義眼職人Ⅳ

 最初の〈部品泥棒〉事件が起きたのは、今から三年前、このラングトンからだった。

 それ以降、彼は不定期に姿を現しており、ウェネキア共和国・ブロカ帝国・フランク共和国・ガレス連邦……と、まあ世界各国で同じような事件が時々起きている。

 なぜか不思議なのはその特異な事件に対する新聞での扱いの小ささであり、これほど奇妙な事件ながら記事は最低限のサイズで、かつ追及をしようという意志もそれほど感じられなかった。

 こんな小さな記事を、どうしてボクはこんな山のような新聞の中からすんなり見つけられているのか、なぜ各新聞社がこの奇妙な事件に注目をしないのか。その答えは実に簡単だ。

「……やっぱり、この日もだ」

 確信と共に手に取った新聞の一面には、でかでかと『スノウ=ホワイト来訪!』の文字が躍る。

 そう、〈部品泥棒〉事件が発生する場所、日にちは、必ずスノウ=ホワイトの公演が重なっている。

 歌姫がウェネキアに行けば部品泥棒もウェネキアへ、歌姫がフランクで歌えば部品泥棒もフランクで暴れまわる。

 歌姫の来訪という巨大なイベントを隠れ蓑にするように、〈部品泥棒〉はのびのびと犯行を続けていた。

 加えて、フリンジャー子爵令嬢やベラトニックのボスの娘のように、世間体を気にしなくてはならない上に報道に圧力をかけることができる貴族やギャングの関係者を襲うことで世間に公表されにくくしている。

「……ただ歌姫の背後に隠れて犯行をしている卑劣な人間なのか、それとも――」

 ――歌姫を狙っているのか。

 言うまでもなく、歌姫自身が絶世の美女だ。

 世界中で美女の体のパーツを集めている怪人なら、彼女を狙わない手はない。

 ともあれ、部品泥棒が歌姫と共に行動しているということは分かった。彼女がこの町で歌う今日までは、部品泥棒もラングトンにいるというわけだ。

 さすがに、新聞で得られる情報はここまでだ。

 もう夕方だし、一旦ヴィンセントのフラットに戻ってお互いの成果を報告すべきだろう。

「どうやって片付けようかな……」

 テーブルの上に山のように積まれた新聞を眺めながら、ボクは苦笑いした。



 塗装のはがれた部屋のドアを叩いても、中からは反応がなかった。

 まだ帰ってきていないのだろうか?

