第20話 いつもの




 邁原勇進十六歳、独身。


 現在、片思いの女の子(告白して玉砕済み)の部屋に来ているよ! しかも平日朝の七時過ぎ! ほんの少し前の俺にこの状況を説明したら『ふーちゃん好きすぎておかしくなったのか? 可哀想に』と返事をされてしまいそうな状況ですね。


「あ、あまり見ないで――じゃなくて、見てもいいんだけど、その、変なとこないよね……?」


「うん、ふーちゃんらしい部屋だなって思うかな。そのぬいぐるみは? 何かのキャラクター?」


 学習机の棚の一角に、機関銃を構えているネコのぬいぐるみが置いてあった。


 ちょっとハードボイルドな雰囲気が滲んでいるような、可愛さとかっこよさを兼ね備えているような猫。ふーちゃんはこういうのが好きなのか……またひとつふーちゃんのことを知ることができたな。


「こ、これはね、『ねこねこパニック』っていう映画のキャラクターでね、マウス=デストロイヤーくんって名前なの」


 猫なのにマウスくんなのか。犬に『猫』って名前をつけるような違和感があるな。


「へぇ……聞いたことのない映画だなぁ。ふーちゃんは好き?」


「うん! で、でもね、あまり人気はないみたいなの。だけど、一部に熱狂的なファンの人達がいるみたいでね、制作会社にもすごくお金が集まったみたいで、今度『ねこねこパニック2』が出るみたいなんだ」


 どうやら本当にふーちゃんはこの映画のことが好きらしい。喋っているとき、実に楽し気だ。今度俺も履修しておこう。レンタルかネットで探せばあるだろう。


「いちおう、ワンのDVDを持ってるんだけど……」


 ふーちゃんは歯切れの悪そうに言った。もしかして、それを俺に見せてくれようとしているんだろうか? 歯切れが悪いのは、彼女の顔が真っ赤になってしまっていることと関係しているのだろうか?


「さ、最初のね、五分だけは、飛ばして見てもいい?」


「うん? 別にいいけど、どうして?」


 そこが伏線になっていて、知らないほうが面白いとかだろうか?


 いや、でもそうだとすると、彼女の今の表情が説明できないんだよなぁ……――はっ!? というか待てよ! いまのふーちゃんの発言、『DVDを貸す』のではなく、『一緒に見る』前提みたいな言い方じゃなかったか? マジですか!?


 衝撃の事実に心の中で大騒ぎしていると、相変わらず顔を真っ赤にしているふーちゃんが、ちらちらとこちらを見ながら、言った。


「ちょ、ちょっとだけね? 最初はえっちな感じだから……」


「……? 猫の映画なんだよね?」


「そ、そうなんだけど……と、とにかく! 一緒に見るときはね?」


「了解しました」


 見るなと言われると気になってしまうが、ふーちゃんが見て欲しくないというのならば気にしないようにしておこう。ふーちゃんのためならば、自身の欲すらもコントロールしてみせるさ。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「信号よーし! 右よーし、左よーし、ふーちゃんよーし!」


「ふふっ、それ気に入ったの?」


「気に入ってはいるんだけど、それ以上にさ、こうすれば合法的にふーちゃん見れるから」


「べ、別にいつ見ても違法じゃないよ?」


 お風呂とかも違法じゃないの? なんてふざけたツッコミをしそうになったけど、そんなセクハラ交じりの発言は俺的にはNGなので、心の中でとどめておいた。


 ふーちゃんは左、俺が右側。道路沿いであれば俺が意地でも車道側に移動するけれど、そうでないときはこの立ち位置がいつもの形になっていった。このほうが落ち着く。


 それはふーちゃんも同じみたいで、立ち位置がずれると、ちょこちょこと俺の左側に移動するようになった。可愛い。とても可愛い。


「……ん? 誠二だ」


 いつものように周囲を警戒しながら歩いていると、後ろから誠二が小走りでやってくるのが見えた。寝坊だな。


 あちらもこちらに気付いていたようなので、ふーちゃんと一緒に待っていると、「おは~」と息を切らしながら挨拶をしてきた。


「お、おはよう。月村くん」


「おはよ、寝坊か?」


 二人で返事をすると、誠二はぐっと親指を立てて「夜更かししてゲームしてた」と答えた。朝練サボってるじゃねぇか。


「和斗に誘われてやったんだぜ? だから俺は悪くない、あいつが悪い」


「誘われて乗ったなら誠二の問題だろ」


「だって和斗、睡眠時間短いじゃん? 俺不利じゃん! イケメンなのにずるいよなぁ。運動神経もいいし、もう少し欠点増やしたほうが良いと思う」


 なぜイケメンが今の話題に出てくるのかは謎だが、まぁ言いたいことはわからんでもない。神は二物を与えているということを言いたいんだろう。


 そんな話をしていると、ふーちゃんが少しだけ俺に近づいてきて、


「……仲良し、なんだよね?」


 そんなことを聞いてきた。とても不安そうな顔で。

 誰が聞いても友達のじゃれ合いの範疇だと思うのだけど……ふーちゃん的には違ったらしい。


「あぁ……もしかして誠二が和斗のこと嫌いかもしれないって思った? ないない――おい誠二、ふーちゃんに変な誤解をさせるんじゃない。頭蹴り飛ばすぞ」


「え、えぇ……俺が悪いの? 悪いのか? 悪いのかもしれないな……」


 ぶつぶつとそう言って頭を掻いた誠二は、ふーちゃんをちらっと見てからため息を吐く。


「だてに長い付き合いじゃないからな。そもそも俺も和斗も勇進も、嫌いなやつと一緒に行動しようだなんてタイプじゃないぜ。で、でもなんか恥ずいから、ここだけの話な」


「そ、そっか! なんかごめんなさい」


 ほっとした表情を浮かべ、ぺこりと頭をさげるふーちゃん。誠二は苦笑していた。


「気にしなくていいぜ。その代わり、いい加減俺は勇進が『ふーちゃん』呼びを許されていることに突っ込みたいんだが」


「それは俺とふーちゃん、二人だけの秘密だ」


「……ふふっ、そうだね。秘密」


 別に秘密にすることでもなさそうだけど、ふーちゃんは俺のおふざけに乗ってくれた。


 今日もふーちゃんはとても可愛い。


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