第五話:皆が感じる不穏
一方。
闘技場を後にし、徒歩で『最後の希望』に戻り始めた神也達。
周囲に試験に関係した者がいない事を確認し、神也の後ろを歩く玉藻が口を開いた。
「神也よ。ひとつ聞いてもよいか?」
「うん。どうしたの?」
「いや。ゾルダークとかいう男の誘いを、随分あっさりと断りおったのう」
「そうかな?」
「そうだよー。今までのダーリンだったら、ちゃんと相手の話をしっかり聞いたうえで断ってたじゃん? でもー、今日はもう絶対断るぞ! ってくらい、すぐにピシャッと言い切ったじゃん」
玉藻と並んで歩くメリーが思わず口を開くと、肩越しに後ろを見た神也が苦笑いする。
この世界に来る以前から、神也がそういった性格だと知るあやかし達だからこそ、玉藻やメリーのような疑問を覚えるのももっとも。
彼は再び前を向くと、少し真面目な顔をした。
「……何となくだけど。あの人は信用しちゃいけない。そう思って」
「信用ならない、ですか?」
「うん。勿論、何か根拠があるわけじゃなく、何となく思っただけなんだけど……」
脇を歩くセリーヌの言葉に、神也は顔を向け小さく頷く。
だからこそ、少々自信なさげな返事になったのだが。
「確かに。あのおっさんの雰囲気、ちょっときな臭かったね」
納得した声を上げたのは、玉藻達と並んで歩く六花だった。
「確かにあたし達は実力を見せたし、喉から手が出るくらい、あたし達の実力を買ったのかもしれない。にしてもだ。いきなり国の重役候補にしてまで、あたし達を重用しようとするかい?」
「まあ、あれは
「うん。だから、お兄ちゃんの判断は間違ってないよ?」
「そっか。ありがとう」
隣で珍しく小さく微笑んだ
そんな中、一人真剣な表情を崩さなかった者がいた。鴉丸だ。
──確かに、あの男は心底我等を欲していた。が、心胸に渦巻きし、深すぎる怨嗟のような闇の奥までは読めなかった。あの闇、人為らざる何者かの力にも感じるが……。
「ま、これであのおっさんと関わる事もないんだ。後は冒険者として、気楽にやるかい」
「六花。気楽じゃだめだよ。ブラウさん達を助けるって、お兄ちゃんも言ったでしょ?」
「これ、
「うんうん! メリーちゃん達がいるんだもん! 安心安心!」
──関わる事もない、か。杞憂であればよいが……。
他のあやかし達の楽観的な会話とは裏腹に、鴉丸の中に妙な胸騒ぎが残る。
が、和やかな空気を壊さぬよう、敢えてそれを口にはしない。
そんな彼女の心内を知ってか知らずか。皆の楽しげな会話は続く。
「それよりセリーヌちゃん。さっき珍しく熱くなってたでしょー」
「え?
突然メリーに名指しされたセリーヌが少し不思議そうな顔をすると、玉藻が何かを思い出し、にんまりとする。
「そうじゃったな。久々に聞いたからのう。神也様と呼ぶのをな」
「あ……」
心当たりがあったのか。思わず口に手をやり、気恥ずかしげに俯くセリーヌ。
確かに、熱くなっていたに違いない。神也の思いを叶えるべく、必死に語ったのだから。隣で顔を真っ赤にしている彼女を見て、神也がにこりと微笑む。
「あの時はありがとうございました。やっぱり、セリーヌさんが話すと説得力が違いますよね」
「あ、いえ。そんな……」
「謙遜するでない。流石、酸いも甘いも知るだけの事はある」
「うむ。流石にメリーや玉藻と違い、気品と品格が違う」
玉藻の言葉に同意するように頷き、しれっとそう口にする鴉丸。
だが、そこには勿論棘があり、言われた本人達がそれを聞き逃すはずはない。
「鴉丸ー。それ、どういう意味よー」
「そうじゃそうじゃ。メリーはともかく、
「玉藻のどこが品行方正なのよー! 年増の色気とわがまましか見せてないじゃーん」
「ふんっ。
相変わらず犬猿の仲のような反応を見せ、互いにそっぽを向き不貞腐れる二人。
それを聞き、またも周囲の者が笑顔を見せる。