 試しにドアノブを捻ってみると、あっさりとドアが開いた。

 まったく……不用心にもほどがある……。

 ヴィンセントが帰ってきたら一応忠告してあげよう。そんなことを思って部屋に入ると。ベッドの上に血まみれの人間が倒れていた。

「……って、ヴィンセント!?」

 慌てて駆け寄ると、ヴィンセントは気だるげに腕を上げた。上着は脱いで肌着だけになっている。黄ばんだ肌着が杜若色に染まっている。

「だ、大丈夫かい!? 今すぐ病院に――」

「いや、大丈夫だ」

 ゆっくりと上体を起こしたヴィンセントは、ことのほか余裕のある声でそう答えた。

「大した怪我じゃない。三日もすれば治る」

 よくよく見ると、彼は左肩に切創を受けていた。出血が上半身全体に広がっているのでことさらに大怪我に見えたようだ。

「どうしたんだい? ギャングに襲われたとか……」

「そうじゃねえ」

 忌々し気に呟いたヴィンセントは、続いて、

「部品泥棒だ」

 と答えた。

「また出会ったの!?」

「ああ、だがまた逃がしちまった……一発ぶち込んだはずだがな」

 悔しさをにじませるヴィンセントに、ボクは冷静を装って状況を確認する。

「なにか手がかりはある? 見た目とか、その正体に関わることならなんでも」

「義眼を警戒して、部屋を暗くして戦ったから顔は見れてねえ」

「そうか……」

「露骨に落ち込むなよ。成果がないとも言ってねえだろ」

 ヴィンセントは小さく唸りながら、ベッドのわきに置いてあった自分のチェスターコートの内ポケットを探りだした。

「一つ、ほぼ間違いなく、部品泥棒はプロの殺し屋じゃねえ。義眼に頼った戦い方の素人だ」

 そう言ったヴィンセントは、チェスターコートから取り出した何かをボクに手渡した。

「二つ、どうやらお医者サマらしい」

 それは銀色に輝く医療用のメスだった。



「部品泥棒は歌姫と同じ場所に現れるらしいんだ」

 ヴィンセントの杜若色の血をときおり拭いながら、ボクは彼の肌に針を通していた。医者ではないから専門的な治療はできないけど、こうして傷口を縫う程度のことはできる。

 ヴィンセントは高魔力者だから、彼の言う通りこれくらいの傷なら三日で塞がるだろう。

「そうすりゃ、目立たずに済むってわけか。賢い野郎だぜ」

「皮肉な話だね、世界平和のために歌っているというのに、陰では彼女に隠れて犯罪が横行しているというのは」

「光がデカけりゃ影も濃くなるってこった」

 麻酔も使わない素人の治療だというのに、ヴィンセントは顔色一つ変えなかった。

 傷口には例の粗悪なスコッチをかけて消毒しているようで、部屋にはアルコールの匂いが充満している。

「……こんなものかな」

「おうよ。あんたが器用で助かった」

 傷の縫合を終えて、ボクは残った糸を歯で噛み切った。

 肌着姿のヴィンセントは、その痩躯からは想像が付かないほど筋肉質で、彼がどのような人生を送って来たのかが窺い知れる。

「なんだ? 男の裸は初めてか?」

「……からかわないでよ」

 意地悪く笑ったヴィンセントから目をそらすと、ボクは銀色のメスを手に取った。

 ヴィンセントの血が付着したそれは、間違いなく医療用に作られているものだ。殺人をするには向かない小型の刃物だが、女性の必要な部位を盗むには最適……なのかもしれない。

「本当にこんなことに人を巻き込んでいいのか……とか思ってんだろ、どうせ」

「……」

 ボクが黙ったのは、それが図星だったからだ。

 一歩間違えれば、ヴィンセントは死んでしまったかもしれない。あるいは体の一部を奪われて取り返しのつかない大怪我をしていたかもしれない。

 今まで心のどこかで無視していたそのリスクが急に現実となって目の前に現れると、思わず覚悟が揺らぐ。

 そんな考えが重なると、義眼集めの旅を続けていいのかが分からなくなる。

「余計なこと考えるなよ。あんたは夢中になって義眼を探してりゃいい。じゃなきゃ俺も自分の仕事に集中できないからな」

 きっぱりと言い切ったヴィンセントに視線を向けると、彼は面倒くさそうに背中を掻いていた。

「考えるのは全部終わった後か、それか死ぬ直前でいい。飛んでる途中で羽ばたくのをやめるバカな鳥はいねえからな」

「……おかしな例えだね」

 ボクは思わず笑ってしまった。彼の言う通りだろう。ここまでやってやめてしまっては、ヴィンセントの怪我も意味のないものになってしまう。

「これで部品泥棒が歌姫のストーカーで女体集めが趣味の変態な医者だってことが分かったな」

「うーん……ますます邪悪な存在に聞こえるけど……」

 機械仕掛けの左目で、ボクはあるものを探していた。

 医療用のメスというは、その辺の包丁とは違って精巧な品だ。

 職人が手作りで研き上げているものだって少なくないと聞く。

 同じ職人として分かるけど、ヴィンセントが手に入れたこのメスは間違いなく名品だ。

 そして、これも同じ職人として分かるが、これほどのものを作る職人は、どこかで自分の存在をアピールしたがるものだ。

「……あった」

 手で握る柄の部分。そのほんの隅にある溝の裏側、そこに裸眼で確認することが難しいほどの小さな刻印があった。

 左目で視界を拡大してよくよく見てみると、その文字列がはっきりと確認できた。

「……〈ギデオン・ナイスフェロー〉? 職人の名前かな?」

「……ナイスフェロー? 待てよ……聞いたことがある気がする」

 右手の指で顎の下をさすりながら、ヴィンセントは何かを思い出すそぶりをした。

「思い出したぜ。ダフトン通りにそんな名前の病院があったはずだ。元は古い教会だった場所だ。病院にしちゃ派手な建物だし、なにより変な名前だから憶えてる」

「部品泥棒がラングトンの病院のメスを持っていたということかい?」

「妙な偶然だが、ナイスフェローなんてのはエミグラント人の苗字だ。どうせなんも手がかりがねえなら、そこへ行ってみる価値はあるだろ」

 そう言って早速立ち上がろうとしたヴィンセントの腰に、昨日までは無かった大型の短杖が収まっている。

「その杖……」

「あん? 文句あんのか?」

「どうして急に喧嘩腰になるんだ……」

 杖に言及するとなんだかぎこちない様子のヴィンセントに困惑しながら、ボクは彼の後追って部屋を出た。



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