トリあえず書いちゃおう

黒いたち

トリあえず書いちゃおう

「トリあえず書いちゃいなよ」


 あかるい声に、私はハッと顔をあげる。

 深夜2時。

 自室でカクヨム誕生祭の小説を思案しているうちに、イスでうたた寝をしたらしい。


 つけっぱなしのパソコンは、ひかえめな動作音で待機している。

 深呼吸をして、大きく伸びる。イスの背もたれはギシリと鳴って、視界が明るくなる。

 羽織はおっていた、トリバスタオルのフードが脱げたからだ。去年のカクヨム誕生祭でもらった、トリを模した配色の、オレンジのバスタオル。


 気合を入れて、パソコンに向きなおる。

 締め切りまで十二時間を切ったというのに、画面にはお題の「トリあえず」の五文字しかない。


 カップに1センチ残った、冷めたコーヒーを流し込む。

 苦い。

 すこしだけ眠気が消えたが、以前としてアイディアは振ってこない。


 知識としては知っている。

 「数」に重点を置いて、アイディア出しをする場合と、「クオリティ」に重点を置いて、アイディアを出す場合。

 よりよいアイディアが出るのは前者であり、「クオリティ重視」と構えたとたん、想像力は低下する。

 人間とは、難儀なんぎな生き物である。

 

 だから、とにかく数を出せばいい。

 出して出して出しまくって、その中から一番きのいい芽を育てていく。


 頭ではわかっているのに、どうしても脳の検閲機能けんえつきのうが働いてしまう――「その話、本当におもしろい?」と。

 数を出すには、それに打ち勝つメンタルが必要だ。

 しかし人の心に響く文章を書くには、繊細な感性も必須。


 創作は死ぬほど楽しいが、時に死ぬほどつらい。


「でもやっぱり、最低限のクオリティは必要だよね」

「トリあえず書いちゃいなよ」


 とっさにふりむく。

 誰もいない。

 すばやく辺りを見回すが、自室には私ひとりだ。


「……誰かいるの?」

「トリだよ」


 耳元に近い声に、私はトリバスタオルをひきちぎる勢いで脱いだ。


「トリ!?」

「はろー。ねえ、トリあえず書いちゃいなよ」


 フードのトリ模様・・が、トリのに変化している。

 私はバスタオルを、そっとパソコンデスクに置く。

 トリの顔を、こちらに向けて。


 夢か現実か。そんなことはどうでもいい。

 この不思議な体験は、きっと創作のヒントになる。


 私は意を決して、トリに話しかける。


「そうは言っても。たしかに完成・・すれば、あるていどのクオリティになる。でも、そこまでの道は不明瞭でモヤモヤしっぱなしだし、『もうすぐ完成だ』って確信を持てるまでがつらいんだよ」

「トリあえず書いちゃいなよ」

「いやいや、書くって言っても、まずはキャラクターが必要でしょ。800文字以上だから、基本はふたりか。とりあえず性格は正反対にして、最後にちょっと分かり合う……みたいな?」

「トリあえず書いちゃいなよ」

「テーマもコンセプトも決まっていないのに? 伝えたいことが無い小説って、味気なくない? そりゃあ、読む分には日常ほっこり系もいいなって思うけど」


 頭をひねる。

 十二時間で重厚な小説を書くスキルは無いが、日常ほっこり系なら間に合うかもしれない。


「日常……ごはん……寝る……ケンカ……仲直り」

「トリあえず書いちゃいなよ」

「ごはんを取り合ってふて寝して、仲直りする話? 仲直りは、とりあえず相手が好きなコンビニスイーツを買う……恋愛なら同棲中か? 逆に遠距離で、たまにしか会えないのにこんなくだらないケンカをしたと悔やむカップルとか! なぜ遠距離なんだろう。仕事? 転校? だとしたら高校生? いっそ中学生の遠距離カップルとかは? つづかない要因しかないから、努力するしかないよね」

「トリあえず書いちゃいなよ」

「そうだね。とりあえず紙に書こう」


 日常のデートは、オンラインゲーム内。リアルでふたりきりで会う場所は、思い出のネットカフェ。


「出会いをネットカフェにして、学校は別にしよう。女子は高校1年生で、男子は高2って嘘をついている中学2年生。自己紹介のときに2年って言ったら、女子が勘違いしたから、そのまま突き通すことにする」


 A4コピー用紙が、どんどん黒くなっていく。

 短編小説とはいえ、キャラクターはしっかり作りたい。


「時間がないから、とりあえずヒロインはリア友をモデルにして。中2男子は犬系の後輩くんイメージで」

「トリあえず書いちゃいなよ」

「そうだね。オープニングは衝撃のあるケンカシーン。中盤は仲直りのために男子が奔走。しかし彼女の好きなコンビニカラアゲはどこも売り切れ。クライマックスは、やっと見つけて買おうとしたら財布を忘れたことに気づき、ポケットにあった百円玉では足りず、目の前で他の人が買っていく。走りすぎて喉はカラカラ。ドリンク棚の百円のお茶が目に入る。エンディングは、からあげサンドを彼女に渡して仲直り。半額シールが貼ってあるそれは、閉店間際のパン屋で、彼が見つけたものだった」


 喉の渇きを癒すよりも、彼女のために百円を使う中二男子。

 ケンカを悔やんでいた彼女は、涙まじりの声で礼を言い、自分の非を詫びる。それを見た中二男子は、彼女を騙しつづけていることに良心が痛む。

 早く言わなければ。でも、いまだけは、このまま彼女の笑顔を見ていたい。

 大好きで大切なのに、どうしても彼女を傷付けてしまう未来しかみえない。


 私は夢中でキーボードをたたく。

 ふたりの想いをこぼさぬように、残らず文字に焼き付けていく。


「……できた」


 ぼうぜんと画面を見つめる。

 タイトルは「トリあえず、ネットカフェで」。

 たった二千文字の短編だけど、全力を出し切れた。


「できたよ、トリ!」


 そこで気づく。

 パソコンデスクに乗っているのは、トリ模様・・のバスタオルだ。

 

 カーテンから差し込む朝陽に、時計を見ると5時ちょうど。

 徹夜するほど熱中したのは、ひさしぶりだ。

 私はぼうっとする頭で、トリバスタオルを羽織る。

 

『トリあえずアップしなよ』


 あかるい声が聞こえた気がして、私は小説を公開する。

 一気に眠気が押し寄せ、ベッドに転がり息をはく。


 夢か現実か。そんなことはどうでもいい。

 この不思議な体験は、きっと創作のヒントだ。


 今年のカクヨム誕生祭、完走までは、あと2作。


「迷ったときは、トリあえず書いちゃおう……」


 心地よい眠気に身をゆだね、私はトリバスタオルと共に、夢のつづきをひやかしにいく。


 


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