第六話:青天の霹靂

 翌日。

 冒険者ギルドの一階で朝食を済ませた神也一行は、二階にある割り当てられた八人パーティー向けの部屋に戻ると、丸テーブルを囲み紅茶を嗜んでいた。


「ねえダーリン。今日はどうするの?」


 メリーがそう問いかけると、窓の外の晴れた天気を確認した神也が、顎に手をやり少し考え込む。


「うーん……。ブラウさんが、冒険者ライセンスの結果が今日には来るだろうって言っていたし、それを聞いてから考えようかなって思うんだけど」

「若。考える、とは?」


 鴉丸が神也に問いかけると、彼が顔を上げ皆を見た。


「えっと、冒険者になれたとしたら、次は何かクエストを熟す事になるから、クエストの選別や下準備もいるかなって」

「ふむ。まあ、下準備などせんでも、妾達わらわたちに掛かればクエスト達成など造作もないであろうが。一応、人であらんといけぬしな」

「郷に入っては郷に従え。ま、あたし達がこの世界に溶け込む以上、仕方ないね」


 神也の答えに納得する玉藻に対し、六花はちょっと面倒くさそうな顔をする。

 ただ、彼女の言葉はこちらの世界で馴染みのないもの。それを聞いたセリーヌが、ちょっと首を傾げてしまう。


「ゴウにいってはゴウに従え、とは、どういう意味なのですか?」

「あー。セリーヌには馴染みがない言葉だったね。その場所で暮らす時には、その場所の風習に倣い過ごせ。こっちのそんな意味を持つ世界で言葉さ」

「そうなのですね。こういうお話を聞きますと、やはり皆様がこちらの世界の方々でないと、改めて感じますね」

「セリーヌがわからない言葉、あるもんね」


 普段通りの無表情のまま、せつがそう口にすると、セリーヌが彼女に微笑む。


「はい。その際はせつや皆様にお聞きして、ちゃんと学んでいかねばなりませんね」

「なんかそういうの聞くとー、メリー達じゃなくって、セリーヌちゃんがこっちの世界に来たみたいだよねー」

「ふふっ。確かにそうですね」


 ある意味、異国人同士でもある神也達とセリーヌ。

 だからこそ、メリーの的を射た言葉に、皆が納得し笑みをこぼす。


  ドンドンドン!


