第18話 器用貧乏




 朝の七時十分、場所は新田家のリビングダイニング。


 ダイニングテーブルで朝食を食べるお義父さまとお義母さまを前に、俺はカチコチに緊張しながら、いただいたミルクと砂糖入りのコーヒーを飲む。隣の椅子に座っているふーちゃんも、俺と同じものを飲んでいた。


 ちなみに、すでに鼻血はおさまっているし、きちんとティッシュでふき取っている。お義父さま――風斗さんは俺の耳元で「風香は可愛いから仕方ないね」と言っていた。全力で頷いた。


「ち、ちっちゃくない? 大丈夫?」


 ふーちゃんがちらっと俺の足元――青白のスリッパに目を向けながら問う。


「ピッタリだよ。まぁ、もし合わなかったとしても俺が足のサイズを変えるから」


「変えれないよ!? も、もぉ~、お、お父さんもお母さんもいるんだからね?」


 後半だけは小声で、俺にだけ聞こえるように言ってきた。鼻血が噴き出しそうになったが堪えた。だって耳元で世界で一番好きな子に囁かれるんだぜ? 耐えた俺すごいじゃん。


「風香に話は聞いていたけど、すごく真面目そうな好青年じゃないか。中学ではサッカーをやっていたんだろう? 細くみえるけど、意外とがっしりしているのかな?」


 とりあえずと言った感じで、風斗さんが話題を振ってくる。どうやら俺がサッカーをしていたという話は家族で共有されているらしい。


 ふーちゃんをちらっと見ると、彼女は「だってそういう話題になったんだもん」と拗ねたように口にしていた。可愛い。


「そうですね。部活をやめてからも、筋トレとかランニングはしているので」


 ふーちゃんにモテるためにな! 細マッチョって人気らしいし。


「部活はどうして止めちゃったのかしら?」


「あ、それは私も知りたい、かも」


 香織さんに続き、ふーちゃんも俺を見る。


 香織さんだけだったら誤魔化していたけれど、いや、ふーちゃんに聞かれたとしても、できれば誤魔化したかったところだけど……嘘はできるだけ吐きたくないんだよなぁ。


 保身のための嘘となれば、なおさら。


「一つのことに打ち込むっていうのが、苦手なんですよね――恥ずかしながら、頑張ることが苦手なんです」


 苦笑し、頬を掻く。


 今だけは、ふーちゃんのほうを向きたくなかった。彼女がどんな顔をしているのか、見るのが怖かったからだ。


 たぶん俺は、人より器用なほうだと思う。そう、器用貧乏なのだ。


 大抵のことは、努力なしにできてしまう。頑張ることなく、平均以上までやれてしまう。

 その弊害か――努力する必要もなくいままで生きてきたのだ。


 だけど、それよりも先に行けない。最初は抜きんでていたはずの能力は、コツコツとやってきた人たちにあっけなく抜かされていく。


 甘え、自業自得と言われてしまえば、本当にその通りだ。


 ふーちゃん関連のことだけは、頑張ろうと思えるんだけどな……それ以外はまったくだ。


 だからこそ、そういった面でもふーちゃんには感謝している。俺に恋をさせてくれて、ありがとうと。


 ふーちゃんの両親はどんな反応をするんだろうか――そう思っていると、風斗さんがパンと手を叩いた。


「おぉっ、邁原くんもかい!? 実は私もそうなんだよ。ねぇ香織」


「そうね、貴方は昔っからそうだもの――二人は話が合うかもしれないわね」


「うんうん。器用貧乏談義でもしようじゃないか邁原くん! 定期テストは楽だけど、受験とかは面倒なんだよねぇ。頑張らないといけないからさ」


「あぁ~、すごくわかります。定期テストは試験勉強とかしなくても平均点ぐらいは取れるからですよね」


「そうそう! そうなんだよ! 運動に関しても似たようなもんだったなぁ」


 初めて話す同士の出現に盛り上がっていると、香織さんが「盛り上がっているところ悪いけど、そろそろ仕事よ?」と諭すように言う。出勤時間だったか。


 ふーちゃんはふーちゃんで、俺たちの話を興味深そうに聞いていた。ふんふんと頷きながら聞いてくれるものだから、なんだか俺も楽しく話してしまった。


 あとになって考えると、ふーちゃんをのけ者にしてしまったようで申し訳ない。反省しよう。


「私は、邁原くんと逆かなぁ。不器用だから、人より頑張らないといけないし」


「ふーちゃんの頑張ってる姿は、すごく素敵だよ――だからこそ、俺ももっと頑張ろうと思うんだけどなぁ」


 本当に、情けないことだ。本当に。

 人より多めの才能を与えられているというのに、努力ができないなんて。


「ま、邁原くんは頑張ってるよ!」


 自嘲気味な俺の発言を聞いて、ふーちゃんが声を大きくして反論してきた。顔だけじゃなくて、体ごとこちらを向いて。


「きっとね、邁原くんはまだ、本当に好きなことに出会ってないだけだと思うの。本当に心の底から好きだったら、きっとサッカーも続けてると思うもん。辞めたとしても、諦めきれないと思うもん」


「そうかな……そうだといいなぁ」


 自分ではそこそこ楽しくやれていたつもりだったけど、あくまで『そこそこ』だったってことだよな。帰宅部にしようと思ったときも、そこまで未練は無かったし。


「そ、そうだよ! 邁原くんはすごいから、普段は頑張る必要がないだけで、必要であれば頑張れる人だよ! 一年生のときもそうだったもん」


 あぁ……あのヘロヘロ状態だった時のことか。あれはたしかに、頑張ったと言っていいのかもしれないなぁ。


「……そ、それにほら、本当に好きだから――こんな朝早くに来てくれるんでしょ?」


 顔を真っ赤にしながら、ふーちゃんが言う。なんて可愛いのだろう。


 でもねふーちゃん、お義父さまとお義母さま、すげぇニヤニヤしながらこっちを見てるんだけど、大丈夫なのかい?






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る