第十五話:想いの先
一気に距離を詰めたゼルディアが、見習い騎士と手合わせする気持ちで振るった剣。神也はそれを、片手に持った剣でさらりと弾く。
──ん? こいつは……。
瞬間、ゼルディアの表情が変わる。
弾かれた剣を止め、先ほどより鋭く剣を返すと、またも迷いなくそれを弾く神也の剣。
少しずつ剣撃を加速させるゼルディアと、その動きについていく神也。
互いにその場から動かぬままの攻防は、先程まで周囲に感じさせていた、呆れや疑問を吹き飛ばす。
──何だ。こいつも楽しめるじゃないか。じゃ、これでどうだ?
彼は打ち込みの最中、速度をあげた横薙ぎを、途中でピタリと止める。
それは完全なフェイント──のはずだった。
が、まるで見切っていたかのように、まったく釣られない神也。
──まじかよ!
瞬間。ゼルディアの心が、六花達と戦った時同様に滾り出す。
手加減しているとはいえ、騎士団員に仕掛ける時同様の鋭さで剣を繰り出した。にも関わらず、それを完全に見切られたのだ。流石に驚きもする。
先程までの下馬評から一転、彼の神也に対する評価が一気に上がり、テンションが高まるゼルディア。
──これだけやれるなら、もう少し実力を出してみるか。
再び斬り込みながら、ゼルディアはその身を一気に右に振り、回り込んで側面から切り掛かろうと試みる。
だが、彼はここから、神也の奇妙な動きにまたも混乱させられる事になった。
まるでゼルディアの動きを予想していたかのように、動きを合わせ真横に動いた神也。
ゼルディアが左右に動き、時にフェイントを交え側面を取ろうとしても、神也はそれをさせないように、無駄な横への動きで阻止をする。
実際、相手に側面を取らせないだけなら、その場で相手に向き直りながら戦えばいい。わざわざ一緒に横に動く必要などないし、それでは無駄に体力を使うだけ。
しかも、彼はどんな角度から打ち込んでも、右手に持った剣でしか受けようとしなかった。
自身の左側から仕掛けられた剣撃であれば、左腕に着けた小盾で効率よく受け流す事もできるはず。だが、それを一切しないのだ。
──どういう事だ?
この歪な動きの理由に気づかないゼルディアとは裏腹に、笑顔を見せたのは六花と鴉丸。
「稽古の時の動きが、やっと出てきたね」
「うむ。無駄な動きも多いが、十分であろう」
彼女達の言う通り、盾を使わない受けは普段通り。
神也自身もこれが最適解と考えていた。
彼は常々、自らの剣の腕はまだまだ未熟だと思っている。
ただ、稽古を付けているのは、人ではないあやかし達。しかも、普段は六花も鴉丸も、本来のろくろ首や鴉天狗としての動きを見せながら稽古を付けてきた。
勿論、人を傷つけるなどしたくない神也だからこそ、攻めについてはまだまだ素人と言ってもいい。
が、こと護りに関しては、神也は己を過小評価し過ぎであり、六花や鴉丸もまた、己の実力が高すぎるが故に、神也がまだ未熟と思い込んでいるだけなのだ。
ちなみに、現代世界の稽古では、神也は剣で受ける事しか学んでいない。
異世界に転移後に盾を使い始めたものの、まだまだうまく使い熟すだけの技術に欠ける。
であれば、慣れ親しんだ剣だけで受けた方が間違いない。神也はそう踏んで、このスタイルを貫いている。
ただ、六花達でも理解し難い、ゼルディアに合わせた横の動き。
無駄に体力を消耗するその行動は、神也の真意に気づかない彼等に強い違和感をもたらす。
──何だこいつ。素人か? 玄人か?
