第八話:結成、百鬼夜行

「神也よ。『百鬼夜行』でどうじゃ?」

「百鬼夜行?」

「うむ」


 玉藻の言葉を復唱した神也に、彼女は笑顔で頷く。


「冒険者の墓場、幽霊ゴーストのランクを有する妾達わらわたちに相応しいと思うてな。無論、でも、じゃが」

「あー! それいいじゃーん! メリーちゃん賛成ー!」

「あたしも異論はないよ。な? 鴉丸。せつ

「うん。お兄ちゃんがいいなら、そええでいいよ。」

「我も断る道理はない。あとは、若の思うがままに」


 ある意味、あやかしという別の顔を持つ彼等に相応しい名とも言えるその名称。

 とはいえ、言葉の意味を知らない者がほとんど。


「あの、皆様。ヒャッキヤコウとは、どのような意味なのでしょうか?」


 セリーヌが、ブラウやフラナの心の内を代弁するかのように質問すると、神也がセリーヌに向き直る。


「えっと……僕達の国の言葉で、怪物モンスター幽霊ゴーストが深夜に闊歩する、みたいな意味があります」


 この世界の人に伝わるよう、言葉を選び説明する神也。


「は? 随分物騒な名前を付けるじゃないか」

「Gランクって意味じゃ、合ってる気もするけど……。一応、パーティー名って解散するまでは付け直しできないけど。本当にいいの?」


 ブラウとフラナが怪訝な顔をする中、神也がおずおずとセリーヌを見る。


「あの、多分セリーヌさんには馴染のない言葉ですし、きっとあなたの出自にも相応しくありません。なので、もし嫌なら別の名前を考えますけど……」


 こういうときに、自分への気遣いを忘れない。

 神也の態度を見て、セリーヌは心にじわりと広がる喜びを、そのまま微笑みに変えた。


「いえ。その名前で結構です。わたくしも既に、亡国の幽霊ゴーストのようなもの。皆様と同じですから」

「……わかりました」


 彼女に不満がないかは心配であったが、神也はセリーヌの言葉を信じると、力強く頷き、再びブラウに向き直った。


「じゃあ、百鬼夜行でお願いします」

「……そうか。お前達がいいってなら何も言わないさ。まずはこれで中央にパーティー名を書いてくれ」

「はい」


 ブラウより羽ペンとインクを渡された神也が、巻物スクロールに向かいペンを走らせようとして一度動きを止める。


  ──ここはやっぱり……。


 一呼吸置き、すらすらと綺麗なで百鬼夜行と書いた後、その上にこの世界の単語でヒャッキヤコウとフリガナを振る。


「シンヤ。その下の文字って──」

「フラナ。これはシンヤなりの決意表明。それ以上触れないように」

「え? は、はい。わかり、ました……」


 神也達が異世界から来た事を知るからこそ、母国語に意味があるに違いない。

 そう察したセリーヌの毅然とした言葉に、思わずたじろぎ、言葉を失うフラナ。

 そんな中、巻物スクロールにチーム名を書き出した神也が羽ペンを戻す。


「これでよいですか?」

「ああ。リーダーはお前でいいのか? シンヤ」

「はい」

「わかった」


 彼の返事を聞き、パーティー名の書かれた中央に神也のギルドカードを、その周囲を囲むように、他のギルドカードを並べる。


「じゃ、シンヤ。お前はさっきと同じく、自分のギルドカードに手をかざせ」

「はい」


 神也が先程同様、素直に手を伸ばし自分のギルドカードに手の平をかざしたのを見て、ブラウが真剣な顔をする。


「よし。いいか? これから俺が口にする言葉を復唱しろ」

「わかりました」

「皆をひとつの名の下に刻み、共に力を合わせ、道を歩むことを誓う」

「……皆をひとつの名の下に刻み、共に力を合わせ、道を歩むことを誓う」


 神也が彼の言葉を復唱した瞬間。

 先程のギルドカードと同じく、巻物スクロールに描かれた魔方陣が輝き出すと、すべてのギルドカードを繋ぐように光が走り、それらが神也の手の平の下のギルドカードに集まっていく。


