第三話:器の差

「その二人は、冒険者ギルドの経営者か?」

「はい」


 シャリオットと同じく怪訝そうな顔で問いかけたゼルディアに、神也は迷いなく頷く。が、それは四護神しごしん達の望む答えからは程遠い。

 冒険者ギルドを救うのであれば、経営できるだけの大金があれば安泰なはず。


「おい! そいつらの夢ってなんだよ?」

「冒険者ギルドを続けるっていう夢です」

「はっ!? だったら金を取れよ! その方が助けになるに決まってんだろ!」


 あまりに矛盾する回答に、納得のいかないマールが思わず食って掛かる。

 が、それでも神也は首を縦には振らない。


「何故、そこまで頑なに断るのですか?」

「……それだけじゃ、夢は叶わないからです」


 シャリオットの言葉に、四護神しごしん達の熱とは異なる落ち着きを持って返した神也。

 それを見て、ふっと優しい表情を見せた玉藻が口を開く。


「冒険者ギルドとは、冒険者がおらねばギルトとは呼べん。そういう事じゃな?」

「……うん。お金があって店を構えていられても、そこに冒険者がいないんじゃ意味はありません。だから、僕は『最後の希望』の冒険者として、これから頑張りたいんです」

「たったそれだけのために、四護神しごしんの座を捨てるだと!? 馬鹿か!」


 真面目に話す神也を見て、唖然としていたゾルダークが声を荒げる。


「その冒険者ギルドですら、国に何かあれば傾き消えるではないか! であれば、国を守護する者として仕えたほうが、余程その者達の為になる! 冒険者ギルドを残すというならば尚更良いではないか! 人など存続していれば、後からでも付いてくる──」

「本当でしょうか?」


 ある意味もっともな言葉を口にしたゾルダークを遮り、口を挟んだのは意外にもセリーヌだった。

 凛とした佇まいのまま、じっとゾルダークを見つめる彼女。その立ち姿に、彼は気圧されてしまう。


「今や多くの冒険者が、『王道の風』に転属したと伺っております。そのような中、この先本当に冒険者が増えるとお思いでしょうか?」

「か、金さえあればどうにかなろう? やってみねばわかるまい」

「確かに、一時凌ぎであればそれでも良いでしょう。ですが、それは冒険者とともに冒険者ギルドを経営する。そんな夢のために『最後の希望』を支えてきた二人の本意ではございません。そして、本意でないやり方で助力する事。それを助けるとは言わないのです」


 ゾルダークを論破できるほどの言葉ではないはず。

 だがセリーヌの声は、四護神しごしん達に反論を許さないほどの威厳を感じさせ、彼等を閉口させた。


「それに、国に仕えるということは、助けたい者達を助けられない。そのようなジレンマに陥らせる、諸刃の剣でもございます」

「どういうことだ?」


 ゼルディアの問いかけに、真摯に彼を見つめ彼女を言葉を続ける。


「確かに、国に忠義を尽くし、仕え、国を支える。それは立派な事にございます。ですが、国に仕えたことで、助けを求める他国の者に手を差し伸べられず。国に与えられし役割のせいで、その場を離れることも許されぬまま、助ける機会を逸する。そのような事も起こりうるのです。きっとそのような事があれば、シンヤ様は苦しみ、哀しむはず。だからこそ、国の垣根すら超え、自由となれる冒険者を、シンヤ様は望まれているのです」

「……いにしえの勇者と聖者。そのこころざしと同じ、ということか」


 ここにきて、やっと口を開いたサルヴァスが、姿勢をそのままに目を開いて意味深な笑みをセリーヌに向けると、彼女は小さく頷き返す。


「はい。古来、アヤカシ達と共に世界を救いしいにしえの勇者と聖女。彼等もまた、冒険者であったからこそ、多くの国を訪れ、多くの者に手を差し伸べ。そして、世界を救われました」