早くも呼吸を荒くしながら、それでも仕掛けられた剣を見事に受け続ける神也。
残念ながら、救いの
そこに無駄な動きを増やせば、息切れも早くなって当然。
先手を拒否し、打ち込んでこない割に、しっかりと剣を捌ききるだけの実力。
無駄に思える動きをしながら、あっさり息を荒くする持久力のなさ。
どうにもちぐはぐな神也の動きに、混乱に拍車が掛かるゼルディア。
ただ、同時に今まで以上に彼から強く感じるものもあった。
神也の気迫だ。
緊張が消えた代わりに感じる必死さ。
何かを貫こうとする、強い意志を感じる瞳。
ただ冒険者になりたいからなのか。
鴉丸や六花に並び立ちたいからなのか。
はたまた、他に何か理由があるのか。
秘められた想いはわからない。
が、彼が何かの為に必死になり、気迫を見せ食らいついてきているのは確か。
得体の知れない、神也という存在。
手加減をしているとはいえ、受け一辺倒な相手に全ての剣撃を受け、往なされている現状。
ここまで戦技らしい戦技すら見せていない相手を押しきれないのは、ゼルディアにとって到底納得できるものではない。
──このまま終わるのは、流石にちょっとな。
そんな気持ちになった彼が、もう少し本気を出そうかと考えた、その時。
「ゼルディア!」
突然聞き覚えのある声に呼び止められた彼は、思わず振るおうとした剣を止め、声の主に振り返った。
釣られて動きを止めた神也や、周囲の者達の視線をも集めた相手。それは、観客席で席に座ったままの師匠、サルヴァスだ。
師から無言で向けられる強き瞳。
それを見て、彼は思わず目を丸くする。
『師匠! 本気ですか!?』
そこに秘められた意図を感じ取ったゼルディアが、思わず驚きの声を上げる。
対するサルヴァスは表情を変えず、無言のまま頷く。
『マジかよ……』
ゼルディアから、呆れを含んだ本音が漏れた。
師弟だからこそ、目を見れば相手の意思くらいは感じ取れる。
だが、そこから感じ取った内容は、あまりに唐突すぎるもの。
とはいえ相手は師匠。無碍に断るわけにもいかない。
彼は片手で頭を掻くと、背後に大きく跳躍すると、華麗に空中で一回転しながら、大きく神也との距離を空ける。
何があったのかと、ざわつく周囲の者達。
だが、そんな事などお構いなしに、ゼルディアはふぅっと息を吐くと、次の瞬間。周囲の者達の声を一瞬で黙らせた。
強い闘気と圧。
それは、六花や鴉丸にすら向けなかった、本気のゼルディア。
その変化に、周囲の参加者達は圧倒され言葉を失い、思わず六花や鴉丸までも身構える。
『シンヤだったか。悪いが、ここからの試験については、師匠を恨んでくれ』
そう前置きした彼は、驚きながらも目を逸らさない神也に、真剣な顔を見せる。
『いいか? 俺はこの後、全力でお前に戦技を放つ。それを受け止めたら合格だ』
「はっ!?」
「何だと!?」
その言葉に、鴉丸と六花が目を瞠る。
勿論、それは彼女達だけではない。
「
「流石にそれ、ダーリンがやばくない!?」
「お兄ちゃん……」
離れた場所でもはっきり感じる強さに、遠くで神也の帰りを待つ玉藻達も。
「シンヤ……」
試験の最中だけに、見守ることしかできないセリーヌも。
何より、試験に参加している周囲の者達や、
「おいおい。それは流石にやべーだろって」
「同感ですわ」
「サルヴァス! ライセンス取得試験で死人が出るなどあれば、前代未聞。周囲の国に汚名を晒す事になるのだぞ!」
マール、シャリオット、ゾルダークがそれぞれサルヴァスに苦言を呈する。
「お前達に、理解など求めておらん」
だが、まるで意に介す事なく、彼は神也達に目を向けたまま、彼等の言葉を一蹴した。
『いいか? 戦技を止め損なえば死ぬ。だからお前は、死に物狂いで止めろ。いいな?』
改めて覚悟を試すべく、そんな言葉を吐いたゼルディア。
「はい!」
対する神也は、どんな大技が来るのかすらわからないにも関わらず、迷いなく返事をする。
「神也!」
「若!」
この先の戦技は、彼が止められるほど甘いものではない。
気配でそう察した六花と鴉丸が、思わず神也を護らんと飛び出そうとする。
が。
「六花! 鴉丸!」
神也の強く名を呼ぶ声に、その動きを制された。
「これは、僕の試験だから。手は出さないで」
二人に振り返ることなく、しっかりと口にされた言葉に、二人は言葉を失い、ぐっと歯を食いしばる。
神也が覚悟を決めたのであれば、彼等もそれに従うしかない。
彼に仕えると決めたあやかし達だからこそ、その言葉は絶対。
──引かない、か。覚悟は一人前。上等だ。
ゼルディアが剣を構えると、より強い圧が放たれる。
再び剣を構えた神也の手に鳥肌が立ち、背中に冷や汗が流れる。
が、そこから逃げず、受け切ろうとする彼の決意は変わらなかった。
──僕は、みんなを護るんだ。護れるようになるんだ。
この戦いで考え続けてきた、たったひとつの純粋な想い。
それこそ、神也がここまでやってこれた理由であり、一見意味のない行動の理由でもある。
神也はここまで、ただ戦っていたのではない。
鴉丸や六花を護る事だけを考え、下手に自ら仕掛けず、ゼルディアを通すまいと身体を張り、間に立ち続けたのだ。
いざという時に、自分が仲間を護れるようにと。
ゼルディアも、鴉丸や六花も気づけなかった彼の純粋な想いに気づいていたのは、この場でたった一人。剣聖と呼ばれし男だけ。
だからこそ、サルヴァスは試した。神也の想いの強さを。
『
ゼルディアの叫びと共に掲げた剣に、轟音と共に稲光が落ちた。
光と衝撃に、周囲の者達が思わずその身を庇う中。神也はじっと動かず、ゼルディアの動きを見つめ続ける。
上級戦技のひとつ、
バチバチッという独特な音と共に、幾度となく剣身を走る稲光。
己の技を強化すべく迷わず力を使い、真剣な顔をするゼルディアの覇気に圧倒され、闘技場が一気に静けさに包まれる。
『神よ! どうか僕を、聖なる力で護り給え!』
沈黙を破り、神也は神聖術、
静かに構えるゼルディアに、普段通りの構えで対峙する神也。
闘技場が緊張感に包まれる中。
『じゃ、行くぞ』
ついに、神也への最後の試験が始まった。
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