第十七話:神也という青年

 あの後、鴉丸達は闘技場の控室のひとつを借り、そこにあるベッドに神也を寝かせ、周囲に立ち見守りながら、彼が目覚めるのを待っていた。

 想像以上の戦技を繰り出した疲労のせいか。

 相変わらず穏やかな寝顔を見せているものの、神也が目覚める気配はない。


「お兄ちゃん、起きないね」


少し不安そうに彼を覗き込んでいるせつの頭を、脇に立つ鴉丸が優しく撫でる。


「若はあれだけの技を止めてみせたのだ。相当な闘気を使ったに違いあるまい」

せつ。そんな心配するなって。じゃなきゃ、こんな寝顔にならないさ」

「……うん」


 六花の楽観的な言葉に、小さく笑いながら頷く。

 勿論、内心不安ではある。だが、それを皆にそんな顔を見せ続けるのは悪いと感じての、彼女なりの配慮だった。


「しかし、あの戦技は何じゃ? 鴉丸が鍛錬で身につけた物にあったか?」

闘気の盾スピリット・シールドは、確かに我でも使える代物。だが、あのような進化を遂げた事はない」

「となると、やっぱり聖者の奇跡って事かい?」

「どうなんだろ? セリーヌちゃんはわかる?」

「いえ。聖者には幾つかの伝承があるのですが。その全てを知るわけではないので……」


 部屋には彼等だけ。また、廊下に人の気配がないのを分かっているからこそ、敢えてはっきりそう口にした六花。が、彼女の疑問に対し、皆も確信を得るだけの答えは持ち合わせいない。


「ふむ……。まあよい。今は無事、神也が試験を終えたことを喜ぶとしよう」

「そうだねー。正直、あのゼルディアって男が本気出した時、マジどうしようって思ったし」


 そう言って納得することにしたあやかし達。

 そんな中。


「あの……皆様に、ひとつお伺いしたい事があるのですが」


 セリーヌがおずおずとそう口にした。


「ん? どうしたの? セリーヌちゃん」

「その、本来であれば、直接本人に聞くべきかも知れないのですが。何故、シンヤは見知らぬ人を助けようとされるのですか?」


 実は、以前からセリーヌは神也の行動に疑問を持っていた。

 自身を助けてくれた時もそうだったが。今回冒険者になるきっかけとなった、助けを求める声。どのような素性の者かもわからない相手を助けたいと思うに値する理由。それが彼女には未だわからなかったのだ。


 とはいえ、神也本人にこういった質問をするのは憚られ、ここまで聞けずじまいのまま。

 そんな中、今回の試験で見せた、神也の決意とも取れる叫びや行動に、改めてそんな疑問が蘇ったのだ。


 何故、彼はあれだけの試練を与えられようが、真っ直ぐ冒険者を目指し、助けの声を探そうとしているのか。

 その謎を知りたかったセリーヌだったが、あやかし達は彼女の質問を聞き、一様に困った顔をする。


「正直、メリー達じゃ答えにくいんだよねー」

「あ、その。皆様からはお話しし辛いないようでしたら、無理にとは申しませんので」

「あー。そういうのじゃないさ。どっちかっていうと、あたし達もよくわからないのさ」

「よく、わからない?」


  ──皆様はあれだけ迷いなく、シンヤの行動に従っていらっしゃるのに?


 皆の予想外の言葉に、セリーヌは思わず首を傾げる。

 彼女の反応に、肩を竦め玉藻が笑う。


「その反応ももっとも。じゃが、妾達わらわたちも、ある意味でこの世界で其方そなたが口にした『聖者』という言葉がふさわしいとしか言えんのじゃ」

「お兄ちゃん、優しすぎだもんね」

「そうそう! 今でも、メリーを助けてくれた時のダーリンのかっこよさ、忘れられないもん」


 せつの言葉に夢心地な顔をするメリー。だが、それではセリーヌには何も伝わらない。

 そんな中、ひとつため息を漏らした鴉丸が、ゆっくりと口を開く。


「若は幼き頃より、ただただ優しき少年だったのだ。神職として、魔を祓う力を持てぬまま、唯一身につけられた救いの庇護ひご。それが自らを苦しめると知りながらも、怪我をし倒れていた動物から、病に苦しんでいた人間。時には死に間際のあやかしまで。自らが助けたいと思う者を、純粋なる想いのままに助けてきた」