「じゃ、じゃあなんだ? シンヤは勇者や聖女と同じ道を歩むとでも言う気か!?」


 驚き戸惑うゼルディアに、神也は首を横に振る。


「いえ。そこまでの事は考えていません。ですが、自分がもし手を差し伸べたい時、手が差し伸べられず後悔はしたくありません。だから、僕はセリーヌさんの言う通り、冒険者として自由でありたいんです」

「おい。本気で言ってるのかよ?」

「はい」


 開いた口が塞がらないマールの言葉にも、迷いなく頷く神也。

 そこにある彼の信念に、他の四護神しごしんも唖然としたまま言葉が出ない。そんな彼等を見て、六花が呆れ笑いを見せる。


「ま、これで驚くってなら、あんた達の器もその程度ってことさ」

私達わたくしたちの、器が?」


 シャリオットが復唱するように言葉を吐くと、鴉丸は六花に賛同するかのように、腕を組み大きく頷く。


「うむ。四護神しごしんは、言わば国に忠義を尽くす者。だが、裏を返せば国を救えれば良い。それだけの事しか考えておらぬ」

「おばさん達は知らないだろうけどー。ダーリンはねー、メリーちゃん達もセリーヌちゃんも、みーんな助けてくれたんだよ? 優しいとか怖いとか、敵か味方かなんて関係なしにね!」

「うん。お兄ちゃんはみんなに優しいよ。だから、私達はお兄ちゃんと一緒に、お兄ちゃんが助けたいって思う、色んな人を助けるの」

「神也の想いを為そうとする妾達わらわたちにとって、国などただの枷でしかない。更に言うなら、結果として妾達わらわたちは、其方そなた達を超える地位や名誉を手にし、世界の英雄となれる可能性すらある。が、其方そなた達は既にそのような道を閉ざし、安寧に甘んじた。それが、器の差じゃ」


 笑顔でそう口にするあやかし達や、真剣な顔の神也やセリーヌに、これから新米冒険者となるなどという雰囲気は微塵もない。

 彼等はまるで、永らく共に冒険をしてきた、古参パーティーのようであった。


 特にセリーヌや神也の言葉は、四護神しごしんとは違う、神々しき高潔さを感じるもの。

 彼等の裏にある、勇者や聖者の力が為したものなのかは、神のみのぞ知る、といった所。

 だが、それがあったからこそ、四護神しごしん達は彼等の信念のこもった言葉を、腑に落ちたかのようにあっさり受け入れてしまう。

 ……たった一人を除けば。


 マール、シャリオット、ゼルディアが憤慨することもなく、どこか諦めにも似た、どこかすっきりとした顔をする中。未だ顔を紅潮させ、わなわなと身を震わせるゾルダーク。

 その態度を横目に見たサルヴァスは、彼に釘を刺すかのように先に口を開いた。


「これだけの強き意思を持ち、冒険者となろうとするのであれば、我々が引き止める義理もあるまい」

「……まあ、師匠の言う通りか」

「ちっ。しゃーねーな。久々に血の騒ぐ逸材だったのによ」

「そうですね。シンヤ様」

「はい」

「もし、ライアルド王国に未曾有の危機が訪れるような事があれば、お力添えいただけませんか?」

「……どんな時でも、とは言えませんけど。それが他国との争いといったお話でなければ善処します。それで、よろしいですか?」

「はい。それで結構です」


 シャリオットが再び彼女らしい微笑みを向けると、神也もやっと笑みを見せる。

 それを見たマールやゼルディアが、彼の人の良さに肩を竦めた。


 唯一言葉を発せずにいるゾルダークを他所に、サルヴァスはパンッと手を叩く。


「では、話はここまでとしよう。シンヤとその仲間達よ。時間を割かせてすまなかったな。下がってよいぞ」

「わかりました。失礼致します」


 神也と共に皆が頭を下げると、システィが静かに扉に歩み寄り道を開く。

 そして、彼等は四護神しごしんに背を向けると、そのまま廊下へと出て行った。

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