示談屋Ⅶ
殺さずに義眼を手に入れるのは難しいと、俺はそう判断した。
ギデオン=スノウの魔法が一流のものであるということに、もはや疑いの余地はない。
お互いに怪我をしているということもあるが、魔法の精度が低くなっている。
常に視線に気を付けながら奴の水魔法に対抗をしなくてはならない俺と、三時間の公演を終えたばかりのギデオン。俺たちの戦いは、傍から見れば滑稽なものに見えるに違いない。
ギデオンは手当たり次第に氷結魔法をバラまいているらしかった。俺の攻撃を緩めたいのだろう。
対する俺も攻撃の手を緩めることなく弾を打ち続ける。
お互いの攻撃が時にぶつかり、ときに防ぎきれず、俺たちの体は次第に傷だらけになっていく。
「ちまちまやってんじゃねえよ! さっさと決着を付けようぜ!」
「奇遇だな。私のほうはようやく準備が済んだところだ」
「……!?」
気が付けば舞台袖のあちこちが凍り付いて、まるで鏡のような光沢を放っている。
鏡、それはすなわち、そこら中にギデオンの姿が、もっと言えばその目に嵌められた忌々しい義眼が反射しているということだ。
「……ッ!」
どこへ目を向けようとも義眼と目が合う状況だ。
俺は蜘蛛の巣に絡めとられたハエのように身動きを封じられた。
「今更復讐に来たのか? ヴィンセント・ヒーリィ。貴様に構っている暇はないんだがね」
途端に余裕ぶった表情でにじり寄ってくるギデオンに、俺は内心ほくそ笑んだ。
甘い。所詮は自分の命を脅かされたことのない相手だ。
風魔法使いと戦闘するときの鉄則、それは『決して血を流させてはならない』ということ。
蜘蛛はてめえだけじゃねえ。
ガシャシャシャシャッ!
そこら中の氷塊が砕け散って、まるで竜巻のように舞台袖に吹き荒れる。
体にできた傷から、風魔法を利用して糸のように血を伸ばす。氷に閉じ込められた血はいまだに俺と繋がっていて、それは体の動きを封じられても魔法の発動を防げるものではない。
斬撃魔法で切り裂かれた氷塊が、無数の刃となって吹き荒れる。
一つ締まらない点があるとすれば、体が動かず魔法の制御が効いていないので、氷の刃でズタズタになるのは俺も同じということだった。
嵐が収まった後、その場で立っている人間は誰もいなかった。
俺も歌姫も、凍えるほど寒い空間でぶっ倒れていた。
「う、ぐぐぐ……」
「うぉォォ……」
唸り声を上げながら、俺たちはぐったりと立ち上がる。明確に貧血だ。
向かい合った俺たちは、もはやこの場に立っている目的など覚えていなかった。
「なんのために……私の邪魔をするんだ……正義感か……?」
「……あんたの邪魔をするつもりはねえよ。女装趣味だろうが、人の体を集める変態だろうが、あんたはどうしたって俺よりは立派な人間だ。インテリは嫌いだが、お医者様だけには頭が上がらねえのさ」
青い血をワックスの代わりにして髪をかき上げてから、俺ははっきり答えた。
「俺はただ、誰かの掌の上で踊るだけの人生が嫌なんだよ」
舞台の向こうからは、いまだに拍手が鳴り響いている。
アンコールを控えた歌姫は、全身から血を滴らせている。
「悪夢は案外居心地のいいもんだ。分かるぜ」
だが、もう、ぬるい悪夢から、一歩踏み出さきゃならないときだ。いつまでも自分に慰められている場合ではない。
「あんたには踏み台になってもらうだけだ」
もはや言葉は不要だった。
ギデオンは例のメスを手に持っている。数々のパーツを切り落としてきた逸品だ。
俺は短杖の引き金に指を添えると、口に溜まっていた血を吐き捨てた。
薄暗い舞台袖、天井からぶら下がっていた照明が、破壊の衝撃で落下する。
「…………」
「…………」
パリンッ
照明が落ちた音と同時に、俺たちは交差した。
★
ずるり……
視線が斜め下にずり落ちて、やがて地面に急接近する。
俺の顔面が地面に激突する前に、俺は自らの手で自分の髪を掴みとめた。
切り落とされた自分の首を自分で抱えながら、俺は体ごと振り向いた。
改めて、とんでもない魔法の使い手だ。
「バカらしいよなあ」
振り返ると、両足を打ち抜かれて地面に倒れ込んだギデオンの姿があった。
「俺も、お前も、ここまでしねえと目が覚めないとはね」
なあ、色男。
ギデオンは言葉を返さなかった。
ただ、こいつもまた居心地のいい悪夢から抜け出さざるを得ないのだということは、言葉を交わさずとも十分感じ取れた。
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