 と、そんな和やかな空気を一変させる、激しくドアをノックする音。


「シンヤ! セリーヌ様!」


 ほぼ同時に聞こえてきた、取り乱したかのような声。フラナだ。

 思わず顔を見合わせた神也達。セリーヌが戸惑いながら扉の向こうに声を掛ける。


「何事ですか?」

「それはこっちの台詞です! セリーヌ様達は一体何をしたんですか!?」

「え?」


 予想外の言葉に驚きを漏らす神也。

 何をしたかといえば、試験をした事と王国のスカウトを断ったことだけ。


「とにかく、下に来てください! ギルドでお話します!」


 部屋に入ることなくそう言い残し、フラナが足早に去っていく。


「何があったんだろう?」

「わかりませんが、まずはフラナ達の下に参りましょう」


 首を傾げる神也に対し、困惑しながらもセリーヌが立ち上がる。

 合わせて立ち上がった神也達は、急いで部屋を出ると、一階へと降りて行った。


   § § § § §


 一階に降りると、カウンターに並べた書類を見ながら、片手で頭を抱え気落ちしているブラウと、それをカウンター越しに心配そうに見守るフラナの姿があった。


「ブラウ。何があったのですか?」


 セリーヌの言葉に顔を上げたブラウが、大きなため息を漏らすと、厳しい表情のまま重い口を開く。


「セリーヌ様。最悪です」

「最悪、ですか?」

「はい。セリーヌ様達は、の冒険者として合格されました」

「え? Gランクですか!?」


 声を上げたセリーヌだけではなく、神也もまた驚いた顔をする。

 だが、それもそのはず。Gランクとは試験段階で与えられる事のないランクだからだ。


 彼等やあやかし達も受験票を書く段階で、冒険者のランクについて説明を受けていた。

 Sを最高とし、その下にAからFとランクが存在する冒険者。唯一、冒険者として例外となるランクがGランクだ。


 先にシスティがゾルダークに説明した通り、そもそもGランクとは基本普通の冒険者に与えられるランクではない。

 冒険者として犯した罪を償った者。ないし、信頼を失った冒険者の行き着く先にあるそのランクには、冒険者としての活動に大きく支障のある制約が多い。


 信頼のない者に与えられるランクであるからこそ、Gランクを指定したクエストなど皆無。その時点で、冒険者の収入源を失ったようなものであるが、他にも制約はある。

 冒険者として活動している間は、他の職業──例えば商人や鍛冶屋など、一般の職業を兼務することが許されない。

 そのため、転職したければ冒険者を辞める必要があるが、Gランクのままでは冒険者を辞めることができない。

 また、Fランク以上であれば、冒険者としての活動中、罪を犯した場合に温情が与えられる事もあるが、Gランクで罪を犯せば、即死罪を言い渡される。


 では、冒険者として活動を続け、Fランクまで上がれるかといえば、理論上不可能ではない。しかし、実際はそこまで甘くない。

 冒険者としてクエストを受けられない場合、素材の採取程度でしか生計を賄えないからだ。

 しかも、ランクの上昇には冒険者としての貢献度があるが、採取で得られる貢献度など微々たるもの。

 更に、Fランクにあがるまでに必要な貢献度も、FランクからBランクにあがる程の、膨大な貢献度が必要となるのだ。


 とまで揶揄されるGランク。

 だが、本来このランクに至る基準は事が前提であり、受験時に与えられる事などない。

 それもそうだ。もし問題を起こしているのであれば、Gランクなどにせず、冒険者にさせなければよいのだから。


 勿論そういった法令があるわけではないからこそ、可能な措置ではある。 

 が、普通に考えてあり得ないからこそ、ブラウやフラナすら驚きを見せたのだ。


「お前達、一体何をしでかしたんだ?」


 セリーヌがそこまでの問題を引き起こすとは思えない。

 そう思っているからこそ、ブラウがフラナと共に、自然と白い目をあやかし達に向けると、彼女達は悪びれもせず素直にこう答えた。


「何をしでかしたって言われても、あたし達は試験に受かるだけの実力を見せただけだよ」

「ロッカさん。本当に、ほんとーに、それだけですか?」

「フラナ。六花は嘘をいてないよ」

「え? あ、そ、そっか」


 フラナも疑いの眼差しを見せてはいるものの。自分より年下に見えるせつにそう言われると、彼女も流石に強くは言えない。

 とはいえ、ここまであやかし達から納得いく答えが出ているわけではなかったのだが。


「これは、あの男の仕業か」

「じゃろうな」


 鴉丸と玉藻の言葉を聞いて、反応したのはブラウだ。


「あの男って、誰のことだ?」

「確かあのおじさん、ゾルダークとか言ってたっけ?」

「は? ソ、ゾルダーク様!?」


 メリーから口にされた予想だにしなかった名前に、ブラウは顎が外れるくらい大口を開け驚愕する。

 それを見た玉藻が苦笑しながら、話を続ける。


「そうじゃ。妾達わらわたちは受験票でスカウトを希望せぬとした。じゃが、どうしても妾達わらわたちをスカウトしたいと、四護神しごしんとやらが直々に会いたいと申してのう。渋々顔を出してやったんじゃ」

「僕達は冒険者として活動したかったので、改めていただいた申し出も断らせていただいたんですが……」


 状況が決して良くない事を悟り、神也は少し申し訳無さそうに俯く。


「ま、まさか、本当にお前達、それだけの実力があったのか?」


 未だ開いた口が塞がらないブラウを見て、あやかし達が肩を竦め呆れ顔をする。


「ブラウよ。以前話したであろう? 『ここまで将来有望な冒険者』なぞ、そうそうおらんとな」

「やっぱブラウちゃん信じてなかったんだー。ひっどいなー」

「あ、いや……すまん……」


 言い訳もできず肩を落とすブラウを見て、ふっと笑ったあやかし達。

 流石に冗談をこうも真に受けられてしまっては、彼女達も申し訳なく思ったのだろう。流石にそこを茶化すまではしなかった。


「これ、嫌がらせだよね」

「そうじゃな。合格した時点で妾達わらわたちは冒険者。じゃからこそ、Gランクとしてギルドで飼い殺しにする気になったんじゃろ」

「まったく。あのおじさん性格悪過ぎじゃん」


 せつの言葉に同意した玉藻を見て、露骨に不貞腐れたメリー。

 六花や鴉丸の顔も、また不満げ。

 あやかし達は、ゾルダークがほくそ笑む顔を想像し、内心強い不満を持ったのだった。

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