第15話 プレゼント選びと遭遇




 ふーちゃんとカレーパンを食べた翌日の金曜日は、わりと何事もなく過ごした。


 何事もなく――とはいっても、朝はふーちゃんの家に迎えに行ってから二人でランニングをしたし、学校では昼食を一緒に食べたし、帰宅も一緒だった。


 ふーちゃんの『毎日を充実させたい』という希望には添えたのではないかと思う。そして俺にとっても、最高の一日だったと思う。


 だがしかし。


 その後に訪れた出来事に比べたら、『何事もなく』という言葉を使いたくなるのだ。


 告白して振られたとはいえ、全てが上手くいっているように思えた俺からすれば、それは寝耳に水どころの話ではなかったのだ。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「無難にカーネーションとかでいいんじゃない?」


「お前さ、絶対母の日のプレゼント選びが目的じゃなくて、俺にたかろうとしてるだろ」


 土曜日。俺は誠二の誕生日プレゼントと、母さんに渡す母の日のプレゼントを購入するため、近場のショッピングモールに訪れていた。近場とはいえ、電車で一駅はかかるのだけど。


 そして、奢りの気配を察知して妹の夕夏もついてきた。


 年頃の女子は、兄と出かけるのをもっと嫌がるものなんじゃないかなぁ。俺は別にどうでもいいが。


 ……いや、ふーちゃんの時みたく、カップルと間違われるのは困るな。俺には愛すべき人がいるのだから。まぁ夕夏が少し大人っぽい服装をしているとはいえ、そうは思われないだろ。たぶん。行動はまだまだおこちゃまだし。


 ちなみに本人は『私もお金出すから一緒に選んで買おう』とかなんとか言っていたけど、本当の目的は俺に何かを奢らせようとしているのではないかと踏んでいる。その証拠に、ショッピングモール内ではプレゼント以外のものに色々目移りしていた。


「とりあえず誠二のイヤホンから済ませていいか? もう目星つけてたからさ」


「月村先輩のやつね。でも誕生日プレゼントにイヤホンってなんか味気なくない?」


「そうかぁ? あいつ絶対喜ぶと思うけど」


 その辺り、男子と女子で少々感覚が違うのかもしれない。いや、単に個人個人で感覚が違うだけなのかも。


 そんな風に話しながらショッピングモール内を歩く。


 途中で夕夏がトイレに向かったので、俺は近くのベンチに座って行き交う人を眺めていた。


 休日だけあって、館内の人は多い。俺と同じような年齢の学生や家族ずれ。カップルなんかもちらほら見かける。もしかしたら、知り合いがいるかもなぁ。


 なんてことを思っていると、


「…………あ」


 ふーちゃんがいた。すぐにわかった。わかってしまった。


 肩の出ているハイネックの服に、ベージュのホットパンツ。肩からベージュの小さなバッグを斜めに掛けている。


 本来であれば、ふーちゃんの私服姿を見ることができて歓喜していただろう。でもどうしても笑顔にはなれなかった。呆然とした。


 笑顔で話しをしているふーちゃんの横には、彼女より少し大きいぐらい、そして俺よりも少し小さいぐらいの男がいる。こちらから顔を見ることができないが、清潔感のある雰囲気が服装から見て取れた。


「……『予定があるから』、か」


 二人から目を逸らせないまま、木曜日にふーちゃんが言っていた言葉を思い出す。土日は予定があるから、遊ぶことはできないと。


 ……そっかぁ。


 ふーちゃんに意中の人がいたのなら、それは仕方のないことだ。


 そりゃ彼女に恋人がいないとはいえ、予知夢のせいで彼氏を作らないとはいえ、好きな人はいるだろう。見たことのない後姿だから、茶芝中の人なのかもしれないな。


 死が訪れる前に、好きな人とデートがしたい――ふーちゃんがそう思ったとしても、何も不思議ではない。むしろ、自然だと思えるぐらいだ。うん、そうだな。


「ちょっと、浮かれすぎてたかな」


 苦笑しながらふーちゃんたちから視線をそらして、自分の足元を見る。ため息が出た。


 ふーちゃんが俺に優しく接してくれているとはいえ、必ずしも俺に好意があるとは限らないじゃないか。


 最近一緒に過ごす時間が増えて、話す機会が増えて、『もしかしたら、ふーちゃんは俺のことを好きなんじゃないだろうか』――そう考えてしまったのは、一度や二度じゃない。


 恋愛経験がないがために、変な勘違いをしてしまうところだった。ふーちゃんに、迷惑をかけてしまうところだった。


「ふう…………」


 ゆっくりと息を吐いて、目を瞑る。ため息ではなく、気持ちを落ち着けるために。


 まぁ、俺のやることに変わりはないか。


 ふーちゃんを死の運命から救う。たとえ彼女が他の誰かを好きであったとしても、俺が彼女を好きでいる気持ちは――幸せになって欲しいという気持ちは揺るがない。


 その程度の気持ちで、俺は彼女を好きになっていない。『守って見せる』だなんて、そんな安易な気持ちで言っていない。


 休日にどうやってふーちゃんを守ろうかと考えていたけど……なにかあれば彼が守ってくれることを信じよう。俺は俺で、できる限りのことをやる。


 ふーちゃんが誕生日を超えて、予知夢を打ち破ったとき、大人しく身を引こう。


 彼女の心が俺に向いてくれたら言うことはないけれど――その努力は欠かさないつもりだけど――それでも心が動かないのであれば、俺が彼女の幸せを阻害するのであれば、身を引こう。


 ふーちゃんに幸せになってほしい。ふーちゃんに笑っていてほしい。

 例えふーちゃんが他の男性を好きだったとしても、その想いは変わらない。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「ねぇお父さん、ちょっと寄りたいところがあるんだけど」


「ん? お花以外にもお母さんにプレゼントを渡したいのかい?」


「そうじゃなくて、あの――す、スリッパを買おうかなって……」


「ははぁ、なるほど、邁原くん用にだね? そう言えばうち、来客用のスリッパが無かったなぁ」


「うん、でも、私自分のお小遣いで買うから、それは邁原くん用にしたいなって……」


「あははっ、大丈夫大丈夫。じゃあ来客用は私が買うから。風香は彼の分を選んであげなさい」


「うん! そうする!」


 



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