第17話 私がふーちゃんパパだ!




 休日に妹と買い物に出かけたら、そこでふーちゃんが男性と歩いているのを見かける。


 一人で落ち込んで、一人で納得しようとして、一人で意思を固めていたのだけど、まさかのふーちゃんパパだった。お義父さまだった。なんてこったい。


「え? あの人、ふーちゃんの、お、お義父さま、なの?」


 戸惑いを隠せないまま質問すると、ふーちゃんはふーちゃんで呆けたような可愛らしい顔で頷く。すべての表情が可愛いからこの形容は不要だったかもしれない。


「わ、私も、邁原くんが、デートしてるのかと思ってた……」


「俺がデートぉ!? ないない。俺はふーちゃんのことが大好きだから。ふーちゃん以外とデートなんてあまり考えたくないなぁ」


「ま、また! すぐそういうこと言う! こ、告白はちゃんと断ったんだからね!」


「あははっ、ごめんごめん」


 ぷくうっと頬を膨らませて抗議するふーちゃん。そこで「あっ」と慌てた様子で声を出した。


「ま、まままま邁原くん鼻血っ!」


 あまりにも俺と鼻血のセットが自然過ぎたのか、ふーちゃんはいまになって俺の鼻の下に二本の赤い線が描かれていることに気付いたらしい。舐めとるでもなく、綺麗に口の中に流れるように調整していたからわかりにくかったのかもしれない。


 あわあわと慌てた様子で手をバタつかせたふーちゃんは、駆け足で玄関へ向かっていく。こけて顔面からダイブして致命傷――なんてことにならないよう、俺も張り付くように彼女の背を追いかけた。背後霊というか――ちょっと変態じみた動きだったかもしれないが、触れてはいないし見ている人もいないのでセーフ。たぶん。


「ティッシュとってくる――きゃっ」


 振り向いたところに俺がいてびっくりしたらしい。ごめんなさい。でも、すごく可愛い声を聞けたので俺はとても嬉しいです。


 後ろによろけそうになったふーちゃんの背に左手をまわして、不必要に体が接触しないようにしながら彼女を支える。バランスがとれるところまで力を加えてから、すぐに手を離した。


「ごめん、ふーちゃん慌てていたし、こけたら危ないと思ってついて来たんだ」


「――そ、その、ありがと」


「どういたしまして。じゃあ俺はここで待ってるから――っていうのはおかしいな。俺のこと気にかけてくれありがとうふーちゃん」


「んーん、すぐに持ってくるね」


 そう言ってから、ふーちゃんが玄関の扉を開く。そして中に入ってゆっくりとドアを閉めようとしたが、停止。


 ひょっこりとドアの隙間からこちらを覗いてきた。そして二度瞬き。

 その表情は、なんだかいたずらがバレた子供というか、宿題を忘れた学生というか、笑顔で何かを誤魔化そうとしているように見えた。


「あ、あのね、わ、わがまま言ってもいい?」


「もちろん」


 即答した。ふーちゃんのわがままは俺にとってご褒美である。むしろ『ふーちゃんのわがままを聞きたい』という俺のわがままなのかもしれない。


「き、今日ね、ランニングサボってもいい? 邁原くん、遠いところからこんなに早く来てもらって申し訳ないんだけど」


 ほう。そのわがままは予想していなかったな。いや、そもそも選択肢を一つも思い浮かべていなかったから、予想も何もないのだけど。だって何がきても期待に応えるつもりでいたし。


「へーきへーき。もしかして、体調が悪かったりする? あまりそうは見えないんだけど」


 少なくとも俺のふーちゃんセンサーを信じるなら、彼女は健康体に見える。


 すると俺の予想通り、ふーちゃんは顔を横に振って『そうじゃない』ということを伝えて来る。しかし、その後は口をもにょもにょと動かすだけでなかなか声を発しない。


 わがままと言っていたし、言いづらい内容なのかなぁ。


「大丈夫だよ。本当になんでも」


 ふーちゃんが話しやすいように、言葉を付け加える。すると彼女はちらっと上目遣いで俺に目を合わせてから、これまたちらっと後ろを振り返る。もう一度俺と目が合ったときには、意思を固めた瞳をしていた。


「あ、あのね、この前お父さんとお買い物に行ったとき、邁原くん用のスリッパを買ったの」


「あびばびば?」


「え?」


「あ、ごめん。自分でも何を言ってるかわからなかった」


 動揺しすぎて意味のわからない言語を生成してしまった。嬉しすぎて頭がおかしくなった。ふーちゃんはぽかんとした表情を浮かべたが、すぐに口元に手をあててクスクスと笑う。もう一度頭がおかしくなりそうだった。


「それでね、せっかくだし、はやく履いてもらいたいなぁ……なんて」


「履く、全身で履くよ」


「あ、足だけでいいんだよ!」


「そっか……じゃあ神経の九割を足に集中させるだけにしておく」


 残りの一割はどう割り振ろうか――なんてことを本気で考えていると、ふーちゃんは笑いながら「ちょっとだけ待っててね」と家の中に入っていった。おそらく、家にいる家族に伝えに行ったのだろう。


 これはもしや、家に上がる流れか? こんな早朝からお邪魔していいのだろうか?


 というかふーちゃんの家という神聖な場所に行ってもいいのだろうか? 俺という存在のせいで聖域が汚されたりしないのだろうか? 土間より先に進んでもいいのだろうか?


 玄関扉の前で立ち尽くしつつ、そんなことを考えると、ゆっくりと扉が開く。ふーちゃんがひょっこり顔を出して「入っていいよ」と笑顔で言ってきた。可愛すぎかよ。


 生唾を飲み込みながら家の中に足を踏み入れると、そこには男性が立っていた。


 顔は見ていなかったが、姿勢とか雰囲気で『ふーちゃんの隣にいた人だ』ということがわかった。後姿はとてつもなく若々しかったが、顔も含めて見るとしっかりと大人である。


 それでも、三十歳ぐらいに見えるけども。


 カッターシャツとスラックスを身に着けた彼は、ニコニコと俺の顔を見てから、口を開く。


「はじめまして邁原くん、娘からよく話は聞いているよ。私がふーちゃんパパです」


 ドヤ顔になった。なんとなく、ふーちゃんに似ている気もする。親子だから当然といえば当然だけど。


「お父さん!? ふ、ふーちゃん呼びは止めてよ! と、というか別にそんなに話してないもん!」


 家族仲がとてもよさそうだなぁ……というのが、俺が抱いた第一印象だった。


 ふーちゃん、あだ名で呼ばれたことが嬉しいって言っていたし、家で『ふーちゃんって呼ばれた』って家族に話していたのかなぁ。



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