第十四話:神也の試験

「どうだった? あいつの実力は?」

「六花の血が滾りし理由、十分に察した」

「だろー? 試験じゃなかったら、とことんやりあってたんだけどね」


 戻ってきた鴉丸の感想を聞き、六花がどやり顔をする。

 互いにゼルディアの実力を理解したからこその素直な感想。同意するかのように、鴉丸も小さく笑う。

 そして彼等は、同時に神也を見た。


「次は神也の番だね」

「うん」


 六花の言葉に、しっかりと頷く神也の表情に浮かんでいるのは覚悟。

 だが、鴉丸は内なる心──緊張と不安が未だ心に巣食っているのを感じ取る。


「若。肩の力を抜き、我等と稽古をするくらいの気持ちで参りましょう」

「そうそう。あいつだって、いきなりあたし達のような事を求めちゃこないさ。目標は冒険者になる事だけ。あっちの試験だって、そんな凄いことをしちゃいないんだ。気楽に行きな」

「……うん。分かった。じゃあ、行ってくるね」


 心配をかけないよう笑った神也が、二人を残しゼルディアの方に歩き出したのだが。彼を見送りながら、六花は少し不安げな顔をした。


「……大丈夫かい。あんなに気負っちまって」

「若にとっては、我等以外との初の戦い。試験とはいえ、止むなしであろう」

「神也自らが選んだとはいえ、心配だね」

「我等に護られるだけでは嫌だという、その心意気は嬉しくもある。が、例の奇跡とやらも、未だ救いの庇護ひご以外に何も使えない。幾ら適性に可能性があるとはいえ、流石に……」


 小声で声を交わす二人。

 彼と手合わせをしているからこそ、二人の懸念は最も。

 剣の実力があろうが無かろうが、戦士や騎士は誰かを傷つける覚悟がいる。

 だが、神也の優しすぎる性格では、覚悟も揺らぎやすい。故に、前衛に不向きなのだ。


 他の仲間達も、今まで直接口にはしなかったものの、同じ気持ちを持っている。

 だからこそ、遠くで見守る玉藻達やセリーヌも、不安な気持ちを拭えずにいた。


 一方。

 歩いてくる神也を見ながら、ゼルディアもまた意外そうな顔をした。


  ──なんだ? どう見ても素人じゃないか。


 そう。緊張した彼からは、さっぱり圧を感じないのだ。


 六花や鴉丸。メリーや玉藻、せつにセリーヌと、神也の仲間は何らかの力を示してきた。

 セリーヌこそ、神聖術系故に強い圧こそなかったものの、立ち振舞を含め、決して素人らしさがなかったし、他のあやかし達は勿論、皆に実力者と感じさせるだけの圧を十分放っている。


 だが、彼にはそれがない。

 秘めたる実力がある可能性もあるかもしれないが、現時点では気負い過ぎな素人にしか見えない。


  ──ま、期待せずに試験するか。


 流石に拍子抜け。

 先程までの滾りもあっさりと冷め、ゼルディアは落ち着いた表情で、神也の到着を待った。


「お待たせしました」


 ゼルディアの前に立った神也が緊張した面持ちを見せると、彼は緊張をほぐそうと笑顔を見せる。


『おいおい。そんなに緊張するな。別に仲間と同じだけの活躍をしろってわけじゃないんだ。肩の力を抜け』

「は、はい。それで、僕はどうすればいいんですか?」

『さっきの二人のときは俺は受けるだけだったが、今回は少し実戦形式で行かせてもらう。勿論手加減はするから安心しろ。ただ、できれば戦いの中で、君の持っている戦技も最低ひとつ見せてくれ。いいか?』

「はい。わかりました」


 硬い表情のまま頷いた神也の、まるで騎士学園の生徒のような返事。

 試験としては正しい反応なのだが、やはりこれまでの展開からすると、肩透かしを食らった気持ちになる。

 それでも、ゼルディアは満たされない気持ちを笑顔でごまかし頷き返すと、腰の鞘から剣を抜き、両手で構えた。


『じゃ、試験開始だ。好きに打ち込んでこい』


 言葉に釣られ、同じく腰の長剣を右手に持ち、鴉丸の動きをなぞるかのように半身で構える。


  ──お? あの男が師匠ってことか?


 少しだけ期待感を持つゼルディア。

 だが、神也は構えたまま、一向に動こうとしない。

 気負いは相変わらず。

 だが、表情には先程までと違う真剣さが浮かんでいる。


  ──何だ? 試験なのに、何も見せない気か?


 ゼルディアがはっきりと困惑を見せるが、それは六花や鴉丸も同じ。


「神也の奴。何を考えてるんだ?」


 不安げな六花と同じ気持ちになり、神也の心を読もうとした鴉丸。

 と、そんな彼女が少し驚いて見せた。


「若の心が、読めん」

「は? どういう事だい?」

「分からん。真っ白な光が心を覆い尽くし、それ以上の物が感じられんのだ」


 今までに戦いの最中、神也の心を読んでいる暇などなかった。

 今回が鴉丸にとって初の試みではあったのだが、今までにこのような事はなかった。


「まさか、かい?」

「わからん。が、今は見守るしかあるまい」


 聖者の奇跡。

 見守る二人の心に過ぎる言葉。だが、それを確認する術もなく、今は鴉丸が口にした通り、ただ彼を見守るしかできなかった。


 動きのない神也とゼルディアに、観客と化した周囲の者達がざわつき始める中。


『試験は始まっているぞ。来なくていいのか?』


 ゼルディアの素直な問いかけに、無言で頷き返す神也。

 表情を変えない所を見れば、それが真剣だというのはわかる。が、試験として流石に問題がある。


  ──実力がわからない相手に打ち込むってのは、正直面倒なんだよなぁ。


 思わず舌打ちするゼルディア。

 試験で先に打ち込ませるのは、相手の実力を測る為。だが、それが分からなければ、手を抜く加減も難しい。


  ──仕方ない。素人相手に打ち込みたくはないんだが。緊張して何もできないってなら、攻めてやるか。


 神也の状況からそう判断した彼は、一度大きなため息を漏らすと、カチャリと音を鳴らしながら剣を構え直す。


『じゃ、こっちから行くぞ。しっかり受けきれよ』

「はい!」


 相変わらず強い決意だけは感じる、神也の勢いある返事。

 何となくちぐはぐなやり取りに困りながらも、ゼルディアもまた覚悟を決め、神也に勢いよく踏み込んだ。

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