第二話:ゾルダークの提案
あの後、神也達一行はシスティの案内で、ゾルダーク達の待つ応接間の前までやって来た。
コンコンコン
「誰だ?」
「システィです」
「おお! 入り給え!」
扉越しでも分かる、機嫌の良さそうな男の声。
それを聞き、あやかし達は真逆のしかめっ面を見せる。
「皆様。よろしいですか?」
「はい」
彼等の表情の変化を感じ取りシスティが小声で尋ねると、真剣な顔を変えない神也が小声で返事をし、セリーヌも凛とした表情で頷く。
あやかし達もそれを見て覚悟を決めたのだろう。呆れ顔を隠し真顔に戻り頷くと、システィも同じく無言で頷き返した。
システィが静かに扉を開けると、そこに広がったのは広めの部屋。
正面奥にある長テーブルには、試験の際に見かけた
歩みを進めたシスティに続き、部屋に入った神也達。
彼等を見た、彼等を待っていた者達の反応は様々。
嬉々とした笑顔を見せる、中央に座ったゾルダークに、メリーを見定めんと、彼の隣で鋭い目を向けているマール。
マールと反対に座るシャリオットは、眼鏡を直し、平然と皆を見つめ。その隣であからさまに面倒くさそうな顔をしているのはゼルディア。
そして、マールの脇。ゼルディアと真逆の位置で、まるで我関せずと言わんばかりに目を閉じたまま、足を組み背もたれに寄りかかっているサルヴァス。
「なーんか、空気悪いよねー」
「ほんにのう」
小声で囁き合うメリーと玉藻を制するかのように、システィがコホンと咳払いをすると、その場で深々と会釈する。
「ゾルダーク様。シンヤ様一行をお連れいたしました」
「うむ。感謝する」
「いえ」
ゾルダークの言葉を受け頭を下げた彼女は、そのままテーブルの端の方にはけた。
「皆の者、わざわざ時間を割いていただき感謝する。私はライアルド王国の魔術団団長、兼
「いえ。お手間はおかけしませんので。このままで結構です」
笑顔で着席を促すゾルダークに対し、神也は軽く会釈した後、物怖じすることなく凛とした表情のまま言葉を返す。
「そ、そうか」
それを聞き、ゾルダークはピクリと眉を動かし笑顔がこわばる。
──……そういう事か。
何とか笑顔を取り繕ったまま、彼ははっきりと感じ取る。今の時点で、神也の意思が変わっていないことを。
だが、これはゾルダークにとっても想定内。
──まあ、この先の話を聞けば、顔色も変わるじゃろう。
内心ほくそ笑みながら、彼はそのまま話を続けることにした。
「では、早速だが本題に入らせてもらおう。集まっていただいた者達は、試験にて素晴らしい才能を見せてくれた。だが、受験票ではスカウトを希望しないとあったと聞く。それは
「はい。僕も、仲間であるみんなも、その意志に変わりはありません」
「そうか。確かにその実力で一兵卒に甘んじる。それは本意ではないだろう」
そこで言葉を切ったゾルダークは、より寛大さをアピールする作り笑いと共に、こう続けた。
「だが我等も、国の宝となるやもしれん逸材を、そのまま手放すのは惜しい。そこで、物は相談だが。ここに集まっていただいた皆を我等の側近として重用し、次期
「はぁっ!?」
思わず同時に声を上げたマールとゼルディア。
目を丸くしたシャリオットやシスティまでもが驚愕し、ゾルダークを見たのだが。
「お断りします」
「はぁっ!?」
迷いなく断りを入れた神也に、今度はゾルダークを含めた皆が、彼に驚愕した顔を向けた。
いきなり
だからこそ、ゾルダークはそれをちらつかせ、王国に登用しようと目論んだのだが。この若き青年は、まったく意に介さなかったのだ。驚くのも仕方はない。
「おっさん! 今の話はどういう──」
「うるさい! その話は後だ! シンヤとやら。何故そんなにあっさりと答えを出す?」
「先程話した通り、僕達は冒険者になりたいだけですから」
「だ、だが! これだけ仲間がおれば、今の話で迷う奴もおろう? 違うか?」
ゼルディアの抗議を遮り、ゾルダークがやや狼狽えながら、神也の仲間達に目をやる。
それを愉悦と感じたのか。玉藻、六花、メリーの三人がにやりと笑う。
「随分な言い草じゃのう。この誘いの何処に魅力があるというんじゃ」
