第十二話:ゼルディア対六花

 突然の事に、どよめく周囲の参加者達。

 そんな中、神也は驚いた顔で、未だゼルディアの方を向いている鴉丸と六花を見る。

 驚きの理由。それはが声をかけられた事に対してではない。


  ──二人の実力ならこういう申し出があるのもわかるけど、なんで僕も?


 そう。そこに自分が含まれているという事にだった。

 一次試験では、ただ二人に護られていただけの神也。見せ場らしい見せ場もなかった自分が何故。そんな疑問が拭えない。


「どういうことだ?」


 静かに問いかけた鴉丸に、未だ笑みを崩さないゼルディアが楽しげに語る。


『試験……と言いたいところだが。どちらかといえば、興味本意だ』

「ふーん。それで? あたし達をどうしようってんだい?」


 何かを期待している六花は、彼といい勝負の不敵な笑み。

 そこに同じ気配を感じたのだろう。ゼルディアはより楽しげな顔をする。


『別に取って食おうとしてるわけじゃない。あんたとそっちの仮面の男は、一次試験で冒険者ライセンスを手に入れるだけの実力を十分に見せている。そんな奴等に、動きもしない人形に向け技を打たせたって、面白くないだろ?』


「つまり、其方そなたに向け技を放てと」

『そういう事。あんた達もその方が楽しいだろ?』


 先程の二人の戦いを見ていたからこそ、戦いの最中に二人がどこか物足りなさを感じていたのを知っている。

 それを満足をさせよう、というわけではないのだが。彼女達が渇望する戦いへの欲を刺激することで、彼女達の実力を見たいという己の気持ちを満たそうと考えたのだ。


「へー。面白そうだ。あたしはいいよ」


 効果てきめん。六花があっさり乗り気になると。


「我も構わんが」


 冷静な表情のままながら、鴉丸もさらりと同意する。


「えっと、それじゃ、僕も対象になっている理由はなんですか?」


 鴉丸達の話しかされていなかったせいか。

 妙に不安になりそう尋ねた神也に、ゼルディアは真面目な顔をする。


『ああ、すまない。君の場合、試験で神聖術を使える事は把握できたが、近接戦闘系としての実力をまったく見れなかったのでね。だからこの二次試験で、君の実力を見せてほしいんだ』


 確かに、近接戦闘を一切行っていないのは本人も理解しており、納得感は十分。

 この理由であれば、話を受けるのは筋である。

 が、自身がまだまだ未熟だと思っているからこそ、神也は少しだけ不安になった。


「あの、それは構いませんが。僕は鴉丸や六花ほど強くはないです。ゼルディア様の手を煩わせるだけじゃないですか?」

『おいおい。そこは普通「あの四護神しごしんの一人、ゼルディア様と手合わせいただけるなんて」って喜ぶ所だろって』


 そんな彼の心配など他所に、ゼルディアは肩を竦める。


『いいか? 俺が自分で決めたんだ。君は何の心配も気遣いもいらない。なんたってこれは、君の試験だからな。だから変に気負わず、その時が来たら全力を見せてくれ。いいか?』

