第12話 お昼ご飯




 階段から転び落ちるかもしれない、天井の蛍光灯が落ちてくるかもしれない、窓から何かが飛んできて、破片が突き刺さるかもしれない、テロリストがやってきてしまうかもしれない。


 考え出せば切りがないのだけど、俺なりに思いつくできる限りをやっているつもりだ。ふーちゃんは『そんなに気にしなくても大丈夫だよ、私も気を付けてるから』と言ってくれたけど、それでも不安は拭えない。


 同じ時間帯に靴箱にやってきた生徒の中には一年の時に同じクラスだった奴らもいて、そいつらは一緒に登校してきた俺たちを二度見するような感じだった。やっぱり、俺がふーちゃんに恋心を抱いていたことは、周りにバレていたのかもしれない。


 閑話休題。


 教室について、ふーちゃんが一番左前にある自分の席に座ったことを確認してから、


千田せんだ、一生のお願いレベルのお願いがあるんだけど」


 俺は一年の時に同じクラスだったというだけでなく、出身中学も同じ舞宮中の千田せんだ結奈ゆいなに声を掛けた。暗めの茶色に髪を染めた、どちらかというとサバサバしたタイプの女子だ。


 彼女は俺を見上げて目をぱちくりと瞬きさせたあと、ニヤニヤとした顔つきになる。視線は一度、教室の左前――俺の想い人がいる方向に向いていた。


「はは~ん、新田さん絡みでしょ?」


「まぁそんな感じ――しかしよくわかったな、まだ何も言ってないのに」


「だって邁原が頼み事するなんて、それぐらいしかないじゃん」


「えぇ……俺ってそんなキャラなの?」


「うん」


 千田は短くそう返事をしたあと、隣の席にいる友人の雪花ゆきはなこころに「ねー?」と声を掛けていた。


「お二人は、今日一緒に登校されていたみたいですね?」


 雪花はふーちゃんと同じ茶芝中出身で、おっとりしている感じの女子。誰に対しても敬語だったりする。言葉遣いと見た目が一致しているような、なんとなく品のある感じだ。


「まぁ、成り行きでな――それはそうと、お願いは千田だけじゃなくて、雪花にもなんだ」


 この二人とはそこそこ喋ったりするし、性格もある程度知っている。だからこそのお願いだ。


「なるほど、構いませんよ。何をすればいいですか?」


「いやいや、まだ邁原何も言ってないじゃん」


「いいじゃないですか、面白そうですし」


 雪花はそう言うと、口元に手を当ててクスクスと上品に笑う。彼女はもう少しおっとりした性格だと思っていたが……意外とアグレッシブなタイプなのかもしれないなぁ。


 まぁそれもまた、アリかもしれない。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「というわけでふーちゃん、一緒に昼飯食べようぜ」


「…………え?」


 四限目の授業が終わるとすぐに、俺はふーちゃんの元へ駆け寄ってから声を掛けた。机の上の教科書を片付けていた彼女は、疑問の声を上げて固まっている。


 俺が千田と雪花にお願いしたのは、一緒に昼ご飯を食べないか――というものだった。


 今朝ふーちゃんと登校している時に、彼女が『もっとクラスの人と仲良くなりたい』と言っていたので、それをさっそく行動に移したというわけだ。


 男三人の中にふーちゃんが混じるのはさすがに気まずいだろうから、女子二人を参加させて三対三にしようという試みである。誠二と和斗には、ふーちゃんとご飯を食べたいからと正直に話をしている。


 机を四つくっつけて、両端にはそれぞれ和斗と千田が座った。


「新田さんとは仲良くしたいと思ってたから嬉しいな~。一年のころはあまり話せなかったしね」


 席に着くなり、弁当箱を広げながら千田が言う。ふーちゃんは申し訳なさそうに眉をハの字に曲げた。


「う、うん……あの、一年のときは距離を取っててごめんね?」


「気にしない気にしない! ねっ? こころ!」


「はい。その分これから仲良くしてくれると嬉しいです」


「う、うん! えへへ……嬉しいな」


 席について千田と雪花と開幕の挨拶を終えたふーちゃんは、俺の耳に顔を寄せて「ありがと」と小さく口にした。そう、現在ふーちゃんは俺の隣の席に座っているのだ。最高かよ。


 ふーちゃんの『えへへ』と『ありがと』にしびれていると、千田と雪花がぽかんとしていることに気付く。ふふふ……どうやらキミたちもふーちゃんの可愛さにやられたようだな。


「え? めちゃくちゃ可愛いんだけど」


「頭をなでたくなりますね――あぁ、すみません。悪気はなかったんです」


 千田は驚いた表情を維持しており、雪花はぺこりとふーちゃんに向けて頭を下げる。


 二人の言葉を聞いて、ふーちゃんは顔を赤くして縮こまる。そして俺に助けを求めるような視線を向けてきた。俺も頭撫でたいです。


「雪花さんと新田さんは、同じ中学だったよね? クラスは一緒になったことあるの?」


「ちなみに俺たち三人は中学の時ずっと同じクラスだったんだぜ? あ、千田は二年と三年の時一緒だったっけ?」


 俺が役立たずになっていることを悟ったのか、和斗と誠二が会話に参戦する。千田は「なんでうろ覚えなのよ! 二年と三年一緒だったでしょ!」と怒っていた。うん、それは怒って良い。


「三年生の時は一緒でしたよ。私も交友関係が広いほうではありませんので、話したことはありませんでしたが」


 なるほど、そういう感じだったのか。


 ふーちゃんはコクコクと頷いて、雪花の言葉に同意している模様。もうその動きだけで可愛すぎる。抱きしめたい。


 昨日の下校中も今朝の登校中も思ったけど、この距離感にふーちゃんがいることが幸せすぎるのだ。貯金全部吐き出せと言われてもノータイムで許可してしまいそうである。


 初々しく感じるやりとりに心が温まるのを感じていると、ふーちゃんが「あ、あの!」と声を上ずらせながら言った。俺を含む五人の視線が、ふーちゃんへ集まる。


「あ、明日も、い、一緒に食べてくれる?」


「もちろんっ! ――あ、もしかして俺に言ったわけじゃない感じ?」


 勢いあまって返事をしてしまったが、よくよく考えたら千田と雪花に言った可能性が高いことに気付いた。恥ずかしい。


 だが、ふーちゃんはすぐに「ま、邁原くんも!」とほっぺを膨らませていた。可愛すぎる。


 そして俺に続いて、残りの四人も快く賛同の意思を示してくれた。


 六人で集まって食事をするとなると、あまり人と関わることがなかったふーちゃんには少し大変かもしれないが、俺はできる限り彼女のサポートができたらいいなと思う。


 なんにせよ、彼女が嬉しそうにしているのだから、よかった。




 そしてその日の放課後――、


「ま、邁原くん! 帰ろ!」


 俺がふーちゃんに近づくよりも先に、彼女が俺の元へ小走りで駆け寄ってきてそう言った。


 クラスメイトたちの視線を集めてしまっているけど……そんなことが気にならないぐらい嬉しすぎて頭がクラクラした。



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