第25話 ふーちゃんの過去




 ふーちゃんに腕を観察されたり触ったりされたあと、彼女も同じように袖をまくりだしたので、俺は唇をかみしめながらその行動を止めた。


 ふーちゃんが耳に髪を掛ければ鼻血、ふーちゃんが可愛いセリフを吐けば鼻血、ふーちゃんが俺の胸に手をあてれば鼻血。


 そんな状況の俺が、彼女の腕を好きなように触って無事でいられるはずがない。


 せめて鑑賞するだけなら――とも思ったけど、それだけだとなんとなく気持ち悪い気もしたのでやめておいた。いや、ふーちゃんのことを言ったわけじゃなくてね、女子と男子でその辺り感覚が少し違うからですね、うん。


「そういえばね、邁原くんに、ひとつ話しておきたいことがあったの」


 音がかすかになるぐらいの勢いで手を打ち合わせて、ふーちゃんが言う。腕を見せてから席は移動していないので、彼女はまだ俺の隣にいた。


「なんかね、隠し事してるみたいでいやだなって思ったの。これを伝えないまま死んじゃったら、きっと後悔しちゃうから、聞いてもらってもいい?」


「ふーちゃんがいなくなるのは否定しておくけど、話は聞くよ」


 俺がなんと言っても、彼女は常に『明日死ぬかもしれない』を抱えてしまっているんだろうなぁ。少しは俺の言葉で安心してくれたのかもしれないと思っていたけど、そうではないらしい。


 まぁそもそも、予知夢で死を宣告された状態で学校に来られるだけ、精神力は普通の人とは比べ物にならないぐらい強いのだろう。


 彼女は俺の顔を見て「ありがと」と言ったあと、「どう話したらいいんだろう……」と天井に目を向ける。


「ゆっくり、どこからでも話していいよ。ふーちゃんの話が聞けるだけで、俺めちゃくちゃ幸せだから」


「そ、そう?」


 若干顔を赤らめつつ言うふーちゃんに、「そう」と即答した。彼女の声を聞くだけで俺は寿命が伸び続ける生物なのである。


「えっと――じゃあ、小学生の頃からになるんだけど――」


 そうやって、ふーちゃんは過去の記憶をたどりながら、俺に昔話を聞かせてくれた。

 ふーちゃんが孤独を選んでしまったきっかけが、そこにあった。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 ふーちゃんの話は、三十分ほどの時間を要した。


 小学生のころから、彼女は四人グループの女子たちと仲良くしていたそうだ。そのメンバーは中学一年になっても一緒で、学校で過ごす時間も、休日に遊びに行くのも、その四人で行動することがほとんどだったと言う。


 その四人の関係にほころびができたのは、一年生の二学期。


 四人グループのひとりがいない時に、ふーちゃん以外の二人がその子の悪口を言っていたらしい。ふーちゃんはその子をカバーするように話していたけど、二人の悪口はおさまらなかった。


 そして、別の時。


 また別のひとりがいない時に、以前悪口を言われていた子ともう一人が、悪口を言っていた。そしてまた別のひとりがいなくなったとき、悪口を言っていた。


 四人で行動するときにはそんな様子は見せないのに、誰かがいなくなった途端、その人の悪口を言い始める。ふーちゃんにとっては、地獄だったらしい。


 あれだけ仲が良かったのに、なんでこんな風になってしまったんだろう――なんで悪口を言うのに、一緒にいるんだろう――私がいない時、きっとこの三人は私の悪口を言っているに違いない――そんな風に考えるようになってしまったようだ。


 だから、二年生に上がった時をきっかけに、その三人とは関わらないようにした。

 それだけでなく、友達を作らないようにした。そして、ふーちゃんはひとりになった。



「なるほどねぇ……」


「う、うん。聞いてくれてありがとね、私、いままで誰にも言えなくて……邁原くんなら、きっと嫌がらずに聞いてくれると思って……」


「おぉ……信頼が嬉しすぎる。こちらこそお礼を言いたい気分だ」


「えへへ……すごくすっきりした」


 頬を人差し指でなぞりながら、照れ臭そうにふーちゃんが言う。

 しかし、なかなかに難しい問題だよな……。


 個人的に言わせてもらえば、陰でぐちぐち言う奴は嫌いなんだけど、ふーちゃんと昔仲が良かった人を悪くは言いたくないんだよな。


 うーむ……。


「俺の意見、聞いてくれる?」


「う、うん。お、怒るの?」


 ふーちゃんは肩を縮め、まつげを揺らしながら上目遣いでこちらを見る。ちょっとSっ気に目覚めそうだから自重してほしい。


「あははっ、怒ることなんてないじゃない――そうだな、まず、大前提として俺はその三人の女子を良く知らない。たぶん良いところもたくさんあっただろうし、良くないところもあったんだと思う」


「……うん」


「人にはさ、欠点や長所ってあるでしょ? それって、誰が見るか、どの視点で見るかによって、変わってくるんだよ。俺の器用貧乏だって、長所と思えば長所だし、短所だと思えば短所だからね」


「そう、なのかも……」


「うん、それでさ、それって人間関係にも言えることで、例えば陰口なんだけど――同じく陰口を言いたい人にとっては、相手も陰口を言ってくれると話しやすいよね。でも、ふーちゃんみたいな人だと、それは嫌なことに見えると思うんだ」


「……うん、嫌だった」


「ふーちゃんはすごく、優しいからね――そして、その嫌なことは、人によって許容できるものと許容できないものがある。少なくとも、中学一年の時のふーちゃんには、受け止められる部分じゃなかったってことなのかな」


「そうだと思う」


 適度にふーちゃんが相槌を打ってくれるから、すごく話しやすい。聞き上手と言うかなんというか……コミュニケーション能力はやっぱり高いほうだと思うんだよな、ふーちゃん。


「だからこれから、自分の許容量を広げるもよし、許容できる範囲の人と仲良くなるもよし。――俺のおすすめは、裏表なく『ふーちゃん好きだ!』とか言ってる人と仲良くなることかなぁ。まぁあとついでに誠二とか和斗とか千田とか雪花とか? 男子はもちろん、女子もサバサバしてる感じだし」


 俺がそう言うと、ふーちゃんは一瞬ぽかんとした表情になったのち、クスクスと笑う。


「わ、私のことふーちゃんなんて呼ぶ人、世界でひとりだけしかいないんだからね?」


「そうなんだ! じゃあふーちゃん、その人と相性抜群だな! もう結婚していいかもしれないぞ」


 冗談めかしてそんなことを言うと、ふーちゃんは「もぉー」と可愛らしく不満の声を上げつつ俺の肩を叩く。叩いた後、俺の肩におでこをくっつけた。そしてその姿勢のまま、彼女は口を開く。


「邁原くん、ありがと。気持ち楽になったよ」


「そりゃよかった」


 代償は俺の鼻から流れる血液のみ。安いもんだ。




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