第四章:あやかし達、冒険者となる

第一話:面倒事

「はい。どうぞ」

「失礼いたします」


神也達の視線が集まる中、扉を開けて入ってきたシスティは、彼等を一通り一瞥した後、その場で頭を下げる。


「本日の試験は、これにてすべて終了いたしました。皆様、お疲れ様でした」

「ありがとうございます。それで、僕達の合否は……」

「そちらは後日、所属ギルドに通達が参りますので、そちらでご確認いただくことになるのですが……」


 そこまで口にしたシスティは、眼鏡の下の表情を曇らせ、小さくため息を漏らす。


「どうかなされたのですか?」


 思わずセリーヌが尋ねると、システィは眼鏡を直し、彼女の方を向く。


「いえ。皆様には大変申し訳ないのですが。この後、少々お時間をいただけませんでしょうか?」


 試験の時の凛とした態度とは異なる、何とも冴えない表情を見せる彼女を見て、神也達が皆顔を見合わせる。

 そんな中。


「スカウトの話、か?」


 鴉丸が腕を組んだまま、仮面の下から鋭い眼光を向けると、システィの目が泳ぐ。それを見て、玉藻がため息を漏らした。


「……図星か」

「……はい。その通りです」

「えーっ! なんでー!? だってメリーちゃん達、ちゃんとスカウトを希望しないって書いたよね?」

「はい。改めて受験票も確認させていただきましたが、記載内容に間違いはございません」

「だったら、行かなくてもいいよね?」

「だよねー? 絶対面倒じゃーん!」


 せつの言葉に頷くメリー。その表情は心底嫌そうだ。

 玉藻や鴉丸も、この先に展開されるであろう面倒くさいやり取りを想像し、呆れ顔を隠せない。


「ま、あたし達が派手にやりすぎた、って所かね」

「確かに。皆様はそれぞれ、実力を如何なく発揮されておりましたからね」


 同じく呆れ顔だった六花にセリーヌが神妙な顔でそう返すと、彼女は思わず肩を竦める。


「セリーヌ。あんただって、一発でこいつを納得させるだけの十分な実力を見せてるんだ。他人事みたいに言うんじゃないよ」

「あ……申し訳ございません」


 指摘を受けて、思わず口元に手を当てしまったという顔をした彼女に、周囲の皆から自然に笑みが漏れる。


「えっと。受験票に書いた通り、僕達は冒険者になりたいだけなので、お断りしますとお伝えいただけませんか?」


 周囲の不満を感じ取り、神也が表情を引き締めると、真剣な顔でそう申し出る。が、システィは困り顔のまま俯き、首を縦にも横にも振らない。


「どうしたのじゃ?」

「いえ。その……」


 玉藻の問いかけに目を伏せ、少し唇を噛むシスティ。ちらりと神也達を見るも、何かを言い淀む。


「あんた。誰かに脅されてるのかい?」

「あ、いえ。そうではございませんが。その……」

「……ゾルダークという者、たっての希望、か」


 心を読み言葉にした鴉丸の一言に、システィは思わず顔を上げ目を瞠る。が、すぐ申し訳無さそうに俯いてしまう。


「……はい。四護神しごしんの皆様、特にゾルダーク様がどうしても一度お話をし、説得したいと」

「確か、其方そなたは冒険者ギルド中央協会とやらの派遣じゃったのう?」

「はい」

「であれば、別に国家にくみする必要もあるまい。それとも、中央協会とやらは、この国と癒着でもしておるか?」

「い、いえ。それはございません。私の知っている限りは、ですが……」


 玉藻の質問に、戸惑いながら答えるシスティ。


  ──嘘はない、か。


 鴉丸はその心内を読むと、ちらりと玉藻に目を向ける。まるで目を向けられると予見していたかのように、ちらりと横目で彼女を見た玉藻は、頷きもせずシスティに視線を戻した。


