第22話 言ってないもん!
その日の放課後、俺はいつものように周囲の警戒を怠らないようにしながら、ふーちゃんの横を歩いた。
教室内で――そして校内で。それから校門から出てから少しの間も、ちらちらと他の生徒に見られていたが、特に声を掛けられることはなかった。
観察というか、見守られている感じがするんだよな……まぁ、別に俺たちに何かしようってわけじゃないなら、どうでもいいんだが。
閑話休題。
俺は彼女を家に送る際、ふーちゃんが家の中に入り、鍵をしっかりかけるところまで見届けてから帰宅するようにしていた。
何があるかわからない――俺はそれをいつも頭の中に思い浮かべている。
「……あ、あのね、嫌なら断ってね?」
ふーちゃんの家に向かって住宅街を二人で歩いていると、彼女は言いづらそうにしながら俺にそう前置きをした。即座に「いいよ」と了承の返事をしてしまった。
「ま、まだ何も言ってない!」
「あははっ、ごめんごめん。それで、どうしたの?」
「もぉ~……えっと、邁原くん、今日って時間大丈夫?」
「うん、わりと平気。といっても、日をまたぐとなると親の説得が必要かもしれないけど、まぁそれも大丈夫だろ」
親に一方入れておけば、十一時ぐらいまでは特に何も言われない。バイトの帰宅時間がそれぐらいになっていたし。ふーちゃんの頼みとなれば、親に土下座することもいとわない。
「そ、そこまでじゃないよ? あのね、お父さんが帰るのがいつも八時前で、今日お母さんが大学生の頃の友達と食事に行くらしくて、それでね、こういうことを後で邁原くんに言いたくないから……その、いつもすごく心配してくれてるから……」
「おぉ……そういうことか」
すべて理解した。完全に理解した。
たしかに、この話をあとで聞いていれば『なんで言ってくれなかったの?』とストーカーじみた発言をしてしまいそうだ。だって不安なんですもん。
「つまり、両親のどちらかが帰るまでの間、俺を玄関前に配置して、警備役をやってほしいってことだな? お安い御用だ」
「ち、違うよ! なんでそうなるの!?」
違ったらしい。理解できてなかったみたいだ。
だとしたらどういうことだろう――そう考えていると、胸ポケットに入れていたスマートフォンが震える。学校が終わると同時にサイレントモードを解除するのは日課だ。
「ちょっと待ってね、電話みたい」
ふーちゃんにそう断りを入れて、画面を見る。電話をかけてきたのは父さんだった。仕事中に電話してくるってことは……何か緊急の要件だろうか?
「もしもし? どうしたの?」
『お、出た出た。もう学校終わって帰ってる途中だよな? 新田さんの娘さんも一緒か?』
「……ん? そうだけど……なんでわかんの?」
なんで知ってんだこのおっさん。どこから情報を仕入れた?
『俺、実はIQ七万ぐらいあるんだ』
その発言はIQが低いことを露呈させているだけじゃなかろうか。
「真面目に」
『一緒にリストラにあった元同僚が、転職先でも同僚だった件~しかもお互いの子供が同じクラスだった~って感じ』
「なんでウェブ小説のタイトルっぽく言ったんだ……って、マジ?」
え? 運命? これは俺とふーちゃんを結び付ける運命じゃなかろうか?
そういえばふーちゃんの父親――予知夢のおかげで新たな職場を見つけたと言っていたな。
『マジマジ。というわけで、新田さんともその辺の話をしたから、勇進は今日そっちの家でゆっくりさせてもらえ。仕事終わったら迎えに行くから』
「俺は構わないんだけど……えぇ?」
それで会話は終わったのだけど、俺は半ば放心状態のまま通話終了の画面を見つめていた――っていかんいかん、周囲の警戒を怠ってはダメだ。
ちなみにふーちゃんは俺から一歩だけ距離を取って、電話口の声が聞こえないようにしてくれていたらしい。別に聞かれて困るような内容ではないけども。
通話が終わったタイミングで、彼女は元の定位置に戻ってきた。
「大丈夫? 何かあったの?」
心配そうに聞いてくる。何かあったというか何かあっていたというか……。
「とりあえず、ふーちゃんの家に向かおう。歩きながら説明するから」
おそらくこれは、ふーちゃんも知らなかった事実なのだろう。言ったらびっくりするだろうなぁ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「というわけで、玄関先にでも入れておいてください! さすがに父さんが迎えにくるとなると、俺が玄関前でぼうっと立ってたら変な勘違いされるかもしれない」
「……邁原くん? それ、うちのお父さんでも結果は一緒だったよ?」
「言われてみればたしかに」
冷静に考えてみれば、クラスメイトを玄関前に立たせて置くって光景は、普通じゃないな。
ぽんと手のひらにこぶしを落として納得していると、ふーちゃんが呆れるようにため息を吐く。
「そ、それに、最初から家に上がってもらうつもりだったんだよ? 邁原くんが警備するとか言うから……」
「ごめんなさい」
だって俺ってふーちゃん好き好き人間なんだよ?
今朝は香織さんがいたからよかったけれど、両親がいない女子の家に、そんな人間を入れようなんて危なすぎる。もちろん、俺はふーちゃんが嫌がることは何一つする気はないけどさ。
「で、でもびっくりだよね。お父さんたち、一緒の会社なんて」
「俺もびっくりした、運命かと思った」
「……ふふっ、私も運命だと思っ――たりしなかったような気がする感じかも……」
ふーちゃんは顔を真っ赤にしたのち、うつむきながらそんなことを言った。あまりにも小さな声で、もはや風の音に消されそうなほどだったけど、俺のふーちゃん特化型の耳にはしっかりと届いた。
「ふーちゃんも運命って思ったの!?」
「い、言ってない! そんなこと言ってないもん!」
「そっか……違ったか」
俺の耳よりふーちゃんの発言のほうが正しいに決まっている。俺の耳は都合よく音声を書き換えてしまったようだ。なんて耳だ。もうちぎってしまおうか。
それにしても。
大好きな女の子の家。
しかも両親は外出中で二人きり。
ドキドキしないほうがおかしいってもんだろう。
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