第29話 俺はゴミにでもなってみせる!
五月の下旬になって、ようやく体育祭の実行委員が決まった。
もちろん、俺とふーちゃんである。そもそも立候補者が俺とふーちゃん以外はいなかったので、なんのトラブルもなくその枠に収まることできた。
なんだかすでにクラスメイトたちは俺たちが立候補することを知っていたようで、挙手するよりも前に俺やふーちゃんに視線が集まっていたけれど……もしかしたら千田や和斗あたりが根回しでもしていたのだろうか?
もしかしたらやりたい人がいたかもしれないと思うと申し訳ないが……どちらにしろ、この枠を譲るつもりはない。ふーちゃんがやりたいと言ったなら、俺は死ぬ気でその願いを叶えるだけなのだ。
そして、実行委員になってからは、放課後に実行委員で集まってスローガンを決めたり、種目の選定をしたりとわりと忙しかった。会議があるときは毎回先生が飲み物やお菓子を差し入れてくれたし、他の実行委員も良い人たちばかりだったからとてもやりやすかった。
――で、だ。
俺とふーちゃんは現在、教壇に立っている。ロングホームルームの時間を使って、体育祭の種目の割り振りをするためだ。
気合こそ入っているものの、ガチガチに緊張してしまっているふーちゃんには板書を頼み、俺が話し合いを進行する。
「全員参加の種目はいいとして、個別の種目を決めていくぞー。和斗と誠二は走る系に出ろよ」
ひとまず、足の速い友人たちの名前をつらつらと述べる。特に誠二は陸上部でやっていけるんじゃないかってぐらい、速いしな。
「他にやりたい人がいないなら、僕は構わないよ」
「えぇ~、別になんでもいいけどさ、俺に選択肢ないの? パン喰い競争とかさ」
そもそもパン喰い競争はないんだよアホ。
和斗は苦笑しながらも納得した様子で、誠二は不満そうだった。イヤホンの恩はもう忘れてしまったのかお前。
「誠二、お前誕プレ渡したとき『なんでもする』って言っただろ。それに前を見ろ前を――ふーちゃんがもう『月村くんは走る』って書いてるだろうが!」
黒板を指し示しながら、誠二に叫ぶ。すると誠二は困惑した表情で「え? あ、あぁ」と気のない返事をした。
まったく、ふーちゃんの手間を掛けさせるなんて万死に値する。
誠二には少し教育が必要か――なんて思っていると、制服のすそがツンツンと引っ張られた。
「ま、邁原くん……あのね、私は平気なんだけど、その、ふーちゃんって、呼んでも大丈夫なの?」
「…………」
恐る恐る、チラっと四十人弱のクラスメイトたちを見てみる。なんだかすごく温かい視線を向けられていた。その孫を見守るような目をやめろ。
ふーちゃんに向けて「すみませんでした」と頭を下げていると、クラスメイトたちが勝手に話を始める。俺の『ふーちゃん』呼びに関しては、あまり気にしていないようだった。
「安部と上村は陸上部だから確定なー。うちのクラス、他と比べて運動部多めだし、マジで優勝いけるかもな」
「三バカは騎馬戦がいいんじゃね? 運動神経もそこそこいいし息もぴったりだし」
「「「ハハッ、三バカって言われてるぜお前」」」
「お前ら三人のことだよ……真面目にやれよ? 女子たち、ガチだからな? 下手すると〇されるぞ?」
俺が思っていた以上に、クラスメイトたちは体育祭に乗り気なようだ。てっきり『めんどう』だと思っている人が大半だと思っていたんだが……あちらこちらで優勝を目指そうとしている声が聞こえてくる。
やる気がみなぎりすぎて、ちょっと物騒な言葉が聞こえてきたぐらいだ。
ちなみに三バカとは野球部の近藤、斎藤、佐藤の三人組のこと。
三人とも同じ中学出身で、よく三人でお互いを『バカ』『お前のほうがバカ』『バカって言った方がバカ』と言い合っているバカたちである。
あまりにもその光景が日常となっているので、三バカと呼ばれるようになってしまった悲しきトリオだ。
「えへへ……なんだかみんなすごくやる気で、嬉しいね。私も頑張らないと」
ぎゅっとこぶしを握って、やる気を見せるふーちゃん。お手てがちっちゃくて可愛い。
「新田さんはなにに出るのー?」
クラスメイトの喧騒に紛れて、千田が手を上げながらふーちゃんに質問する。
実に良い質問だ――だが、ふーちゃんが出る種目については、まだ決まっていないんだよな。ふーちゃん『みんなの意見を聞いてから考える』と言っていたから。それぐらい実行委員特権で決めてしまっても良いと思ったけど。
「わ、私はまだ、その、決めてなくて……」
ふーちゃんが弱弱しい声で返答をすると、雪花があとに続く。
「新田さんは借り物競争とかいいんじゃないですか? 体力的にも、ちょうどいいかもしれませんし」
ふむ……定番ではあるな。
ふーちゃんが毎日ランニングをしているとはいえ、当然ながら運動部の連中には叶わない。リレーはともかく、短距離走になんて出たら悪目立ちしてしまうだろう。
そういう意味で言えば、借り物競争は純粋に走る速さだけが勝敗を決めるわけじゃないし、ランニングの成果も生きるという意味では、ちょうどいい。
「よし、ふーちゃん、借り物競争にしよう。そして紙になんて書いてあったとしても俺をよろしくお願いします。『ゴミ』って書いてあったら、俺はその日からゴミになってみせるから」
「ま、邁原くん! み、みんな聞いてるからぁ」
顔を真っ赤にして、ふーちゃんが俺の背中を叩く。おっと、暴走してしまった。
だってふーちゃんに借りられたかったのだから、仕方ないじゃない。
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