上司
森下 巻々
(全)
「あの人の「トリあえず」を引き出すまでが、もう大変なんだよなあ……。各店舗共通の催事コーナーの企画案を出すことになるとするだろう? そしたら、質問攻めさ。何故そのポップなのか? 何故そのフォントなのか? 何故エクスクラメーションマークが付いているのか? 全てのことについて意図を説明させようとするんだ。そして、納得させられたと思ったら、それでやっと「トリあえず、第一稿として受け取っておくわ」だからなあ……」
あの人というのはボクの上司だ。皆に恐れられている。
しかし、ボクには憧れの女性である。そう、女性としても彼女に惚れているのだ。
ボクが告白したら彼女はどんな反応を見せるだろうか。
頭の中でずっとシミュレートしてきた。
ボクが「好きです」と言葉にする。すると、たぶん彼女は、
「何故? どんなところが? ……そんな女性なら、ほかにもいっぱいいるんじゃない?」
ボクを質問攻めにするだろう。
だから、ボクはずっとボクが彼女に惹かれる理由を考えてきた。
職場で見る彼女は、スーツ姿であることがほとんどだった。勿論、その姿はカッコいい。いわゆる男っぽい感じがするが、こうやって毎日のように見てみれば、女らしい美しい顔をしている。美人でもあるのだ。皆から恐れられているが、決して鬼のような顔はしていない。彼女は仕事に真面目に取り組んでいるのである。考えてみれば、理不尽に怒鳴られたりした部下などいないのではないか。
ボクは、告白の時間のシミュレートをずっとしてきていたが、いつすればよいか迷った。会社内ではマズいのではないか。そこで、会社を出たところで、彼女にメモを渡したのだった。
或る場所に来てほしい、と。
彼女は来てくれた。
そして、
「好きです!」
「………………」
「好きです。お付き合いしていただけませんか」
「………………」
彼女に間があったので、ボクは質問攻めが始まるのか、もしかしたら叱られるのかも知れないとまで思った。
でも、実際は、彼女は美しい髪をかき上げるようにした後、ボクを真っ直ぐに見詰めて、
「自信のある顔ね。どんな返答にも対応できる顔してる。カッコいいわ。……トリあえず、ラーメンでも一緒に食べに行きましょうか」
ボクは腕を取られ彼女に引っ張られるようにして歩き始めたのだった。
(おわり)
上司 森下 巻々 @kankan740
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