第33話 遠目で見守る
いよいよ実行委員が動くだけではなく、栄文高校の生徒たち全体が体育祭に向けて動き始めた。そのため、教室内でも体育祭関連の話題が多くなってきている。
全体練習などもちらほらと入り始めたある日の昼休み。
昼食をとりながら、話題は借り物競争の中身についてのものになった。
「実行委員の中には仲間に借り物の内容をリークしている奴もいるかもしれないけど、まぁその辺はあまり堅苦しくなく――って雰囲気だからな」
「というか、私たちも自分たちで提出した分しかわからないから、あまり意味ないよね。委員長とか先生が全てに目を通して、そこから内容を決めるんだって」
俺とふーちゃんの話を聞いて、四人は納得した様子を見せる。
誠二が『最初から借りる物を用意しとけば楽じゃね?』というせこい提案をしてきたので、それに対する回答だ。
たしかにふーちゃんのためにも優勝したいとは思うけれど、正々堂々と勝利してこそ喜べることなのだから、そういう手は使わない。俺はもちろん、ふーちゃんもそういうことは嫌いだろうしな。
「男子は応援合戦――女子はダンス、この辺りの配点高いくせに、厳密な評価基準がないってのがなんか嫌だよな。リレーみたいにタイムとかわかればはっきりするけどさ」
咀嚼していた焼きそばパンを飲み込んで、誠二が言う。
たしかにそれは俺も思ったけど……どうしようもないことは考えてもどうしようもない。
だけど、ふーちゃんが踊るんだぞ? 結果なんてわかりきっているだろうに。
「まぁまぁ、あれは来場者の投票で決まるんだし、ちゃんと頑張っている組は評価されると思うよ?」
不満げに言う誠二を、和斗がなだめていた。
我が校の体育祭は、クラスごとの評価も存在するけれど、基本的には一年生から三年生までをひっくるめて、四つの組に分かれて行われる。
朱雀組と玄武組と青龍組と白虎組。そしてうちのクラスは白虎組に割り当てられていた。
一度ふーちゃんに『白虎のモノマネをどうぞ』と無茶ぶりをしてみたことがあったのだけど、その時の彼女の返事は『しゃーっ!』だった。とても可愛かった。
「ダンスも、リレーも、借り物競争も……全部頑張る!」
俺たちの話を聞いていたふーちゃんが、握りこぶしを作ってやる気をみなぎらせている。ふーちゃんが頑張るのであれば、俺はそれ以上に頑張らなければなるまい。
そしてクラスメイトたちにも、サボらない程度には頑張ってもらいたい――だから適度に喝を入れる必要が……なんてことを思っていたんだけど、なんか俺が言うまでもなく、やる気十分なんだよなぁ。
みんな意外と体育祭、好きなのか?
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「ふーちゃんが可愛すぎて溶けそう」
「勇進、もう半分ぐらい溶けてるだろ」
「むしろ溶けて固まってを繰り返してる感じだよね」
応援合戦の休憩中、遠く離れたところでダンスの練習をしている女子を見ながら、俺は友人たちに心の声を垂れながしていた。他のクラスメイトたちも、水分補給がてら固まってだらだらと雑談をしている。
女子たちはグラウンドの端にいるため豆粒ぐらいにしか見えないけれど、俺のふーちゃんアイにかかれば彼女がどんな表情をしているかぐらいはなんとなくわかる。ふーちゃんのほうは、まったく俺に気付く気配はないけれど。
「本番はチアみたいな衣装なんだろ? 和斗的にも嬉しいんじゃね?」
体操服でダンスをする女子たちを眺めながら、誠二が言う。
「
誠二からの言葉のパスを受け、あっさりとシュートを決める和斗。まぁ有紗と和斗が付き合いだした中学二年のころ、この手のからかいは散々受けてきただろうからな。
俺は最近ふーちゃんに夢中になっているし、有紗が別クラスだから直接は話してないけど、グループチャットではいまだにやり取りをしていたりする仲だ。
当然、有紗は俺がふーちゃんに片思いをしていることも知っている。
「かーっ! 勇進といい和斗といい、こういうことをサラッと嫌味なく言えるからモテるんだろうなぁ。俺には無理だわ」
「お前はまず好きなやつを見つけるところからだろ。誰もいないの?」
「えぇー……いないいない。なんか全員ガキに見えるから」
「誠二も十分すぎるぐらいガキだろ」
こいつの口から恋愛らしい恋愛の話を聞いたことがない。
口にするのはせいぜい『胸がでかい』とか『人気ありそう』だとか、客観的な感想のみで、自分がどう思うのかとかはあまり言わない。
前に『恋人にするなら年上がいい』とか言っていたからなぁ……もしかしたら、こいつに学校内での恋愛は無理なのかもしれん。
「最近有紗とはどうなんだ?」
誠二への追及はひとまず中止して、和斗に話を振る。
「有紗は相変わらずだよ――あ、でも昨日の夜電話したとき、新田さんと友達になりたいとは言っていたかな? 変わったことといえばそれぐらいだよ」
なるほど。
「つまりそれは、有紗が俺の良いところをふーちゃんに宣伝してくれるということだな? たまにはいいことするじゃないか」
「……う、うん、たぶんね」
歯切れが悪い。どうやら違うらしい。単純に俺が大好きなふーちゃんに興味を持ったということだろうか? 顔自体は一年の頃うちの教室に来たりしていたから、知っているとは思うけど。
「新田さんも有紗も人付き合い上手いからさ、まぁ大丈夫じゃね?」
誠二がまとめるようにそう口にする。俺もそう思う。
というか、どちらかがコミュ力が低くてもなんとかなりそうなのに、過剰戦力のような気がしてしまうぐらいだ。だけど、それぞれふーちゃんは聞き上手、有紗は話上手という意味では、わりと相性がいいのかもしれな――っ!?
「――ふーちゃんがこっち見た!」
こちらを何度かチラ見していた!
俺は気付けば立ち上がり、大きく手を振っていた。完全に無意識の行動だった。
誠二が呆れたように「勇進どんだけ目が良いんだよ……」などと言っているが、無視。俺の五感はすべてふーちゃんに注ぐのだ。
俺の行動を見たふーちゃんが、二度見するように俺を見たあと、キョロキョロと周囲をうかがうそぶりを見せる。やがて彼女は俺に向けて、胸の高さで小さく手を振ってくれた。
恥ずかしいという気持ちをこらえながらも、俺に反応してくれたらしい。なんて可愛いんだ!
「練習頑張ってねぇええええ!」
ごめんふーちゃん。行動だけじゃ耐えられなかった。思わず叫んでしまった。
すると、周囲の視線がこちらに集まる。男子はもちろん、ダンスの練習をしている女子たちの視線も。理性が少しだけ仕事をしてくれたので、名前を呼ばずに済んだ。
「うわっ……これは恥ずかしいだろ……新田さん可哀そ」
俺もそう思う。あとで誠心誠意の土下座をしよう。
どんな謝罪の言葉を述べようか考えながら、わたわたと慌てているふーちゃんを見守っていると、彼女は意を決した様子で両手を口元に寄せた。そう、メガホンの代わりになるように。
「ま、邁原くんも! 頑張ってねーっ!」
ふーちゃんの全力の叫び。彼女がここまでの大声を出したのを、俺は初めて聞いた。
そして当然ながら、可愛すぎるふーちゃんを見た俺の記憶はここで途絶えた。
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