「ま、待て! 次期
「で、ついでに金も手に入るとか言うんだろ? そんなありきたりな誘い文句で、あたし達を口説けると思ってんのかい? ほんと、失礼な奴だね」
この数十年言われたことの無いような、侮辱にも感じる玉藻と六花の言葉に、ゾルダークが言葉を失い、怒りで顔を真っ赤にする。
だが、流石に
「おい! メリーって言ったよな? お前、その腕を冒険者なんて職業で埋もれさせていいのかよ!?」
思わず立ち上がり、テーブルに両手をバンッと突いたマールが、思わず険しい顔でメリーを見る。
が、彼女はといえば、にこにことしながらさらりとこう返す。
「別にー。メリーちゃんは、ダーリンの役に立てなきゃ意味ないしー。それにー、城でのんびりしてたら退屈でしょ? 冒険者の方が刺激ありそうだし、楽しそうじゃん」
「た、楽しそう?」
「そ。メリーちゃんって飽き性だからー、どこかでじーっとしてるの、嫌なんだよねー」
わざと可愛い子ぶるメリーの発言は、それもまた周囲を驚かせたが、マールにも異論はある。
だが、それを口にしようとした瞬間。不意に走った悪寒に、動きが固まった。
メリーから向けられたであろう殺意が、余計なことは言うなとはっきり伝えてくる。
──こ、こいつ……。
あまりの圧に、暗殺者として幾多の死地を駆け抜けたマールにすら恐怖を与え、言葉を失わせた。
「そちらの方々はいかがでしょうか。まだ小さい貴女では、冒険も大変でしょう?」
慈愛を感じさせる、優しきシャリオットの言葉を向けられた
「ううん。お兄ちゃんやみんながいるから大丈夫。ね? セリーヌ」
「はい。私達は地位や名誉よりも、シンヤといる事を望んでおりますので」
──鋼のように強き意思……これが、お二人の信仰心を支えているのでしょうか。
精霊王に愛されていると誤認されている
その実力を目にしたからこそ、シャリオットもまた彼女達の言葉に、二人の心が揺るがないと理解する。
残ったのは鴉丸。
半分諦め気味にゼルディアが彼女を見ると、こう問いかける。
「まあ、聞いても無駄だろうが。お前は?」
「我は、若を護る事こそ使命。若の決断を否定などせん」
「だよなー。ほんと、勿体ねえなぁ」
鴉丸の答えを聞き、ゼルディアは両手を頭の後ろに回し、降参と言わんばかりにがっかりした顔で椅子に座ったまま伸びをした。
──間違いなく、こいつらは国を代表する実力者になれるだろうし。俺も楽しめそうなんだけどなぁ……。
そんな未練はあるものの、
これは、彼等の揺るがぬ意思を感じ取ったシャリオットも、メリーというじゃじゃ馬を手懐けるのは無理だと悟るマールも同様だったのだが。一人、諦めの悪い男がいた。
──くっ! くそっ! せめてシンヤとかいうガキを囲い込めばどうにかなるはず。何か、何か策はないか? ……そういえば。
内心焦っていたゾルダークが、ある事を思い出す。
「シ、シンヤとやら。そなた等は『最後の希望』から試験参加の申請しておったようだが。そのままそのギルドに加入する予定か?」
「はい。そのつもりです」
「何故だ? 噂では、あの冒険者ギルドに所属する冒険者もいなくなったと聞く。何故『王道の風』を選ばなかったのだ?」
「……そちらの冒険者ギルドが経営難だと聞いたので、助けになりたいと思ったからです」
言葉を選んだのか。
少しだけ間を置きながらも、神也が真剣な表情を崩さずそう答えと、ゾルダークはしめたと言わんばかりに笑顔で言葉を重ねた。
「であれば、是非我が案に応じてはいかがかな? そなた達ほどの実力者を重用するのだ。一生遊んで暮らせるだけのスカウト料をギルドに支払ってやれるぞ」
「お断りします」
またも間髪入れずに返事をした神也に、ゾルダークの笑顔が凍りつく。
とはいえ、これには他の
「失礼を承知で尋ねますが。冒険者ギルドを救うのであれば、最良の手段かと思いますが」
訝しみながらそう問いかけたシャリオット。
そんな彼女に澄んだ瞳を向けた神也は、
「ブラウさんとフラナさんの、夢の為です」
静かに、そう言い切った。
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