義眼職人Ⅴ

「ありゃあ、死んでねえな」

 病院を出るなり、ヴィンセントはそう言った。

「それって、どういう意味?」

 あの部屋で院長に見せられた写真に写っていたのは、間違いなく青年の死体だ。

「写真が偽造されていたとでも言いたいのかい?」

「いや、偽造されていたのは写真じゃない」

 ヴィンセントはボクを引き連れて、病院の脇の路地へと入っていく。

 辺りを軽く警戒してから、元示談屋の彼は口を開いた。

「偽造されてんのは死体の方だ」

「……どうしてそんなことが言えるんだい?」

「頭をぶっ潰されて死んだ場合、あの写真のようにはならないってことだよ。あんただって、倉庫で俺がベラトニックのクズどもの頭をぶち抜いたところを見てただろ」

「普通の人間は、ああいった場面で目を覆うものだよ……」

「……ともかく、頭をぶち抜かれたらああは綺麗に血まみれにはならねえ。もっと骨やら、脳みそやら……人の頭ン中にはハギスみてえに色々詰まってんのさ。あの写真は、中途半端に綺麗(・・)すぎる。犯人の証拠隠滅にしたってお粗末がすぎるぜ」

 ヴィンセントの言うことには彼なりの理屈があるようだが、それでもボクにはすんなりと納得できない理由が沢山あった。

「理由も分からないし……それより死体をどうやって偽造するの? 院長だって息子さんの死を本気で信じ込んでいるようだったけど……」

「まあ、息子を匿っているようでもなかったのは確かだな」

 そう言って、ヴィンセントは自分の顎を擦りだした。遠くを見て、今や遺品となったメスの来歴に思考を巡らせているらしいが、結論は出ないようだ。

「ねえ、ヴィンセント」

「……なんだよ」

「ここって、もとは古い教会が立っていた場所だったよね」

 ボクだって、ただぼんやりとここへ来たわけじゃない。

 ヴィンセントの話だけでは納得できない理由は、そこにある。

「ねえ、見て……といっても、キミにははっきりと見えないかもしれないけど」

 魔法仕掛けの右目は、魔素の姿をはっきりととらえることができる。とくに、魔素の濃い場所は特別輝いて見える。

 ボクの目には今、地面に垂れた何者かの血が魔素の道しるべとなってはっきりと映っていた。

 血痕の繋がる先は、巧妙に隠されているゴミ捨て場の奥。

「ウェネキア風に言えば、カタコンベ。古い教会の地下に時々見られる地下墓地だ」

 ボクとヴィンセントは顔を見合わせた。

 次の行動について相談する必要は、どうやらなさそうだ。



 当然のことではあるが、カタコンベの中は真っ暗だった。

 人として最後の安息地だ。死者たちの眠りを無作法な陽の光で妨げるわけにはいかないのだろう。

 墓の守り人たる教会が取り壊された以上、この場所がまだ安息地として活用されているかは疑問だけど……。

 長い石造りの階段を下りながら、ボクは高鳴る心臓を必死で宥めすかせていた。

 興奮しているわけじゃない。ボクは純粋に怖かった。

 この下に待ち受けているものが、まともなものであるわけがない。

 機械仕掛けの左目は、ほとんど光の届かないこんな場所でも、わずかな赤外線を集めて緑の像をボクの脳裏に映し出す。

「うおッ!」

 ボクの後ろを歩くヴィンセントが小さく悲鳴を上げた。どうやら湿った階段で足を滑らせたらしい。

 野太い声があちこちに反響して、壁に張り付いた蜥蜴や虫が一斉に蠢き始めた。

「ひゃあっ! ちょ……ちょっと……! 気を付けてよ!」

「なんも見えねえんだから仕方ねえだろ!」

 この先で部品泥棒が待ち構えていた場合、今の騒動でボクたちの存在はバレてしまっただろう。

「安心しろ、こんな暗いんじゃ目も合わせられねえ。ふん捕まえてここで義眼を抜き取ってやる」

「……なにも見えてないのに調子のいいことを言うなあ、もう……」

 そんなことを言っていると、ボクはどうやら階段を下り終えたようだった。

 広い空間が、そこにはある。かつては墓が並んでいた場所だろう。

 本場ウェネキアのカタコンベと違って、壁に規則正しく穴が開けられていてそこに棺を納めるような形になっている。今となってはさすがに改葬されているだろうけど……

「誰かいそうか?」

「……いや、『生きている』人はいなさそうだね」

 ボクの右目には、魔力の籠った『なにか』が壁を埋め尽くしている様子が映し出されている。

「なら、ランタンを付けても問題ねえな」

 言うや否や、ヴィンセントは壁に掛けられていたランタンをひったくって、ボクが止める間もなく明かりを灯した。

 暗闇に慣れた目が急激な明転に耐えられず一瞬目をつむったボクだったけど、ほどなくして先ほどまで右目で捉えていた『なにか』の正体に気が付くことになる。

「なるほど……こりゃあ――」

 ボクより数秒先に辺りの様子を把握していたヴィンセントは、心底厭そうな顔をしてそう呟いた。

 かつては棺が納められていたであろう壁一面の穴という穴には、神経質なほど丁寧に瓶詰の『部品』が並べられていた。

 目、耳、鼻、唇、首、

 右手親指、右手人差し指、右手中指、右手薬指、右手小指、

右手掌、右手手首、右上腕、右二の腕、右肩、

 左手親指、左手人差し指、左手中指、左手薬指、左手小指、

左掌、左手首、左上腕、左二の腕、左肩、

 右胸、左胸、腹部、下腹部、臀部、鼠径部、

 右足親指、右足人差し指、右足中指、右足薬指、右足小指、

 右踵、右土踏まず、右足首、右ふくらはぎ、右膝、右腿

 左足親指、左足人差し指、左足中指、左足薬指、左足小指、

右踵、右土踏まず、右足首、右ふくらはぎ、右膝、右腿

 びっしりと、まるで展覧会のように――

「こりゃあ――狂気だな」

 ヴィンセントの言葉に、ボクは反論する術を持たなかった。

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