第11話 ふーちゃん良ーし!




 さて、新田家にやってきたとは言っても、そんなにゆっくり時間があるわけでもない。なにせ、平日の朝だ――当然ながら学校に行かなければならない。


 それに加えて、なんのアポもなくやってきたことから、生活空間にお邪魔することに非常に申し訳ない気持ちになった。なので、玄関の上がりがまちに腰掛けて、訪問営業のような態勢をとりながら、ふーちゃんママが用意してくれた麦茶をいただいた。


 自己紹介を受け、名前呼びを許可されたので遠慮なく香織かおりさんと呼ぶことに。


 香織さんはリビングに来ていいと言ってくれていたけど、俺が遠慮するとすぐに引き下がった。たぶん、社交辞令的に言ってくれたのだと思う。


 間違えないでよかった。


「お母さん、邁原くんに変なこと言わないでよ!」


 廊下の先で、ふーちゃんが顔を赤くしながら言う。香織さんが「言わないわよ~」とほんわかした雰囲気で返事をすると、ふーちゃんはいぶかし気な視線を向けつつも、扉の奥に消えていった。


 初めて見る彼女の砕けた雰囲気に、自然と頬が緩む。


「あの子、最近すごく学校が楽しそうなの。邁原くんのおかげね」


 娘の背を見送りながら、香織さんが言う。『きっと』とか『たぶん』とかじゃなくて、断定なんですね。


「もしそうだとしたら、すごく嬉しいです。彼女には笑っていてほしいので」


 そう答えると、ふーちゃんママは口元に上品に手を当ててから、感動したように目を見開く。


 まぁまぁ、風香も幸せ者ね――まるで自分のことのように嬉しそうに言った香織さんは、俺に優しい目を向ける。そして、不思議そうに首を傾けた。


「……もし違ったらごめんなさい。邁原くんってもしかして、舞宮中学校のサッカー部? 青と白のユニフォームとか着てなかった?」


「え? そうですけど……なんで知ってるんですか?」


「――っ、あ、あれ、風香から聞いたのよ。ごめんなさいね、急に変な事を聞いて」


 ん、んん? ふーちゃんから聞いた?


 彼女は俺が舞宮中であることは知っていたらしいけど……それ以外は話したことないんだけどな。サッカー部だったってことは教室での会話で聞こえたのかもしれないが、舞宮中のユニフォームの話なんて、高校に上がってから誰ともした覚えはないぞ?


「いえいえ、気にしないでください。高校に上がってからは帰宅部だから、もうサッカーはしてないんですけどね」


 俺の知らないところで他の舞宮中の奴らから聞いたりしたのかな――そんな風に結論付けて、香織さんに返事をする。すると彼女はニヤニヤしながら、「風香と過ごせる時間が増えるわね」と肘で俺をつついてきた。


 俺もそう思いますわ。部活をやっていたら、彼女と一緒に登下校なんてできなかっただろうし。才能に恵まれなかったことに感謝しておこう。


「お、お待たせ邁原くん! 何の話をしてたの?」


「大丈夫、ゆっくりさせてもらったから――帰宅部で良かったなって話をしてたんだよ。自由な時間が多いからね」


「そっか。――お母さん、変なこと言ってないよね?」


「何も言ってないわよ。そんなに信用ないかしら?」


「そうじゃないけど……疑ってごめんなさい」


「うふふ、いいのよ。それだけ邁原くんが大切なのよね?」


「そ、そそそそういうこと言わないでってことなのーっ!」


 朝から新田家はにぎやかだなぁ。そしてやっぱり、ふーちゃん可愛すぎかよ。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「ね、ねぇ、本当にお母さん変なこと言ってなかった?」


「あははっ、心配しなくても大丈夫だって」


 大好きな人と二人で並んで学校に向かう。


 これが俺の人生の幸せの最高到達点なのではないかと思ってしまうほどの幸福感を味わいながら、俺はこちらをのぞきこんでいるふーちゃんに返答した。


 彼女は「なら、いいんだけど」とほっと胸をなでおろした様子。もしかしたらふーちゃん、家で俺のことを何か話していたのかもしれないなぁ……香織さん、俺が自己紹介をするよりも前に俺の名前を呼んでいたし。良い内容であればいいな。


「信号よーし、右よーし、左よーし、ふーちゃんよーし!」


 大通りの信号が青になると、俺はそんなことを言いながら指さし確認を行った。ふーちゃんには視線を向けるだけだが。


「そ、そこまでしなくても大丈夫だよ! と、というか、なんで私も?」


「いやほら、ふーちゃんの可愛さを再確認しようかと」


「い、いいからぁ」


 俺が言うと、ふーちゃんは恥ずかしそうに両手で顔を覆った。とてつもなく可愛い。


 可愛いけど、ちゃんと前を向いて歩きましょう。躓いたら危ない。手を繋いでもいいと言うのなら話は別だが。


「ごめんごめん、ほら、ちゃんと前を見て歩こうな」


 そう言いながら彼女の背中をポンと軽く触れるように叩くと、ふーちゃんは顔から手を離して、気まずそうに俺を見上げて口を開いた。顔はほんのり赤くなっている。


「……うん、私もごめんなさい……で、でも邁原くんのせいなんだからね?」


「はいそれはもうすんませんでした――っていうか、こうして俺と一緒に学校に行っても大丈夫だった? すごく今更な質問なんだけどさ」


 誠二や和斗によると、俺がふーちゃんに片思いしていることに気付いている人は、わりと学校にいるらしい。そんな俺と一緒にふーちゃんが登校しているとなると、変な勘違いする奴が出てくるかもしれない。


 俺の質問に、ふーちゃんはコクリと頷く。考えている様子もなかったから、彼女自身もその辺りのことは考えていたのかもしれないな。


「わ、私は大丈夫だよ? 私なんかより、邁原くんは迷惑じゃない?」


「俺はへーきへーき。いちおう、聞かれたときはちゃんと否定するから」


「そ、そっか。じゃあ大丈夫だね」


 そう言って、彼女は目を細くして笑う。いやもう可愛すぎだろふーちゃん。


 告白して振られたという過程は経ているとはいえ、こうして一緒に学校に登校できるようになったのだから結果オーライってことなのだろうか。


 あとは最大にして唯一の悩みだけ。彼女の予知夢さえ打ち砕くことができれば、なにも言うことはない。




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