第30話 もう付き合ってるのでは?





 幸いと言っていいのかわからないけど。


 ともかく、俺はふーちゃんと共に教壇の上に立って『ふーちゃん』だの『ゴミになってみせる』だの失言を連発してしまったわけだが、クラスメイトはそのことに関してあまりツッコんではこなかった。


 あまり――という言葉を使ったからにはツッコんできたやつがいたということなのだが、それは誠二と千田の二人だけ。他の人は無関心というわけではなさそうだったけれど、からかったり馬鹿にしたりするような雰囲気でもない。


 遠目で見守っているだけのような感じだった。


 で、俺とふーちゃんの出る種目に関して。


 なんだかんだ、俺もふーちゃんと同じく借り物競争に出場することになった。

 それはいいのだが、それに加えて、男女混合リレーにも出場することになったのだ。それも、俺だけでなくふーちゃんも一緒に。


 他のメンバーは誠二と千田。その四人で一グループと、もう一つ別にグループがあるような感じだ。


 ちなみに誠二はサッカー部で足が一番速く、千田は中学で陸上の短距離――そこに運動に不慣れなふーちゃんが入るとなると、少し居心地が悪いのかもなと思ったが、


『足を引っ張っちゃうけど、邁原くんと、一緒に走ってみたい』


 などととんでもなく可愛いことを言ってくださったので、俺はもう教壇にいることを忘れて鼻血を流しまくった。教室の隅で見守っていた担任は『それは仕方がない』と納得しながら箱ティッシュをくれた。物分かりが良くて助かります。


 それ以外にも出場する種目はあるけど、ポイントの高いところで言うとその二つがやはり大きい。


 そんなわけで、俺とふーちゃんの日常にも、少し変化が起きた。




 放課後、学校からの帰り道。


「でも……家に帰るのが遅くなっちゃわない?」


「へーきへーき。ちょっと放課後に話をするのと大差ないからさ」


 ふーちゃん、放課後も運動を頑張りたいらしいのだ。といっても、ランニングするのは朝と同じぐらいの量――つまり、家に帰って準備をする時間を含めても、一時間ぐらいなのだ。


 別にふーちゃんと一緒に走らずとも、ちょっと寄り道をすればそれぐらいの時間になるんだし、それならばふーちゃんと一緒にいたほうが有意義というものだ。


「……甘えてもいいの?」


「それはもうできる限り存分に思いっきり際限なく甘えてくれたら俺はすごく嬉しいです」


 おっと早口になってしまった。ふーちゃんが可愛いことを言うから仕方ないね。

 ふーちゃんの家に向かっていつものように周囲を警戒しつつ歩く。俺は俺で注意をしているのだけど、彼女もきちんと周囲を警戒しているようで安心だ。


 四六時中、一緒にいられるわけではないからな。


「――ふふっ……でも、邁原くんがきついと私もつらいんだから、ちゃんと言いたいことは言ってね?」


「じゃあ言いたいこと言います。ふーちゃん、世界で一番愛しています!」


「そ、それは言わなくてもいいよ……もう知ってるよぉ」


 両手で顔を覆いながら、ふーちゃんが言う。


 手で覆い切れていない部分も耳も真っ赤に染まっていた。大変可愛いのでこのまま鑑賞させていただきたいところだが、お外なのでちゃんと前を見ましょうね。


「はい、手を外して前を見ましょう。ついでに俺を見てくれてもいいんだよ」


「うぅ……ま、前を見ます」


 赤面状態のふーちゃんは、俺から頑なに視線を逸らしつつ、前方に目を向ける。ちょっと注意散漫になってしまっているようだが、原因は間違いなく俺にあるので、俺が二倍気を付けておくことにしようか。


「邁原くんは朝使っちゃっただろうから、タオルとかはうちの綺麗なものを貸すね? それと……もしよかったら、今度からお着換えとかもうちに置いておく?」


「…………なんということでしょう」


 そんなことが許されていいのだろうか。


 片思いをしている好きな女の子の家に着替えを常備しておくなんて……おかしい……これはもはや、俺が気付いていないだけで付き合っている可能性が浮上したぞ。


 ぎゅっと抱きしめたりしても受け入れられちゃったりするんじゃないだろうか? き、キスとかもしちゃったりして……!


 いやまてまて! その考えは実に危険だ。

 ふーちゃんに告白を断られているという事実から目を背けた安易な考えだ。


「洗濯とかもうちでやるから、ずっと置いていてもいいんだよ――えへへ……実はね、邁原くんには内緒で、お父さんとお母さんには相談してオッケーもらってたんだ。毎朝、カッターシャツで走ると、汗とか気持ち悪いだろうなって思ってたから」


 もう結婚手前? むしろプロポーズ済みなのでは……? いったい俺は、いつのまに指輪を渡していたんだろう? まだ婚姻届けにサインした覚えはないのだが。


 とまぁ、思春期男子の暴走妄想はさておき。


 最近タオルは持ってきていたし、インナーはバッグに詰め込んでいたからそこまで気にしていなかったけど、そうしてくれるとありがたいのは確かだ。


 ふーちゃんやその家族の好意に甘えていいものだろうかと悩んだけれど、もう彼女は裏でことを進めていたようだし、ここで断るほうが逆に申し訳ないような気もする。


 ありがたく、甘えさせてもらおう。


「ありがとうふーちゃん! ふーちゃん的には微妙に感じるだろうけど、ますます好きになってしまったよ」


 俺がそう言うと、ふーちゃんは、


「……ふ、ふーん……そ、そうなんだ」


少し申し訳なさそうで、だけどどこか嬉しそうな表情を浮かべるのだった。



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