「流石に今は自重しておるが。一時いっとき、敵として襲いし者すら救おうと、身体を張っていた時期もあったからのう」

「そこまでなのですか……」


 鴉丸や玉藻の話を聞き、セリーヌは神妙な顔を見せる。

 語られれば確かに、神也の性格もあり納得はできるもの。

 だが、同時にそれは、普通の人であれば考えられない行動でもあった。


「一体何がシンヤを駆り立てるのでしょうか……」

「我等にも未だわからぬ。が、若がそこまで純粋な優しさを向けたからこそ、ここにいる皆は若の下、力になっている。それだけが真実」

「ま、だからこそ、あたしも神也が聖者じゃないか? って話になった時、妙に納得しちまった。それが一番しっくりくるしね」

「まあ、メリーはダーリンが何者でも関係ないけどね。ずっと一緒にいるし」

「メリー。お兄ちゃんは、みんなのお兄ちゃんだからね」

「そうじゃな。ということで、今晩はわらわが一人、添い寝でもして看病するかのう」

「ダメダメー! 絶対独り占めは駄目だかんね! ね? せつ?」

「うん。絶対駄目」

「まったく。ほんとあんた達は変わらないね」

「そういう六花や鴉丸だって、どうせ一緒に寝るじゃん」

「そりゃね。な? 鴉丸」

「う、うむ。それは譲れん」


 さっきまでの話題から一転。一気に賑やかになる相変わらずのあやかし達に、唖然としていたセリーヌがくすっと笑う。

 流石に共に旅もし、こういった光景にも慣れたからこそ、随分と余裕を持って接しられるようになった。これだけならば。


「セリーヌも、お兄ちゃんと寝よ?」

「……は、はい?」

「あ、そうだよねー。メリー達ばっかりいい想いしてたら、セリーヌちゃんも嫉妬しちゃいそうだし」


 無表情のままのせつと、楽しげな顔をするメリー。

 突然のお誘いに、セリーヌの顔が一気に真っ赤になる。


「そ、それは流石にいけません! み、皆様のお邪魔になりますし──」

「別に構わんぞ。添い寝が望みというのなら、妾達わらわたちも一晩くらいは空けてやるが」

「いいいいい、いえ! そんな!」


 慌てて手を振り遠慮する彼女を見て、あやかし達も楽しげに笑う。


 と。普段通りに騒ぎ出した皆の声が届いたのか。


「……ん……あれ……」


 はっと皆がベッドを見ると、目をこすりながら、神也がゆっくりと目を覚ました。


「みんな……ここは?」

「若。ここは闘技場の控室にございます」

「控室……あ、試験は!?」


 ぼんやりとしていた彼がはっとし、ばっと上半身を起こすと、皆は笑顔を向ける。


「安心しな。ちゃんと神也はゼルディアの技を止め切った」

「あそこまでの腕を見せたのじゃ。流石に不合格にはされんじゃろ」

「そっか。良かった……」


 神也がほっと胸をなでおろしていると。


  コンコンコン


 と、部屋のドアをノックする音が聞こえた。


「ん? 誰じゃ?」


 玉藻がそう返事をすると。


「システィです」


 と、闘技場内で散々聞いてきた彼女の声がドア越しに届く。


「システィさん?」


 神也が疑問の声を上げ皆を見る。

 が、心当たりがないあやかし達やセリーヌも、首を傾げるしかない。


「お部屋に入らせていただいてもよろしいでしょうか?」


 試験で見せていた落ち着きを感じさせる声が、神也やセリーヌの不安を掻き立てたのだが──それが現実になろうとは、この時の彼等はまだ、思ってもいなかった。


--------


 ということで、第三章はここまでです。

 何とかドラノベコンの期間内に、章の区切りまで書けて良かった……。

 今後の更新ですが、並行して連載している物と共に、数話書き上げての不定期更新を続ける予定です。

(数作をローテーションで回す予定なので、悪くても二週に一度は更新される予定です)

 慌てず連載を進めますので、気長にお待ちください。

 もし先が気になるお方がいたら、是非ブクマしていただけると幸いです!

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