第5話 知ってるかふーちゃん




 一年以内にふーちゃんが死ぬ。


 その言葉を聞いても、まったくもって現実味がない。しかも、どんな要因で死ぬかもわからないと彼女は言っているのだ。現実感を持てと言われても、なかなかに難しいだろう。


 しかし、発言しているのはふーちゃんだ。疑おうとは思わない。


「ま、毎年ね、誕生日に、おばあちゃんの声が聞こえるの」


 彼女は俺とちらちら目を合わせながら、話をしてくれた。


 新田さんの誕生日は、三月十四日のホワイトデーらしい。この情報はまだ手に入れてなかったから、とても助かった。


 まぁそれは一旦置いておくとして。


 ふーちゃんの祖母は今から約六年前、新田さんの十歳の誕生日に亡くなってしまったらしい。そしてその日を境に、彼女は誕生日の夜、祖母の声が聞こえるようになったと。


 その言葉は端的だが、とても重要な――未来を予知するものなのだという。


 ある時は遊園地の器具の故障を予言し、自他ともに事故を回避させた。

 ある時は母の病気を予言し、早期段階で治療にあたることができた。

 ある時はリストラした父の再就職先を予言し、現在はその場で楽しく働いているという。


 まるでおとぎ話のような内容だが、ふーちゃんは俺に信じさせようと、スマホで撮影した遊園地から送られた感謝状を見せてくれた。


 別にこれを見なくとも、ふーちゃんの言葉なら信用していたんだが……本当に未来予知みたいな能力だな。


 しかし、そのふーちゃんが聞いた祖母の言葉が的確で正確だからこそ――最悪だ。

 オカルト系はこれまでの人生で一度も信じてこなかったけれど、ふーちゃんの言葉なら別である。


「それでね、今年は『一年以内に、あなたは私の元へ来るでしょう。死に怯えず、一日一日を噛みしめて生きなさい』――っていう言葉だったの」


 それはつまり、


「……天国――ってことか」


「う、うん……おばあちゃん、とっても優しい人だったから、地獄じゃないよ」


 単なる夢だ――そう容易に断じてしまうには、あまりにも危険すぎる。なにせ聞いた限り、彼女の予知夢の的中率は百パーセントなのだ。


 少なくともこれまでに五連続的中していることは確かなのだ。


 次に外れる可能性はもちろんあるだろうけど、外れる前提で動くのはダメだろう。それはあまりにも、危機意識が低すぎる。


「もしかしたら、私は明日には死んでるかもしれない――そう思うと、もっと、色々やってみたいなって――一日一日を、充実させたいなって」


 そう思ったの――ふーちゃんはそう言ってから、眉を寄せてはにかんだ。


 あぁ、ふーちゃんの変化は、そこからだったのか。

 二年に上がってから――と思っていたけれど、春休み中の出来事だったのか。


 日々を精力的に、毎日後悔しないように、誰にも相談せず、一人で戦って、一歩ずつ前へ進んでいたのだろう。


 なんて、彼女は強いんだろうか。

 普通だったら、折れてしまってもおかしくないだろうに。


 家に引きこもってしまっていても全く不思議ではない。人によっては、恐怖に押しつぶされて自ら命を絶つ可能性だってある。死より先に、心が壊れてしまう可能性だってある。


 その辺り、ふーちゃんの祖母も理解して、言葉を伝えてくれたのかもしれないな。彼女なら、心を病んだりしないだろうと――そう確信して。


 俺はベッドから立ち上がり、彼女のベッド脇にしゃがみこんだ。そして、布団を抑えていた彼女の右手を取り、両手で握る。


「――っ、な、なななにっ!?」


「辛かったよな――一人で抱えるには、重すぎる問題だ」


 きっと彼女のことだ、家族にも伝えられていないだろう。自分が一年以内に死ぬという予知夢を身内に伝えることなんて――心優しい彼女にできるわけがない。


 俺よりも小さくて、細くて、白く綺麗な手をぎゅっと握る。


「ふーちゃんは、どうしたいんだ? この一年間――あと、十カ月ぐらいか」


 嫌われてもいい――そんな想いでいたけれど、いや、その意思はいまもあるけれど、少しは穏便にことを運べそうな気がしてきた。


 手を握ったままそう聞くと、彼女は顔を真っ赤にしたまま、「いろいろ、頑張りたい」と答えた。


「いままで、ずっと逃げてきたから、頑張りたい。いろんな人と、関わりたい――死ぬのは怖いけど、怯えてちゃダメだっておばあちゃんも言ってくれたから。怖いし――いろいろ気を付けてるけど、あまり深くは考えないようにしてるの」


「そっか……」


 怯えてばかりじゃ、たしかに何もできないよな。


 俺だって、明日落雷で死ぬかもしれないし、交通事故に遭うかもしれないし、通り魔に刺されるかもしれない。それらに怯えて過ごすのは、想像しただけでも辛い。


「もしかして、告白を断ったのも?」


「う、うん……だって、死ぬことがわかってる恋人なんて、邁原くんに申し訳ないもん」


 ふーちゃんは俺に握られていないほうの左手で、ぎゅっと布団を持ち上げて口元を隠す。照れているらしい。


「悪いけど、俺はふーちゃんがたとえ亡くなったとしても、ずっと好きだよ。一生――いや、俺が幽霊になったとしても、ずっと好きだ」


「そ、そんなの、ダメだよ」


「ダメじゃないですー。というか、それを言うならふーちゃんが予言通りに亡くなるほうがもっとダメだろ。俺は絶対に、そんな予知夢を現実に起こさせたりしない。たとえ百発百中だとしても、絶対にふーちゃんを守り抜いてそんな未来ぶち壊してやる。絶対に、キミを幸せにしてみせる」


 ふーちゃんの手を包み込みながら、そんな風に語った。


 告白の時に言った台詞よりも告白みたいだなぁという感想が脳内に流れ、少し気恥ずかしくなったが、まぎれもない本心だ。


 ふーちゃんは赤くなった顔をさらに赤くして、布団を目の下にまで持ち上げる。くぐもった声で、もう一度「ダメだよ」と聞こえてきた。


「わ、私だけの問題じゃないもん。一緒にいたら、邁原くんが巻き込まれるかもしれないし」


「へーきへーき。こっちも気を付けておくからさ。だから、ふーちゃんが明日死ぬつもりで生きるというなら、もちろん応援する――協力する。だけど、俺は俺でふーちゃんを守るために動くからな」


「ご、強引だよぉ」


 泣きそうな声で、しかし俺の希望的観測でなければ、どこか嬉しそうに彼女は言った。


 だから、俺もニカっと笑って返事をした。


「知ってるかふーちゃん。――男は多少強引なほうが、モテるらしいぜ」


 俺の決め台詞に、ふーちゃんの口からは「ばか」という言葉が返ってきた。俺の手を握り返しながら言うものだから、可愛くてしかたがなかった。






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