第七話:譲らない想い

「あーあ。これでもう『最後の希望』はお終いかぁ……」


 カウンターに座ったフラナが頬杖を突き、大きなため息を漏らす。

 だが、そう考えても仕方ないだろう。唯一ギルドに所属する冒険者がGランクなのだ。この先、このギルドを存続させるだけの稼ぎをあげられるとは思えない。


 だが、神也達は違った。


「フラナさん。以前Gランクの制約は聞きましたけど、冒険者としてパーティーを組んだりはできないんですか?」


 気落ちする彼女に神也が真剣にそう尋ねると、諦め顔のまま視線だけを向けてくる。


「全員がGランクなら別に。でも、採取なんてするのにそんなメリットもないし、採取した素材で入ってくる収入や貢献度なんて、たかが知れてるわ。そんな状況じゃ、パーティーを組んだって無駄よ」

「そうですか。ありがとうございます。じゃあみんな。パーティーを組もう」

「え?」


 答えを聞いていなかったのか。

 さらりとそんな提案をした神也に、フラナとブラウが驚きの声を上げる。それは、Gランクという現状を知ったセリーヌも同じだった。


「シンヤ。どうしてなのですか?」


 素直に疑問を口にしたセリーヌに、神也は凛とした雰囲気のまま口を開く。


「以前ご説明いただいた通りなら、僕達はこの先、Gランクの冒険者として生きていかなければいけないんですよね?」

「は、はい。そうですが……」

「だったら、『最後の希望』に所属する冒険者として、できる限りの最善を尽くしたいと思ったので」

「い、いや。シンヤ。そう言ったって。フラナが言った通り、Gランクじゃジリ貧だ。お前達の少ない稼ぎでやっていけるほど、ギルド経営も楽じゃない。」

「つまり、妾達わらわたちがより稼げばよい。そういう事じゃな?」


 現実を口にしたブラウに対し、さらりと玉藻がそう口にした。

 だが、以前同じような話をした受験前とは、まったく状況が違う。


「だから言っただろ! 採取しか収入の当てがないできないGランクじゃ、こっちもジリ貧だ!」


 バンッと強くカウンターを叩き、やりようのない怒りを堪えるブラウ。

 とはいえ、あまりに脳天気なあやかし達に苛立ちを抑えられなかったのだが。


「ま、いいじゃないか。Gランクに指定された以上、あたし達は冒険者となるしかないんだろ? だったらあたし達はパーティーを組む。それだけだよ。さっさと手続きしちまおうじゃないか」


 それすらも意に介さず、六花が笑顔でブラウにそう返した。


 確かに。パーティーを組むこと自体は、ギルドに所属するかどうかに関係ない事。未だ神也達の考えに納得などできないものの、冒険者ギルドである以上、冒険者の意向は聞かねばならない。


「はぁ……。フラナ。あれを用意しろ」

「う、うん……」


 兄の苛立ちを感じ流石に萎縮したフラナは、素直に彼に従いギルドの受付に向かうと、巻物スクロールをひとつ持って戻って来る。


「お兄ちゃん。これ」

「ああ、すまん。お前達。こっちに集まってくれ。フラナはこっちに回れ」

「うん」


 ブラウの言葉に、フラナが足早にカウンター裏に回り込み、空いたブラウの正面の椅子に神也とセリーヌ、せつとメリーが腰を下ろすと、残りのあやかし達は彼等の背後に立った。


 皆を一瞥したブラウが、カウンターに置かれた書類をどかすと、その下から、七枚のギルドカードが姿を現した。


 神也を始めとした、それぞれの名前が書かれた薄っすらと光るカード。

 肖像が入りそうな箇所は空欄。だが、希望した職業と問題となっているGランクの文字はしっかりと刻まれている。


「へー。これがギルドカードかー」

「キラキラしてるね」


 興味津々なメリーと、ギルドカードをまじまじと見つめるせつの、Gランクである事などなかったかのような能天気な一言に、神也や他のあやかし達も笑顔を見せている。

 あまりの悲愴感のなさに、セリーヌやブラウ、フラナも呆気にとられる。

 が、それが少しだけブラウの心に余裕を与えたのか。軽く苦笑いした彼は、そのまま説明に入った。


「まず、お前達をギルドカードにする」

「ブラウさん。刻印って、どういう意味ですか?」

「単純さ。このカードと魂を紐づけ、お前がこのカードの持ち主とする。これにより、お前達は冒険者として身分が保証される」

「ま、Gランクとしてだけどね」

「フラナ。今はその話はするな」


 嫌味たらしくそう口にした妹を咎め、ブラウが気を取り直し話を続ける。


「物は試しだ。まずはシンヤ。お前からいくか」

「はい。お願いします」


 しっかりと頷いた神也を見て、ブラウが一旦他のギルドカードを下げ、彼用のカードだけをカウンターに残す。


「まず、その上に手を重ねるんだ。そして、心の中で構わないから、冒険者になると誓え」

「はい」


 すっとギルドカードに手を重ねた神也。


  ──僕は冒険者になって、ブラウさん達を助けます。


 別にそこまで願えと言われてはいない。

 だが、彼は自然にそう強く誓う。

 と、次の瞬間。ギルドカードの輝きが増し、神也の手の甲に光の紋章が刻まれた後、どちらの光もすっと消え去った。


「よし。これでOKだ。手をどけてみろ」

「はい」


 神也が手をどけると、ギルドカードに彼の姿がはっきりと刻まれていた。


「ほほう。中々に珍妙な技術じゃのう」

「うんうん! こういうのって異世界っぽくって、めっちゃテンションあがるー!」


 玉藻とメリーが目をキラキラさせていると、フラナが聞き慣れない言葉に首を傾げる。


「えっと、異世界って?」

「あー。フラナ。あんたにゃ関係ない話だ。気にしなくっていいよ」

「あ、うん。わかった」


 六花のフォローに少々訝しみながらも、フラナはそれ以上そこに触れるのは止めた。


「じゃ、順番に手続きを進めるぞ。次はセリーヌ様。どうぞ」

「はい」


 こうして、セリーヌを始め、皆が順番にギルドカードへの済ませていき、カウンターに乗ったすべてのギルドカードに、神也達の刻印が完了した。


「よし。それじゃ、次だ。フラナ、巻物スクロールを広げてくれ」

「うん」


 ブラウが並んでいたギルドカードを回収した後、フラナが慣れた手つきでそこに巻物スクロールを広げた。

 大きめの巻物。中央には何かを書き入れる箇所があり、それを囲うように複雑な魔方陣が描かれている。


 皆の視線が巻物に集まる中、ブラウが口を開く。


「さて。次はパーティーの編成だが。まず、パーティー結成にはパーティー名を決める必要がある。それを常に口にしろってわけじゃなく、あくまで登録上の名前ってだけだが。どんな名前にする?」

「パーティー名か……。みんな。何か良い案はある?」


 少し考えてみたもののの、良い案の浮かばない神也が振り返り、あやかし達に身体を向ける。

 と、そこでにやりと笑みを浮かべたのは玉藻だった。

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