「つまり、手ぶらで帰り、ゾルダークとやらの怒りを買いたくない。そう申しておるのか?」

「……は、はい」


 どこか、心を見透かされたような気持ちになりながら、システィは憂鬱な表情で俯く。


「まったく。面倒だねぇ」

「うん。お兄ちゃんの事もあるし、早く帰りたい」

「メリーちゃんも、六花やせつに賛成ー!」


 うんざり顔の六花に、無表情ながら歯に衣着せないせつ

 不満を隠そうともせず手を挙げるメリーと、三者三様にシスティの申し出を否定する中。


「じゃあ、僕だけで行ってくるよ」


 神也はそう言って、毛布をどけベッドから降りた。


「えっ!?」


 思わず声をあげ、彼に顔を向けたシスティ。

 玉藻達も少し驚いた顔をする。


「若。まだ先程の疲れもございます。それに、別段恩義があるわけでもないこの者に、助力する道理もないのでは?」

「鴉丸の言うことも、みんなの不満ももっともだと思う」


 鴉丸の言葉に、神也は表情を崩さず頷いて見せる。

 先程の言葉とは裏腹の反応に、思わず顔を見合わせるあやかし達やセリーヌ。

 だが、それでも彼はこう言葉を続けた。


「でも、システィさんが悪いわけじゃないし。困らせるのも可哀想だから」

「シンヤ様……」


 予想外の言葉に、システィから何とも言えない声が漏れる。


「みんなまで嫌な思いをする必要はないから。僕だけで行くよ」

「それでしたら、わたくしも参ります」


 改めてそう宣言した神也に、いの一番にそう口にしたのはセリーヌだった。

 彼の優しき人柄に助けられた身。だからこそ、神也がこう口にするのを理解していたのだろう。言葉に迷いは一切ない。

 そして、この状況を他のあやかし達が放っておくわけがなかった。


「ちょっと待ったー! ダーリンが行くなら、もちメリーちゃんも付いて行くよ? ね? せつ?」

「うん。お兄ちゃんが一人、責められたら可哀想」


 先程口にした言葉がなかったかのように、手の平を返すメリーとせつ

 あまりの変わり身に、残された鴉丸、玉藻、六花が笑う。


「ま、面倒だけど仕方ないね。あの四護神しごしんって奴等が神也に何をしでかすか、わかったもんじゃないし」

「そうじゃな。妾達わらわたちに意見するようであれば、圧を掛けておかねばのう」

「うむ。若。我等もお供いたします」


 皆の申し出に、神也は少しだけ表情を綻ばせ、嬉しさを顔に出すものの、すぐに表情を引き締める。

 だが、そこに垣間見えた表情こそ、あやかし達やセリーヌにとって最高の褒美といってもよかった。

 

「でも、みんなが嫌な気持ちに──」

「なるわけないじゃーん! メリー達は、ダーリンがいないほうが余っ程嫌だしー」

「うん。嫌」

「確かにそうですね」

「ま、あたし達は神也の親衛隊みたいなもんさ。放っておくなんてできやしないよ」

「そうじゃな」

「無論。どこまでもお供致します」

「……わかった。ありがとう」


 あっさり手のひらを返す仲間達に短い感謝を口にした神也は、再びシスティに向き直る。


「システィさん。ご一緒はしますが、僕達の意思は変わりません。それは構いませんか?」

「はい。それで結構です」

「でしたら、ご案内いただけますか?」

「わかりました。お気遣いいただき、申し訳ございません」


 気落ちする彼女に、神也はふっと笑顔を見せる。


「いえ。みんなも試験で随分システィさんを困らせてましたので。そのお詫びです」

「あー。確かに、違いないね。な? 玉藻? メリー?」

「六花ってば、勝手に決めつけないでよね! メリーちゃんは率先して、試験を熟してあげただけでーす! ね? 玉藻!」

「そうじゃそうじゃ。ちんたら試験なぞして、日が暮れては堪らんじゃろ。時短じゃ時短」

「玉藻。それ、ズルって言うよ?」

せつもズルしておろうが! 他人事のように言うでない!」


 彼の言葉をきっかけに、一気に賑やかになるあやかし達。

 言葉を発しなかった鴉丸とセリーヌも、その光景に顔を見合わせ微笑み合う。

 そんな独特の明るい空気が、鬱々としていたシスティにも伝染したのか。

 彼女も思わずくすりと小さく笑い、それを見た神也もまた、ほっとした表情を浮かべていた。

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