第28話 お電話たいむ
さて、大好きな女の子と電話である。これは正座で臨む他あるまい。
どちらから電話をかけるかを話し合い、結果として俺から掛けることになった。理由としては、ふーちゃんの『もしもし』を聞ける確率が高いのではないかと思ったからだ。
いやもちろん、普通に『はい、新田です』と出ることもあるだろう。だが、俺の知るふーちゃんはほぼ確実に『もしもし』を言うはずなのだ。
期待に胸を膨らませつつボタンをタップし、スマートフォンを耳に当てる。呼び出し音は数秒で途切れた、そして――、
『も、もしもし? いきなりごめんね』
「ありがとうございました」
『えぇ!? なんでお礼なの!? まだかけたばっかりだよ!?』
期待通りの言葉が聞けてすごく満足してしまった。とても可愛かった。録音して無限に聞いていたいぐらい可愛かった。お耳が幸せでございます。
お耳が幸せな『もしもし』と、初めて聞く電話越しのふーちゃんの声に感動していると、クスクスとかすかな笑い声が聞こえてきた。
『ふふっ、そういえば邁原くん、チャット誤字してたよね。慌てちゃったの? 「よろこんで」が「よころんで」になってたよ』
笑いをこらえるような雰囲気で、ふーちゃんが言う。
え、マジで? 俺も誤字ってたの!?
ふーちゃんの『あつたら』のことを微笑ましく思っていたというのに……いったいこのストーカー寸前男の誤字のどこに需要があるというのか。
しかし、しかしである。
ふーちゃんが俺に誤字を指摘してきたことによって、状況が変わった、彼女は自分のミスに気付かないまま、俺の誤字を見てクスクスしているのである。
「ふーちゃんからの提案が嬉しすぎてさ、慌てちゃったんだ。好きな人からのチャットなんだからしかたないんだよ」
『も、もぉ~、聞いてる私だって恥ずかしいんだからね? ……でも、私も男子と電話なんてしたことないから、ちょっと緊張してるよ』
「ふーちゃんも誤字してたもんね」
『…………え?』
そんな消え入りそうな声が聞こえたあと、スマホをタップする音が聞こえてくる。どうやらスマホでチャットの履歴を見返しているようだ。少しだけその音に耳を傾けていると、
『あぅあ……』
可愛らしい悲鳴っぽい声が聞こえてきた。可愛いです。
『邁原くん……やっぱりいじわるだ――気付いてて最初黙ってたんだ』
「世界一好きな人だからね。いじわるも世界一なんだ」
『そこは一緒にしちゃだめだよ!?』
俺のどうでもいいボケに全力でツッコミを入れてくれるふーちゃん。やはりキミ、コミュニケーション能力は高いよな? 少なくとも、ツッコミ力とボケ力を両方兼ね備えていることは確かだろう。ボケに関しては、意図したものではないようだが。
もぉ~、といつものように可愛らしく不満を言った彼女に謝罪をしてから、本題に入るとする。
「それにしても、どうしたの急に?」
チャットでは伝えにくい内容のお話なんだろうか。それとも、記録に残しておきたくない何かだろうか。
俺の希望としては、『夜に邁原くんの声を聞きたかった』なんて言ってくれたら無事昇天――はダメだな、寿命が延びる方向でお願いします。
『夜に電話、してみたかった――じゃ、ダメ……?』
「――ハイ、それはとても良いモノです」
あまりの衝撃にAI化してしまった。オートでの返答だった。
なにあの『ダメ……?』。あれは反則でしょう。ぎりぎりAI化するだけで済んだのは、面と向かって話していないからだろうな。助かった。
『なにそれ、も~、邁原くんっていつも面白いよね』
面白かったらしい。俺としては自然体で対応しただけなので、実にありがたいことだ。大好きな人が俺のことで笑ってくれるなんて幸せすぎるだろう。
深呼吸を繰り返してなんとか落ち着きを取り戻し、話を振ってみる。
「ふーちゃんはもう寝るところ?」
『いつもの時間には寝る予定だよ。明日もランニング頑張りたいから』
「頑張り屋さんだ」
『んーん、私はいままで頑張ってきてなかっただけだよ。そのツケを払っているだけだから』
ふーちゃんはこれまでも頑張ってきたんだと思うけどな。実際にこの目で見たわけじゃないから、残念ながら断定することはできないんだけど。
『邁原くんはもう横になってるの?』
「俺はベッドの上で正座してる」
『――っふ、あははっ、なんで正座なんてしてるの?』
また笑ってくれた。幸せすぎる――え? これってもしかして夢じゃないよな? あまりにも俺に都合が良すぎて怖いんですけど。
試しに太ももを本気で殴ってみたけど、普通通りの痛みだった。現実らしい。
「相手がふーちゃんだからな――ふーちゃんは横になってる?」
『うん、いつでも眠れる体制――なんだけど、なんだかいつもと違うことをしてるから、眠気はあまりないかも』
眠気がない……ふむ、それってつまり、
「ふーちゃん、ドキドキしてるってことか」
『ち、ちち違うもん! ドキドキしてるのは邁原くんのほうでしょ!』
慌てたような声が返ってくる。これは、本当にドキドキしていた説が浮上してきたな。
まぁ、クラスメイトの男子と夜に通話するってなると、いくらか緊張はするからなぁ……これで『好意があるかもしれない』と決めつけることは難しそうだ。
「俺はもちろんドキドキしてるぞ? だって世界で一番好きな人との初めての通話だし」
『あぅ……それ、ずるい』
「ははっ、別に戦ってるわけじゃないんだから」
勝ち負けがない以上、ずるいもなにもないだろう。
そんな感じで俺たちは、特に内容の無い会話を十時になるまで続けた。
あの日、ふーちゃんに告白をして、振られて、遺書を拾って――それがまさかこんな風になるとは思っていなかったな。
だけど、全てが上手くいっているわけではない。
唯一にして最大の問題は、期限を超えるという方法でしか乗り越えることができないのだから、俺たちはいつだって問題を抱えている状態ということだ。
しかし逆に考えれば、だ。
その日を乗り越えさえすれば、あとには幸せしか残らない――俺は、そう思う。
そこでふーちゃんに告白して、本当の意味で振られたとしたら、泣き崩れる可能性はあるけども。
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