第32話 痛いの痛いの……
近くになった水のみ場にくっついている蛇口で、ふーちゃんの手についた汚れを綺麗に洗い流す。幸い、出血量はほんのわずかで、俺の鼻血の1パーセントぐらいだった。
ただ、傷口は綺麗というよりも荒いやすりで削られたようになっていたので、ヒリヒリして痛そうではある。スポーツをやっていればこのような傷は日常茶飯事だが、慣れていない人には辛かろう。
「大丈夫? 痛くない?」
「う、うん――本当に大丈夫だからね? 私、子供じゃないんだよ?」
水で傷口を洗い流しているとき、ちょっと顔をしかめていたのを俺は見逃してはいないのだよ。まぁ、そろそろ痛みに慣れてきたところだとは思うが。
新品のティッシュで軽く傷口を押さえたら、すぐに血は止まったけど、家に帰ったらちゃんと保護しておいたほうがいいだろう。万が一化膿して、長引いたり跡が残ったりしたらふーちゃんも嫌だろうし。
「はい、じゃあいくぞ~……痛いの~、痛いの~…………飛んでいけぇえええええええっ!」
近所迷惑にならない程度の声を上げた。周りでランニングとかお散歩している人達には聞こえてしまったかもしれないが、わりと活舌を良くしたので内容的に問題にはならないはず。
「――ぷ、ふふっ、邁原くんのそれ、すごく全力だよね」
俺のおまじないを受けたふーちゃんは、口に手を当てて笑う。可愛い。
「夕夏には評判良いんだけどなこれ。前に誠二にやったら『うるさい』って言われたけど」
そしてチームメンバーにはめちゃくちゃ笑われていた。
俺じゃなく、誠二のほうが。
『痛い痛いどっかいったか?』
『邁原がいてくれてよかったな。たぶん月村の「痛い」は大気圏を超えたぞ』
『誰かに被弾していないといいねぇ』
などなど、からかわれまくっていた。俺、悪くない。友達想いなだけですもん。
ふーちゃんにおまじないをしたら、あとはもう帰るだけ。もともと最後に一回走ったら帰るつもりだったし、運動開始直後じゃなかったのは不幸中の幸いだったな。
「でもなんでだろ……本当に痛くなくなってる気がする」
「愛の力も混じってるからな。効き目は普段以上だ」
「も、もぉ~……でも、ありがと」
「お礼にハグぐらいしとく?」
冗談めかして、両手を広げてみる。すると、顔を赤くしたふーちゃんはそっぽを向いた。
「し、しないもん! 私、ちゃんと告白断ったんだからね!」
それはもちろん重々承知しておりますとも。
でもふーちゃん――俺のことが好きかどうかはいまだに明言していないから、俺は淡い期待を抱いちゃっているのですよ。それを問いただそうとは、思わないけど。
『嫌いじゃない』ということは聞いた。
『いつ死ぬかわからないから』という理由も聞いた。
だけどふーちゃんは、俺に対して『好きじゃない』とは一度も言っていない。
そして死なないことがわかったらどうするのかも、聞いていない。
言わないということは、言いたくないからなのだろう。
「やっぱりふーちゃんは可愛いなぁ」
「どうしてそうなるのぉ……」
顔を両手で覆って、ふーちゃんが恥ずかしさをこらえるように言う。そういうところが可愛いんですよ。
どうやら手の傷のことはすっかり忘れているようで、俺のおまじないの効果はすごいんだなぁと思った。
ふーちゃんの家に向かいながら、俺は「何か他にしたいことはある?」と聞いてみた。
俺は彼女を死なせるつもりなんてさらさらないけど、ふーちゃん的には明日死ぬつもりで、毎日を丁寧に、やり残しがないように――そうやって生きていきたいらしいから、俺はその手助けがしたい。
別に、彼女のやりたいことを手伝ったからといって、彼女の死が近くにくるわけじゃないんだし。毎日を精力的に生きることは、いいことだ。俺も見習いたいと思っている。
「んー、私って邁原くんみたいに器用じゃないから……色々なことを一緒にやろうと思ったら、たぶんどれも中途半端になっちゃうと思うの。――あっ、あの、嫌味で言ったんじゃないからね! す、すごいと思ってるから言っただけで……」
「大丈夫大丈夫、ふーちゃんの言いたいこと、ちゃんとわかるよ」
「……ほんと?」
「うん、だから安心して話していいんだよ」
「や、優しい……ありがと」
ふーちゃんはそう言って、ニコリと笑う。
なんかこう、ストレートに『優しい』と言われると照れるな。顔が熱くなりそう。
――まてよ。ふと気づいてしまったが、俺がいつもふーちゃんに言ってる『好き』とか『可愛い』って、これ以上なんじゃね?
ごめんよふーちゃん……でも、気持ちが抑えられないんだ。制御ができない俺を許しておくれ。
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