そんな楽しげな会話をしながら、神也達は賑やかな街の中を、疲れも見せず歩いて行った。
§ § § § §
冒険者ギルド『最後の希望』。
相変わらず客がいない閑散とした店内に、ブラウとフラナは普段通り……いや。普段と少し違う雰囲気でそれぞれの仕事をしていた。
「セリーヌ様達、大丈夫かな?」
「俺達の未来はシンヤ達に託した。信じるしかないさ」
そわそわしながらテーブルを拭くフラナに対し、カウンターで頬杖を突きながら、クエスト依頼の紙の束を眺めていたブラウが顔を上げ、余裕の笑みを浮かべた。
が、指が落ち着かなくカウンターをコンコンと叩いている彼の姿を見て、フラナは眼鏡を直すと呆れた顔をする。
「そんな事言って。お兄ちゃんだって心配なんでしょ?」
「へっ。別に」
図星。だが、それを敢えて不貞腐れ顔でごまかし、ブラウがそっぽを向くと、フラナがくすくすと笑ってみせた。
カランカラン
突如、ギルドのドアに付いた鈴が軽い音を立て、フラナブラウが入口を見ると、その視界に入ってきたのは──。
「たっだいまー!」
元気に挨拶したメリーを始めとした、神也達一行だった。
「お帰りなさい! 試験はどうだった!?」
小走りに駆け寄ったフラナに、
「メリーちゃん、めちゃくちゃ活躍してきたよ!」
「か、活躍?」
試験で活躍という言葉を聞くとは思わず、フラナが戸惑いを見せる。
そんなやり取りを見て、やれやれと六花と玉藻が肩を竦めた。
「フラナ。安心しな。ちゃんとあたし達は実力を見せてきた。落ちやしないよ」
「試験官も、十分な実力を見せたと納得しておったしな」
「でも、活躍って?」
「それはメリーの個性的な表現じゃ。気にするでない」
「個性的って何よー。ちゃーんと
「へ?
勿論フラナもブラウも冒険者に関わっている以上、その存在や危険さを熟知している。
試験で
「セ、セリーヌ様。メリーは本当にそんな事を?」
「はい。勿論、他の皆様の術や戦技もまた素晴らしいものでしたので、皆様の仰る通り、合格は間違いないかと。ですよね? シンヤ」
「はい。セリーヌさんも素晴らしい術を披露してましたし、大丈夫だと思います」
唖然とするブラウに対し、セリーヌも神也も微笑みながら素直に感想を口にする。
彼女達の言葉に嘘はない。そう感じたブラウの表情が一気に明るくなる。
「そうでしたか。よし。フラナ。祝いの準備でもするか」
「え? いいの? まだ結果の通知も届いていないよ? それに一応店も開けたままだし──」
「どうせ客なんてこないし、今日くらい閉めたって大丈夫だろ。それに、セリーヌ様がこう言うんだ。間違いないだろ」
「まあ、そうだけど……」
あまりの展開に動揺するフラナを他所に、ブラウがカウンターから立ち上がる。
「それじゃ、ごちそうを用意するから、みんなはその辺に座って待っててくれ。フラナは店じまいを済ませたらこっちを手伝え」
「あ、お兄ちゃん!」
テキパキと指示だけ済ませたブラウが、楽しげな顔でカウンターに隣接した厨房に足を運ぶ。
「もう。気が早いんだから……」
そんな背中に呆れた声を掛けるフラナ。
だが、側で笑顔でいる神也達を改めて見ても、自信に満ちあふれているようにしか見えない。
──そうだよね。きっと大丈夫。
「じゃあ、セリーヌ様達は先に席に座っていてください」
彼等に感化された彼女もまた、普段の受付嬢兼ウェイトレスとしての笑顔を見せると、足取り軽く店じまいを始めたのだった。
§ § § § §
その後、試験についての話をツマミに、ブラウの手料理を堪能した神也達。
その日はそのまま部屋に戻ると、皆でゆっくりと寛ぎ疲れを癒やしたのだが。
この時彼等は気づいていなかった。
未だゾルダークの歯牙が向けられている事に。
そして、その裏にある闇の存在に。
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