぶつもりだったけれど、マヨコーンはともかく、タマゴは味付けにもよるんじゃないか?


 サンドイッチとにらめっこしながら、しばらくそんなことを考えていると、


「も、もしかして、嫌いなものとかあった……?」


 ふーちゃんがおろおろとした雰囲気で聞いてきた。


「違う! 違うんだよふーちゃん! どれも美味しそうだけど、どの順番で食べたら一番このサンドイッチの魅力を噛みしめることができるのかと思って……」


「そ、そこまで考えなくても大丈夫だよ? わ、私、邁原くんが食べてくれるなら、いつでも作るよ?」


「――カハッ」


「邁原くん!?」


 あまりの可愛さに鼻血が噴き出そうになったので無理やり吸い込むと、むせてしまい血を吐いたみたいになってしまった。


 だが問題ない。とっさに首を横にひねったので、サンドイッチはもちろん、机も椅子もふーちゃんも汚れていない。すぐさま床に飛び散ったものをティッシュでふき取る。


「もぉ~、なんだか見慣れちゃったけど、本当に大丈夫? はい! じゃあもう私が選ぶよ! タマゴ!」


 眉を八の字にして呆れたように言いながら、ふーちゃんは俺にサンドイッチを手渡してくる。俺はそれをうやうやしく両手で受け取ったのち、片手に移動させてからお茶で口の中をリセット。


 そして、サンドイッチを口にした。涙がこぼれた。


「――っ、うっ、うめぇ……」


「なんで泣いてるの!? べ、べつに特別なことはしてないし、普通のスクランブルエッグにちょっと味付けしただけだよ……?」


 そう言われても美味しいものは美味しいんだもん。


 感動して口に入れた瞬間に涙腺が崩壊してしまったよ。ちょっとしょっぱさが出てきた。慌てて涙を腕で拭う。


「おい止まれ涙。ふーちゃんの作ってくれたサンドイッチに余計な味を足すんじゃない」


「それで止まるんだ……ふふっ、変なの」


 ぴたりと止まった俺の涙を見て、ふーちゃんがクスクスと笑う。可愛すぎる。


 味付けが変わるたびに涙を流す俺を見て、ふーちゃんは楽しそうにしていた。

こんな幸せがあるのならば、体育祭――毎日やってくれないかなぁ。




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