第十三話:ゼルディア対鴉丸
気づけば、システィや他の参加者が試験の手を止め、今の戦いに見入っていたのだが。
「おいおい。あいつ、ゼルディア様と互角にやりあってたぞ!?」
「いや、まさか。流石に手を抜いてくれてただけだろ」
信じ難い戦いを目にした、彼等の感想は様々。
そんな声など気にも留めず、六花は神也達の下に戻って来た。
「折角これからだと思ったのに……」
「若の試験のためだ。ここは堪えよ」
心底残念そうな顔をする六花をなだめた鴉丸。二人がハイタッチをすると、神也に振り返る。
「では。若、行って参ります」
「うん。気をつけて」
彼に頷いた鴉丸が、ゼルディアに向け歩き出す。
神也は未だ緊張と不安を顔に出しながら、そんな彼女の背中を見送る。
「あの人、相当強そうだよね」
「ああ。人だから手加減したとはいえ、あたしの連撃をさらりと避けやがった。良い腕をしてるよ」
感心する六花の表情を見れば、神也でも彼女が相手を認めたとわかる。
あやかし達の強さを知る彼からすれば、ゼルディアの実力は相当な物。
「鴉丸、大丈夫かな?」
ぽつりと不安を漏らす神也の声に釣られ。彼に顔を向けた六花。
直後、神也の頭に手を当てると、髪の毛をぐしゃぐしゃっとしつつ撫でてやる。
「大丈夫だって。忘れてないだろ? あたしとの出会いを」
「……うん」
六花の言葉にはっとした神也は、彼女に顔を向けると、真剣な顔で頷く。
それを見た六花は普段通りの笑顔で、こう声を掛けた。
「だったら信じな。あたしと互角に張り合える鴉丸は、決して
「……うん。そうだね」
少しだけ笑みを取り戻した神也がこくりと頷くと、六花も笑みを絶やさず頷き返した。
§ § § § §
「すまぬ。待たせた」
『大丈夫だって。じゃ、次はあんたが技を見せてくれ』
「うむ」
すっと腰から
「……では、参る」
六花の時と真逆の、低く落ち着いた声と共に、一気に地を駆け踏み込んだ鴉丸は、そのままゼルディアと剣を交えた。
六花の拳撃とはまた違う、より早い突きの連続。ゼルディアはまるで合わせるかのように、同じ疾さで突きを繰り出し、互いに鋒同士を合わせ、攻め、止める。
互いにその場から動いてはいない。だが、刀と剣を持つ手は絶え間なく動き続けた。
「はええっ!」
観客と化した周囲の参加者から漏れる声。確かに、互いに繰り出す刀と剣の動きは鋭く疾い。
それでもゼルディアは、鴉丸の突きを漏らす事なく返し続ける。
と。先にその動きを止めたのは鴉丸だった。
とはいえ、彼女も、受けに回っていたゼルディアも、息を荒げるような様子もなく、平然としている。
「中々」
『そっちこそ。いい腕だ』
「そうか。では、そろそろ技を見せるとしよう」
カチャリと音を立て、再び突きを狙うかのように構えた鴉丸。
「……
言葉と共に溢れた強い闘気に、ゼルディアは無意識に身構える。
と、刹那。その名を体現するかのように、先程の比でない連続突きがゼルディアを襲う。
『マジかよ!』
と嘆きを口にしながらも、間違いなく口角が上がったぜルディアは、ふっと強く息を吐くと、技も出さずにその豪雨のような突きに剣を合わせた。
流石に突き合いでは分が悪い。それを示すように彼の動きが変わる。
「ほう」
最低限の剣先の動きで突きの軌道を逸らし、自らが傷つくことの無いように往なし続けるゼルディアに、鴉丸が少しだけ驚きを見せた。
「戦技を出さずに捌き切る、か」
『悪いが、こっちも剣聖の弟子をやってるんでな』
「弟子……師匠は客席のあの男か」
『ああ。小言は多いが腕は立つ、尊敬する師匠さ』
技を繰り出しながら、ちらりと視線を観客席に向ける鴉丸。
他の
あまりの落ち着きっぷりに、鴉丸はゼルディアがこの程度では倒れないであろうことを、改めて察する。
──この世界、まだまだ楽しめそうか。
少しだけ口元に笑みを見せた彼女は、その手を止めると、彼もふーっと長い息を吐く。
「これで、我が腕を見せた事になるか?」
『ああ、十分だ。いいウォーミングアップになった』
「そうか。では、若を頼む」
六花と違い、あっさりと身を引いた鴉丸は、静かに背を向け神也達の下に歩き出す。
ゼルディアは軽く額の汗を拭いつつ普段通りに彼女を見つめていたが、内心は安堵していた。
──あそこで戦技を使ったら、師匠に怒鳴られるところだったな。
実のところ、彼なりに鴉丸に肉薄したものの、突きのままいかず往なす事に専念したのは、それだけ戦技なしで
──ほんと。今回の試験は本気でヤバいな。
本音を言えば、六花とも鴉丸とも、試験官としてではなく、全力でやり合いたい。そう思っていた。
それだけの素質を見せる二人に、血が滾りそうになったのは確かだ。
それでも、己の欲に溺れなかったのは、さすがは
──あいつらをスカウトできないもんか?
己が率いる騎士団ですら中々見ない逸材に、そんな思いが浮かぶ。
それは、六花と鴉丸という存在が、剣聖の弟子の心に刻まれた瞬間でもあった。
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