「うわぁ!」

「綺麗……」


 メリーやせつが思わず感嘆の声を上げる中、すべての光が神也のギルドカードに収まると、最後にもう一度すべてのギルドカードが輝き、そのまま光は消え去った。


 それを見届けたブラウが、笑顔に戻る。


「……よし。これでお前達は晴れてパーティーだ」

「本当ですか?」

「ああ。セリーヌ様」

「はい」

「試しに防御強化ディフェンス・アップを対象を指定せず掛けてみてください」

「わかりました」


 ブラウに従い、静かに目を閉じたセリーヌは両手を組む。


『神よ。どうか皆を、聖なる力で護り給え』


 澄んだ声で歌うように術を唱えた瞬間、セリーヌも含めた神也達の身体が、淡い金色の光で包まれた。


「お、ちゃんとあたし達にも効いてるね」


 光に覆われた身体を軽く動かし、拳をぎゅっと握り笑顔を見せる六花。


「うむ。セリーヌの術の力、しっかり感じられるな」


 鴉丸もまた、手の平を見ながらその力を認めるように頷く。


「セリーヌ様、ありがとうございます。ってことで、これでヒャッキヤコウ、結成ってわけだ」

「ま、Gランクなのは変わらないけど」


 笑顔で話をまとめたブラウに、相変わらず一言余計な事を言うフラナ。

 そんな彼女をキッと睨んだ彼は、咳払いをするとギルドカードを束にし、巻物スクロールを巻きながら話を続ける。


「シンヤ。お前はこの巻物スクロールを渡す。パーティーの結成、加入、脱退、解散はこれを使うんだ。パーティーの最大メンバーは八名。あと一枠しかないから注意しろ」

「はい」

「あと、脱退と解散の詠唱はどうせお前達には不要だろう。もし必要になったら俺に聞け。いいな?」

「わかりました。ありがとうございます。ブラウさん。フラナさん」


 無事に冒険者となれ、パーティーも組めた事にほっとした神也の屈託のない笑顔に、ブラウは満足そうな顔をするが、フラナはちょっと複雑そうな顔をする。


「シンヤ。お礼は嬉しいけど、まだ問題は山積みなの。白い歯を見せてる場合じゃないわ」

「確かに。私達わたくしたちがGランクなのは変わりません。どうにかFランクに上がれれば良いのですが……」

「セリーヌ様には悪いですけど、無理ですよ。それこそ上位龍ハイドラゴンでも討伐して、その素材を持ち帰らないと……」

「ほう。そんな策があるのか。であればすぐではないか」

「馬鹿なことを言わないで!」


 玉藻のあっけらかんとした一言に、思わず業を煮やしたフラナがバンッとカウンターを叩き、彼女をキッと睨む。


「いい? そもそも上位龍ハイドラゴンなんて世界でも目撃例は少ないの! それに、そういった危険な怪物モンスターを倒すためのダンジョンには、大抵その場所を指定した討伐クエストが存在するわ。クエスト指定ダンジョンはクエストを受けた冒険者のみ入れるよう、冒険者ギルドにて管理されているのよ! だから、あなた達が実質強い怪物モンスターを討伐して、素材を得る機会なんてほとんどない! これじゃ、結局あたし達は……あたし達は……」


 怒りを抑えられず話していたフラナだったが、次第に瞳に涙をため悔しそうな顔をすると、絞り出すように絶望を口にする。

 心内を察したのか。ブラウが淋しげに笑い、彼女の頭を撫でてやると、感極まったフラナは、人目も憚らず彼の胸に抱きつき、嗚咽を漏らす。


「……悪い。こいつも、お前達のお陰でこのギルドが続けられるって喜んでたからな。まさかお前達がGランクにさせられるなんて、夢にも思ってなかったんだ」

「いや。妾達わらわたちも流石に考えなしすぎじゃった。すまぬ」


 予想以上にショックを受けるフラナと、それを慰めるブラウの姿に、流石に楽観的になりすぎたと反省してか。あやかし達やセリーヌも申し訳無さそうな顔をする。


「……ブラウ。フラナ。申し訳ございません。色々と期待させてしまって」

「いえ。元々潰れかけのギルドだったんです。仕方ありません」


 いくら神也やあやかし達の力があっても、ここからFランクに上り、普通の冒険者となるのは難しい。流石に手詰まりと感じているセリーヌもまた、諦め顔を見せたのだが。


「ブラウさん。もう少しだけ、諦めないでいてくれませんか?」


 それでも一人表情を変えず、希望の灯を瞳に宿す者がいた。勿論、神也だ。


「……は? 何をする気だ?」

「確かに、強い怪物に出会える機会は少ないかも知れません。でも、可能性がゼロじゃないなら、僕達は頑張りたいんです。だから、もう少しだけ時間がほしいんです」


 『最後の希望』に所属したいと伝えた時と変わらない、真っ直ぐな瞳と真剣な言葉。

 それが不思議とブラウやフラナの心に染み、二人はまだ希望を持ってよいのかと心を揺さぶられる。

 だが、それでも現状未来が変わるとも思えない。だからこそ、


「もう、無理しなくてもいいって」


 ブラウはこう口にしそうになったのだが。


「ほう。流石。あの誘いを断るだけの事はある」


 発しようとした言葉を咎めるかのように。突如、冒険者ギルドの入口の鐘の音が小さく音を立てると、同時に入って来た何者かが神也達に声を掛けてきた。

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