第24話 血管フェチ




 決してスカートの中は覗いていない――と断言しておこう。


 いや、別に誰に言い訳するわけでもないのだけど、こちらは「ふーちゃんの後ろを歩かせてほしい!」と懇願しているのだから、怪しむ輩がいるかもしれない。


 というか、お茶を乗せたトレイを運んでいたから、その辺りの光景は俺の視界に入っていないのだ。幸い、ふーちゃんは俺がそんなことをするとは思っていないらしく、まったくの無警戒だった。信じてもらえて嬉しい。


「……な、なんか緊張するね」


 二つのコップが乗った白い楕円のテーブルを挟んで、向かい側にふーちゃんが座っている。なんというか……お見合いっぽい感じだ。そんな経験ないけどさ。


 縮こまるように正座をしているふーちゃんを見て、微笑ましく思いつつ、


「俺はふーちゃんの十倍は緊張してるぞ――普段は家で何してるの?」


 とりあえず、話題を振ってみる。なんとなく、無言になりそうな気配を察知したからだ。


「んー、漫画を読んだり、テレビを見たりしてるよ。邁原くんは?」


「俺もふーちゃんと似たような感じかな。付け加えるのであれば、筋トレとかしてるぐらい」


「そ、そういえばサッカーやめてからも体は鍛えてるんだよね、すごいなぁ」


「ありがと、でもふーちゃんも最近頑張ってるじゃん。朝のランニングって、続けるの結構大変だと思うぞ」


「今日はサボったけどね」


 そう言って、ふーちゃんはチロッと舌を出す。可愛い。


 まぁ今日はイレギュラーみたいなもんだし、悔いることはないと思う。また明日から頑張ればいいだけだ。時にはサボりを認めることも大事。


 俺がお茶を一口飲むと、それに合わせるようにしてふーちゃんもコップに口を付ける。両手で持ってちびちびとゆっくり飲んでいた。


 そして、コップを抱えたまま俺を上目遣いで見ると、


「あ、あのね、ひとつお願いしてもいい……?」


「なんでも言ってくれ。命を賭して叶えてみせよう」


「そ、そういうのじゃないから! えっとね、その……腕、見せてほしいなぁって」


「腕?」


 しかも見せるだけでいいのか? 『腕、欲しいなぁ』と言われても千切って渡していた可能性があるというのに、見せるだけでいいのか? なんてイージーな。


「う、うん。だ、ダメ?」


「いやいや、もちろんオッケーだ」


 返事をしながら、制服の上着をパパっと脱ぐ。すると、ふーちゃんが慌てた様子で立ち上がり、俺の背後に回って、


「は、ハンガーにかけておくね。しわになっちゃうから」


 そう言ってから、俺の手から制服を拾い上げた。そして丁寧にハンガーに袖を通して、ふーちゃんの制服がかけてある場所に俺の制服も引っ掛けた。


「新婚さんみたいだな」


「――っ!? ち、ちがっ、違うもん!」


「あははっ、ごめんごめん。じゃあお願いします」


「もぉ~」


 いかん、ふーちゃんが可愛すぎてついからかってしまう。真っ赤になって照れるふーちゃん、最高です! お願いだから嫌いにならないでください。


「はい――これがお詫びになるのか俺にはわかんないけど、お好きなだけ御覧ください」


 そう言って、右手側のカッターシャツの袖を肩近くまでまくり上げ、ぐっと力こぶを作ってみる。腕よりは足の筋肉がついていると思うけど、それでも前腕に血管が浮き出る程度には鍛えている。


 てっきり俺の向かいに座ると思っていたふーちゃんは、なんと俺のすぐ横で膝立ちになって俺の腕を見ていた。口を縦に開けて『おお~』とでも言いそうな雰囲気だ。


 膝立ちのまま、俺の右腕をしげしげと眺めた彼女は、ちらっと俺の顔を見る。


 ふーちゃんが何を言いたいのか、手に取るようにわかった。まぁこのシチュエーションであれば、別にふーちゃんじゃなくてもわかっただろうな。


「触ってみる?」


「い、いいの……?」


「ははっ、そんなに大層なもんじゃないんだから。というか、そこまで緊張されると俺まで緊張してくるよ」


 笑って、腕をのばす。ぎゅっと力を入れると、血管が浮き上がり、筋肉が少しだけ盛り上がる。


 ふーちゃんは前のめりになって、腕を上からのぞきこんだ。そんなに男子の腕が珍しいのだろうか――と思っていたら、ふーちゃんはおっかなびっくりといった様子で、人差し指を俺の腕に近づける。


 そして、つん――とぷっくり浮かび上がった血管をつついた。

 よっぽど集中しているのか、視線はまったく動かさずに生唾を飲み込んでいた。


「や、やわらかい……!」


「血管が好きなの?」


「そ、そうなのかな……? 前に体育の授業でね、邁原くんの血管が見えてね、すごいなぁって思ってて、触ってみたいなぁって思ってたの」


 たどたどしく、まるで弁明でもしているかのように彼女は言う。


 おぉ……ふーちゃんが俺のことを見てくれて嬉しい。けど、ちょっと恥ずかしい気もする。


 もしかしたらふーちゃんも同じような気持ちなのかなぁと思ったが、よく考えたら『好意を持っている』という前提が違った。悲しい。


「ふーちゃんが満足するまで、存分にいじっていいからね。どうせ時間はまだあるからさ」


「う、うん、ありがと。あ、あとで邁原くんも好きにいじっていいからね?」


 ふーちゃんはそう言うと、興味深々で俺の血管をぷにぷにとつつく。


 ……。

 …………?


 好きにいじって……いい……だと!?



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