第四話:あからさまな報復
システィが扉を締めた直後。
バンッと強くテーブルを叩いたのはゾルダークだった。
「何なのだ! 我等に対し、あの無礼な態度は!」
一人憤慨する彼を見て、マールが露骨に呆れ顔をする。
「いいじゃねーか。あれだけきちっと考えてるんだ。だいたい、何時も『国への忠誠心がー』とか言い出すのはあんたじゃねーか。あれだけの実力があるじゃじゃ馬だぞ? それこそ手に余るだろ」
「そ、それは、そうかもしれん。だが! あれだけの腕があるからこそ、我が国の力とも、脅威ともなりうる。であれば、国に仕えさせ、監視下に置くべきではないか?」
分が悪いと感じたか。慌てて皆に同意を求めるゾルダーク。
だが。
「おいおい、おっさん。嘘は止めとけ。どうせあいつらをこき使って、色々な問題を解決したかっただけだろ?」
はっきりと苦言を呈するゼルディアに。
「罪を犯したわけでもない者達を監視するなど、神の御心に反します。そこまでは不要でしょう」
眼鏡を直し毅然とそう言い切るシャリオット。
「だいたい何だよ。俺達に相談もなしに、あいつらを次期
「い、いや。あそこまで言えば、きっと我が国に仕えるはず。そう思ってこそ──」
「随分と身勝手に行動しているが。
マールの不満を収めるよう、必死に口にされたゾルダークの言い訳。
だが、それも過去に
ちらりと彼を一瞥したサルヴァスは、顔色一つ変えずに立ち上がる。
「ともかく、あの者達は冒険者としての実力は十分見せた。あれで不合格などにすれば、国の威信に関わろう。あの者達を冒険者とするのに、不満な者はおるか?」
「俺は異論ねーぜ」
「
「俺も師匠の意見に賛成だ。おっさんもいいよな?」
さらりと認める三人に対し、すぐに答えを返せないゾルダークだったが。
「ぐ……やむを得まい」
苦渋の決断をしたのか。苦虫を噛み殺したような顔で、何とかそう絞り出す。
仮初の満場一致。だが、言葉にした以上、それはもう覆らない。
そう判断したのか。サルヴァスは笑みを浮かべることもなく部屋の扉に向け歩き出す。
「システィよ。冒険者ギルド中央協会に合格の旨、伝えてやれ」
「承知しました」
「では、俺は先に失礼する」
「あ、師匠! 待ってくださいよ!」
皆に背を向け部屋を出ようとしたサルヴァスに、慌てて立ち上がったゼルディアが追従する。
「折角です。久々に稽古をお願いします! どうせ後は酒を飲んで寝るだけでしょう?」
「ふん。良いだろう。温い戦技を披露したお前を、叩き直さねばな」
「相変わらず手厳しいっすね。ですけど、そう言ってられるのも今の内ですよ」
「そうか。期待しておるぞ」
「はい! じゃ、俺達は先に行くから。またな」
さっきまでのやり取りなどなかったかのように、楽しげに笑うゼルディアと、彼に静かに微笑むサルヴァスがそのまま部屋を出ていくと、マールとシャリオットも席を立つ。
「まー、世界にはまだまだ面白い奴等がいるって知れただけでも収穫か。他に目立った奴もいなかったし。どうするかはあんたに任すわ」
「そうですね。マール。たまには共にお茶でもいかがでしょう? 珍しい茶葉が手に入ったのですが」
「珍しいって……まさか! 前に言ってた、ボルマー産のやつか!?」
「はい。御名答でございます」
「まじかよ!? それは流石に味わっとかねえとな。じゃ、システィ。またな!」
「それでは、失礼致します」
マールとシャリオットは頭を下げるシスティに声を掛けると、やっと終わったと言わんばかりの清々した顔でその場を後にし、部屋にはゾルダークと彼女だけが残された。
未だ真っ赤な顔で、テーブルをじっと見つめるゾルダーク。
はっきりと不機嫌さが伺えるその表情に、システィは内心思う。
──この場に残っていたら、どのようなとばっちりを受けるかわからないわね……。
そう。その予想は間違いなく当たっている。
……いや。既にそれは現実のものになろうとしていた。
「ゾルダーク様。
無礼にならぬよう言葉を選び、頭を下げたシスティがくるりと踵を返し、扉に向かって歩き出す。が、扉に手をかけようとした瞬間。
「……待て」
何処か腹黒さを感じる低い静止の声に、思わず動きを止めた。
ゆっくりと振り返ったシスティを、じっと見つめるゾルダークがにやりと笑う。
「あやつらは確かに合格だ。ただし、Gランクとしてな」
「え? お、お待ち下さい!」
予想外の言葉に目を丸くしたシスティは、思わず異論を唱える。
「あの方々は何も罪を犯してはおりません!」
「儂を侮辱した罪だ。十分なものであろう?」
「それは私的な遺恨に他なりません! 協会の法令に則り、罪人、ないし特別な理由で冒険者ギルドの信頼を失墜させた者でない限り、そのランクとする事は認められません!」
彼女とて、冒険者ギルド中央協会としての試験官を任されるだけの地位を持つ者。
冒険者ギルド中央協会は、すべての国に公平に接し、時に国に意見できるだけの組織。その理念があるからこそ、ゾルダークにも毅然とした態度を示す。
だが、彼が見せたより禍々しさを感じる、狂気すら感じる笑みを見た瞬間、システィはぞくりと悪寒を覚える。
「……システィよ。ラルディアンに派遣された、冒険者ギルド中央協会の試験官が一名、何者かにより非業の死を遂げる。この世界では、そのような事が起こる事もあるやもしれんぞ?」
今までになく低い声。その言葉に嘘はない。
システィは直感的にそう感じ、目を見開き顔を青ざめさせた。
考えてみれば、相手は
暗殺者を仕向けることも、それこそこの場で自身を殺害する事すら容易。そう捉えても仕方ない。
そして、ゾルダークの表情はまさに、それだけの事をしかねない。そこまで人を不安にさせる心底悪意ある笑みを浮かべていた。
自然と身震いし目を伏せる彼女に、コツコツと足音を立て歩み寄ったゾルダークは、脇に立ち冷たい視線を向ける。
「よいか。ここでの話を誰かに漏らし、儂の
その言葉に顔を上げられないシスティを見て、彼はほくそ笑むと、彼女を置いて一人部屋を出ると、ゆっくりと歩き出す。
──これであの女は逆らえまい。……あの自信家共め。儂を馬鹿にしおって。こうなれば、あやつらをあの方の餌としてやるわ。
笑顔を消し、再び鬼の形相をしたゾルダーク。
その瞳に深い闇を宿したまま、彼はその場を後にした。
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