第38話 体育祭開幕




 俺が倒れて保健室に運ばれて以来、その場にやってきた有紗もうちのクラスに頻繁に来るようになった。ふーちゃんのことを気にいったのか、それとも俺とふーちゃんの掛け合いが楽しいのかは知らないけれど、昼休みなんかにも二日に一回ぐらいは顔を出すレベルである。暇人か。


 いちおう有紗のクラスもうちと同じ白虎組だから仲間と言えば仲間ではあるが、俺はクラスの総合優勝を狙っているので、今回は敵のようなもの。


 クラスで行う作戦会議などの情報は、和斗にもしっかり口留めをしておいた。

 リレー系はともかく、騎馬戦とかは作戦勝ちって結構あったりするからなぁ。

 ふーちゃんとの距離感は相変わらずだ。


 相変わらずといっても、別に俺は現状に不満があるわけではないから、単に幸せな時間が継続しているといっていい。


 そしてそれはきっと俺だけではなく、彼女自身も最近は運動能力的な面で成果がしっかりと出てきているので、ランニングも楽しそうだ。朝はわりと、俺と会話をしながら走ったりしている。


 こういう成長を間近でみると、俺も頑張らないといけないなぁと思えた。



 そして、ついにその日がやってくる――待ちに待った体育祭当日だ。

 体調は万全。しっかりと睡眠もとっているし、筋肉痛もないように調整してある。


「今日は頑張ろうね、邁原くん!」


 宣誓や、来賓紹介、その他こまごましたイベントをこなしてから、グラウンドにてクラス全員で円陣を終えたあと、ふーちゃんが声を掛けてくる。


 今日のふーちゃんは、やる気十分と言った感じで、髪をうなじのあたりで結んでいた。結ぶにはちょっと短めの髪だとは思うけど、そんなことが一切気にならないぐらい可愛い。なんでこんなに可愛いのか。普段見えないうなじが妙に俺の視線を吸い寄せて来る。


「おう、絶対優勝しよう。そして、体育祭のジンクスにあやかろうな」


「うん! ――じゃないよ! ち、ちがっ、違うから! わ、私別に、信じてないもん!」


「あははっ、ごめんごめん。冗談だから」


 冗談じゃないですけどもね。


 使えるものはなんでも使えの精神で、予知夢の力をジンクスでぶち壊してもらおうと思ってるから。スピリチュアルなものには同じくスピリチュアル的な奴をぶつければよいのだ。と、最近思っている。あと普通にふーちゃんの恋人になりたい。


 二年生の最初の種目は百メートル走だ。


 仲の良いやつで言うと、誠二が出場することになっている。あとは俺とふーちゃんと一緒に400メートルリレーに出場することになっている、陸上部の阿部と上村。


 きっと他のクラスからも足の速いやつがこの種目には参戦してきているだろうけど……なんとか最初から上位に食い込んでおきたいところだ。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「月村くん、頑張れーっ!」


 ふーちゃんが応援席から誠二がいる位置に向かって叫ぶと、自分の名前を呼ばれたことに気付いたらしい誠二がスタート位置から手を振ってきた。照れ臭そうである。


「てめぇふーちゃんの応援もらっておきながら一着とれなかったらぶっ飛ばすぞ!」


「ま、邁原くんのことも応援するから、ね?」


 しまった……つい誠二が応援されていることに嫉妬をしてしまった――なんて俺は心の狭い人間なんだ! どうやらふーちゃんにも気を遣わせてしまったようだし……最悪だ。


 俺の声帯、もう封印したほうがいいんじゃないだろうか?


 いやそれはダメだぞ邁原勇進。ふーちゃん以外のクラスメイトも、きちんと周りに意識を向ければ、しっかりと誠二のことを応援しているじゃないか。封印なんてせずに俺もちゃんと応援しないと。


「誠二ぃー! 月村誠二ぃー! 彼女いない歴十七年、二年三組所属の年上が好きなサッカー部の月村誠二ぃー! 頑張れぇえええええ!」


「勇進てめぇ覚えとけよぉおおおおお!」


 元気そうで何よりである。こういうとき、大きい声を出したほうが身体を動かしやすいから、俺から誠二へ向けてのプレゼントである。ありがたく受け取れ。


 決してふーちゃんの応援をもらった誠二への腹いせなんかじゃない。

 俺だってまだ、ふーちゃんの応援をもらったことないのに……。


「えへへ……やっぱり二人は仲良しだね」


「まぁ仲が良いからこそのやり取りではあるかもな」


 裏でこそこそと陰口を言うのが嫌いなふーちゃんも、こういうやりとりは微笑ましく見えるらしい。ふーちゃんがニコニコしたので、俺もニコニコである。


 そんな風に二人でニコニコ見つめあっていると、スタートの合図であるピストルの音が聞こえてきた。あ、スタート見逃した。


「――わっ、す、すごいよ! 見て邁原くん! 速い速い!」


 半分に差し掛かったところで、誠二はすでに身体一つ分他のメンバーより前に出ていた。


「だろ~? あいつ、足は本当に速いんだよなぁ」


 そう言いながら、俺も誠二が走っているのを目で追う。

 中学一年の頃は俺のほうが少し速いぐらいだったんだけどなぁ。いつの間にか抜かれてしまった。


 しかしアレだな……友人が褒められると、なんだか俺も嬉しい。

俺もめんどくさい男だよなぁ。応援されているのを見ると嫉妬するのに、褒められているのを見ると嬉しくなるなんて。


 まぁとりあえず……アレだ。


「一着、おめでとうだな」


「うん! 月村くん、すごかったね!」


 …………うん、たしかにすごかった。速かった。さすがはサッカー部一の俊足である。


 気持ちを切り替えろ邁原勇進。


「俺もふーちゃんにすごいって言ってもらえるように頑張るぞぉおおおおお!」


「ま、邁原くんはすごいよ? だ、だから、あの、ちょっとね? 恥ずかしくて……」


 もじもじするふーちゃん可愛い! そしてごめんなさいでした!





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