第14話 仲良くカレーパン
ふーちゃんに教えてもらった『みんなのパン』へやってきて、ふーちゃんも俺も、カレーパンを一つずつ購入した。夕食前なのであれもこれもと欲しくなってしまったけれど、俺もふーちゃんと同じく家に帰れば夕食があるので、我慢することに。
まぁここで我慢したおかげで『次に来た時はこれを食べようか』と約束をすることができたから、結果オーライ。俺は彼女と、どんな些細なことでも、未来の約束を積み重ねていきたい。
とまぁ、ふーちゃんの家の近くにある公園のベンチに座ってから、そんなことを振り返ってはみたが――いまはそんなことよりもこっちだよなぁ。
「俺はふーちゃんに告白した側だぞ? 謝るとしたら俺のほうじゃない?」
「あぅ……そ、そうかもしれないけど」
パン屋さんにて。常連となっているらしいふーちゃんは、店員のおばちゃんに顔を覚えられていた。それどころか、名前も知られているレベルである。
そして、まぁなんというか――俺がふーちゃんの彼氏であると勘違いされてしまったのだ。
俺がふーちゃんの彼氏だなんて……最高に嬉しい気持ちもあるが、同時に恐れ多いという気持ちもある。
ふーちゃんも『私なんかが』と自分を卑下していたようだったから、もしかしたら彼女は彼女で俺と似たようなことを思っていたのかもしれないな。
「まぁそこまで気にしないようにしておこうぜ。俺は正直言って嬉しかったし! ふーちゃんが迷惑だと思ってないなら、何も問題はないだろ?」
そう言いながら、ビニール袋から薄い紙に包まれたカレーパンを一つ取り出して、ふーちゃんに渡す。まだほんのり温かいパンをおずおずと受け取った彼女は、こちらをチラリと見上げた。
「わ、私も――。……んーん、私は、迷惑だなんて思わないよ」
「そっか、ならオッケーだな」
ふーちゃんが「うん」と頷くのを確認してから、俺も同じようにカレーパンを取り出す。ビニール袋はあとでごみ袋替わりにしようと小さく折り畳んでおいた。
さて、ではさっそく。
「じゃあふーちゃんのおすすめ、いただきます」
「えへへ……邁原くんも、気に入ってくれたらいいな」
カレーパンを持ちつつも、彼女の視線は俺の口元に向いていた。食べるところを見られるのは緊張するが、まぁそこは受け入れよう。できるだけカッコいい食事シーンになればいいなと祈りながら、パクリ。
「……おぉ、結構スパイシーだな。うまい」
パン自体も外はカリカリ中はもちもちで美味しかったけれど、ここまでカレーに気合を入れているカレーパンを俺はいままで食べたことが無かった。これは二百二十円の価値があるカレーパンだ。スパイスの香りが鼻をスッと抜ける。
「ほ、ほんと? よかったぁ」
俺の感想を聞いたふーちゃんが、胸に手を当ててほっと息を吐く。自分が勧めたから、反応が気になっていたのだろう。
たしかにふーちゃんのおすすめならなんでも『うまい』と言ってしまいそうだが、これは本当に俺の舌に合っていた。おいしい。
「うんうん、ふーちゃんも温かいうちに食べな。制服にこぼさないようにね」
「わ、私ちっちゃい子供じゃないんだよ?」
「あははっ、そりゃそうか。ごめんごめん」
「も~」
可愛らしく不満を示したあと、ふーちゃんはいそいそとペーパーを折り曲げて食べやすいようにセッティングを始める。そして、小さな口を大きく開き、かぶりつく。
「――っ、んぐ、も、もう! そんなに見られたら恥ずかしいよ」
「あははっ、ごめんごめん。でも、ふーちゃんも俺のこと見てたよ?」
「え? そ、そうだっけ?」
うん。めちゃくちゃガン見してましたよ。どうか良い感じにふーちゃんの網膜に俺が映っていますように。まぁ彼女の態度が変わった様子はないし、無難に乗り切れたというところか。
俺? 俺ですか? 注意されても目がなかなか離せないぐらいには可愛いなぁと思っていますとも。
そんな風にじゃれ合いを伴いながら、俺たちはカレーパンを完食。今度は別の場所で食べてもいいかもね――なんて話をしながら、ふーちゃんの家に向かって足を進めた。
楽しいな。
そう思いながらも『俺は楽しむなんてのんきなことをしていていいのだろうか』とも考えてしまう。もちろん俺は、ふーちゃんが予知夢通りにこの世を去るなんてことは断じて認めない。絶対に阻止してみせる。
「ふーちゃんは他に『これやりたい』とかってあるの? 俺にできることなら何でもするよ」
ちょっと関節が逆に曲がるところがみたいの――なんて言われたら嬉々としてやってしまいそうだ。ふーちゃんはそんなこと言わないから安心だが。
俺の質問を受けて、彼女は視線を前に向けたまま顎に人差し指を当てる。そして数秒後に口を開いた。
「え、えっと、どこかにお出かけとか? も、ももももちろん、他の人も呼んでだよ?」
「それって、もしかして俺も行っていいの?」
「そ、そうだよ! 邁原くんもだよ! あ……でも、次の土日は私予定があるから……」
「おぉ……神よ。最高か」
他に人を呼ぶとしても、今日昼飯を一緒に食べたメンツぐらいだろうし……奴らを視界に入れなければ実質デートなのでは? それはさすがに無理があるか。
まぁそれは些細なことと言えば些細なことだ。ふーちゃんと休日に会えるというだけで、幸福度は限界値を超えている。それ以上を望むのはさすがに強欲が過ぎるというものだ。
「今日一緒に昼ご飯を食べたメンバーでどうかな? 昼休みに話しているのを見た感じ、仲良くやれてるように見えたけど、ふーちゃん的に苦手な人とかいた?」
俺の問いに対し、ふーちゃんは顔を横に振る。
「ううん! みんな、すごく優しい人達だったよ! 裏表がなさそうで、安心する」
裏表がなさそう――ねぇ。
まぁ俺たちはふーちゃんの言う通りだし、千田や雪花もそんな雰囲気してるもんな。雪花のことはまだよく知らないが、あの千田と一緒にいるのだから似たようなもんだろう。
しかし……ふーちゃんが友達を作っていなかった理由と関係がありそうな発言だな。
とりあえず、なにも気付いていないということにしておこう。確信があるわけじゃないし。
「そっかそっか。じゃあ明日、二人であいつらに予定を聞いてみようぜ。それでみんなの都合をすり合わせてみよう」
「う、うん! 本当にありがとね? 邁原くん」
「俺のほうこそありがとうだよ。ふーちゃんと同じ空間にいるだけで俺は最高に幸せなんだから。いつ鼻血が出ても不思議じゃないぐらいに」
「も、もぉ~。邁原くんはまたすぐそういうこと言う!」
顔を赤くしながら、ふーちゃんが俺の背を叩く。
ふーちゃんを知るパン屋の店員じゃなくても、俺たちを見てカップルだと勘違いしないかなぁ――なんてことを思った。
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