「……はい。わかりました」


 覚悟を決めたのか。

 真剣な顔で頷く神也に、ゼルディアは笑顔で頷く。


『じゃ、システィ。そっちは任せる。三人はこっちに来てくれ』

『承知しました。では皆様、こちらにお集まりください』


 二人の指示に従い、神也達はそのまま人形の置かれていない観客席の方へ。他の参加者はシスティのいる鋼の人形が立つ側に移動していく。


『じゃ、三人は一旦俺と距離をおいてくれ』

「わかりました。鴉丸。六花。行こう」

「ああ」

「承知」


 ゼルディアに背を向け、一度大きく距離を空けた後、改めて三人が彼に向き直る。


『さて。まずはロッカとカラスマルだったか。二人の試験から始めたいが、どっちから行く?』


 彼の問いかけに、名指しされた二人が互いを見た。


「鴉丸。あたしから行くよ。いいね?」

「うむ。構わん」

「六花。頑張って」

「ああ。任せな」


 神也にガッツポーズを見せた彼女は、そのまま歩き、ゼルディアの前に立ち、拳に拳甲けんこうを装備しぎゅっと拳を握る。


「さて。で、あたしは何をすればいい?」

『さっき話した通り、二人は今自身でできる、最高の戦技や闘技を俺に向け披露してほしい』

「どさくさに紛れて仕掛けてもいいかい?」

『おいおい。物騒だな。まあ、さっきの戦いを見る限りは武闘家志望なんだろうし、ある程度は覚悟しておく。が、後の試験に響くから、ほどほどにな』

「あいよ」


  ──となれば、やっぱ直接仕掛けるべきだね。


 軽い返事と共に、にやっと笑う六花はやる気満々。

 勿論その気合の入り方を、ゼルディアもはっきりと感じ取っている。恐ろしいほどの圧も。


  ──ったく。こりゃ、本気で受けないとヤバそうだな。


 両手で愛用の両刃剣を構えたゼルディア。

 そこに感じる覇気に、六花の笑みがより強くなる。


「じゃ、いくよ!」


 ぎゅいんと身を低くすると、まるで獣が襲いかかるかのような勢いで、一気に間合いを詰める六花、瞬間、彼女の拳を闘気が覆う。


「避けてみな! 気功弾!」


 初級闘技のひとつで、体内の闘気を弾に変え打ち放つ技。

 六花はそれを、拳が届く距離で、殴りかかった拳ごと放つ。


『おいおい!』


 それを大きく身を翻し避けたゼルディア。が、六花はそれを読んでいたかのように、彼の横に回り込み、またも拳と共に気功弾を打ち込む。


『危ねえって!』


 思わず剣で軌道をそらしたゼルディアが、身の危険を察し、咄嗟に六花に横薙ぎを繰り出してしまうが、それを掻い潜り気功弾と拳を向けてくる六花。

 だが、ゼルディアも伊達に剣聖の弟子ではない。

 拳甲けんこうの軌道に沿った気功弾を素早い動きで避けつつ、流れで身体に向けられる拳甲けんこうを往なし続け、攻撃を喰らいはしない。


 時に下がりつつ気功弾を連続で放ち、避けたゼルディアに向け距離を詰め、気功弾を止めずに直接殴りに行く。

 初級の技とはいえ、幾ら何でも無闇に気功弾を打ち過ぎ──のはずなのだが。


  ──これだけ打ってバテる所か、動きが良くなってるじゃねえか。


 無尽蔵の闘気とスタミナ、とでも言うべきか。

 嬉々として迫る六花の動きに、彼は舌を巻く。


 とはいえ、ゼルディアもどちらかと言えば六花寄り。

 この戦いをもっと楽しみたくもあったのだが、今は試験中。そうもいかない。


「まだまいけるよ!」

『たくっ! ここまでだよ!』


 勢いよく振るわれた六花の拳と同時に放たれた気功弾を真っ二つにし、拳甲けんこうに剣の刃を重ねたゼルディア。

 瞬間、互いに重い一撃を武器に感じ取った直後。まるで磁力で反発したかのように、一気に後ろに滑った二人は、それぞれ足で踏ん張り勢いを殺す。


「ははっ! やるねー!」

『そりゃこっちの台詞だって。ロッカ。お前の実力はこれで十分に示せた。ここまでだ』

「何だい。せっかく愉しくなってきたのに」


 互いに腕に残っている痺れ。

 それが、互いに強者と対峙した事を強く感じさせる。

 だが、試験で余計なことをすれば、それこそ神也の試験にも影響しかねない。


「じゃ、鴉丸と変わるとするよ」


 やれやれと手のひらを上にし、残念そうに笑った彼女は、そのまま背を向け神也達の下に帰って行く。


  ──ったく。恐ろしい奴だったな。ってことは、あいつも……。


 視線をそのまま奥の鴉丸に向けたぜルディアは、期待に胸を膨らませるのだった。

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