第十一話:特別扱い

 国所属の団への推薦があるからこそ、決して実力者がいないわけではない。

 が、なまじ実力があるからこそ、思わずその戦いに魅入ってしまった参加者達は、そこにある実力差をはっきりと感じ取る。


 その結果、起こる事はただひとつ。

 他の弱者を探し挑みかかるという、弱肉強食を感じさせる戦いだった。


 六花達を囲んでいた騎士風の者達も、そんな戦いに巻き込まれていくが、鴉丸達はまるで蚊帳の外。


「なんだい。歯応えがないねぇ」

「六花よ。気を抜くな」

「わかってるよ。安心しな」


 神也を護ることに専念し、警戒を解かずに試験の動向を見守る二人。神也はそんな彼女達の背中を見ながら、少しだけ唇を噛む。


  ──結局、僕はこうなっちゃうのか……。


 折角の決意も空回り。

 実力差のあり過ぎるあやかし達の気遣いを無駄にはしまいと、それを断りはしないものの。彼は内心、自分が率先して動くことができない、強い歯痒さを感じていた。


 自分達が狙われなくなった試験を、ただ見守るのはそれぞれが辛い。

 暇だと感じ始める六花や鴉丸。何もできなかったという思いが募る神也。

 そんな、何とも言えない時間が続く中。


『そこまで』


 大体半分強の参加者が地に伏せ倒れた所で、ゼルディアが声を掛けた。

 瞬間、戦い続けていた達の動きが止まる。


『一次試験はここまでだ。さて、システィ。次はそっちの試験を』

『承知しました』


 突如話を振られても動揺することなく、システィが片眼鏡を直すと今まで同様、落ち着きを払い説明を始めた。


『では皆様。戦いにて傷ついている皆様に、治癒術で回復を施してください。まだ治癒術を会得していらっしゃらない方は、別の試験をご用意しますので申し出てください。では、お願いいたします』


 いきなり試験が始まり、動揺する神聖術系の参加者達。

 そんな中、ふぅっと息をいたセリーヌは、目を閉じると真剣な表情で詠唱を始めた。


『慈愛の女神アラナよ。その癒やしの力にて、皆をお救いください』


 詠唱を終えた瞬間。ふわりと淡い光に包まれた彼女は、そのままゆっくりと前に手を伸ばす。

 すると、倒れている者達を複数人囲むように、床に大きな魔方陣が展開された。

 温かなうっすらと金色に輝く光。それが怪我をし伏せている者達を包むと、みるみる内に身体から傷が消え、痛みが消えていく。


「まさか……あれは、神療ゴッドヒール……」


 予想外の術に、驚く他の参加者達。

 システィもまた、メリーや玉藻達を見た時のような驚きを見せる。

 

 神療ゴッドヒール

 治癒術の中でも最高位の術であり、魔方陣の範囲内にいる者全員を同時に回復する、非常に効果の高い術なのだが、高い信仰心が要求されるだけでなく、神に選ばれなければ使用できない術でもある。

 それをセリーヌは事もなげに繰り出したのだから、周囲が驚くのも仕方がない。


 実はセリーヌ自身、一ヶ月前まではこの術を使えなかった。

 神也の救いの庇護ひごにて救われ、勇者の奇跡を使えるようになって以降、彼女の神聖術や治癒術は飛躍的に効果を高め、今まで使えなかった術までも使えるようになったのだ。


 玉藻が以前口にした、という言葉の通り、勇者の奇跡が解放され、より強い力を手にしたセリーヌ。

 それは、観客席のゾルダークやシャリオットをも驚かせた。


「先程の女達も末恐ろしかったが、あの女も相当ではないか」

わたくしも、幾多の大司祭とお会いしておりますが、ここまでの使い手はほとんど知りません」


 感心というより、驚きが勝る二人の会話。

 玉藻やせつも含めた神也達一行の実力を、これまでもまざまざと見せつけられてきたからこそ、彼等への興味はより強くなっていく。


 そんな視線を気に留めることもなく、回復に集中するセリーヌ。


「す、すげぇ……」

「全然痛くねえぞ」


 彼女の回復を受けた戦士達が、身体を起こし怪我の具合や痛みを確認し、感嘆の声を漏らす。

 そして、一通り魔方陣の中にいた者達を回復し終えると、セリーヌは術を解除しゆっくりと目を開いた。


 彼女の目に映る、怪我を治してもらえた参加者達の感謝の笑み。

 それを見て、自身の術が上手くいったのだと感じ取る。


「これで、よろしかったでしょうか?」


 振り返ったセリーヌと目が合ったシスティは、慌てて冷静な振りをする。


『は、はい。問題ございません。他の方々も続いてください』


 彼女からの指示に、同じく我に返った他の参加者も、それぞれに怪我人の治療を始める中、システィの言葉を聞いたセリーヌは、ほっと胸を撫でおろす。


  ──これで、わたくしも冒険者への道が開けると良いのですが……。


 自身がどれだけの事をしたか理解していないからこそ、彼女は謙遜しながら他の参加者の活動に目を向けていた。


   § § § § §


 神聖術系の試験を兼ねた治療が行われて暫く。床に倒れ怪我をしていた参加者全員の治療が終わった所で、ゼルディアが話を始めた。


『さて。近接戦闘系の一次試験はこれで終了だ。さっきも話したが、今の戦いで倒れたからといって、冒険者ライセンスを取れないわけじゃない。そっちを狙っている奴はそのまま次の試験も是非参加してくれ。スカウト狙いだった奴は、この時点で芽はない。そのまま諦めて帰るもよし、冒険者ライセンスを取って返るもよし。好きにしていい。ただし、戻りたい奴は、今ここで戻ってくれ』


 改めて突きつけられた決定に、肩を落とす多くの敗北者達。

 そのまま力なく去っていったのは、倒れた百人ほどの参加者の約七割に上る。


「倒れた奴等だけでこんなにいるのかい。冒険者ライセンス試験って名前、返上したほうがいいんじゃないか?」

「違いない」


 去っていく者達を見ながら愚痴る六花に、相槌を打つ鴉丸。

 口にはしなかったものの、これに関しては神也も同じ気持ちであった。


 去って行った者達が闘技場から出たのを確認すると、ゼルディアは再び話しだした。


『さて。残った奴等はこのまま二次試験だ。システィ。準備してくれ』

『承知しました』


 指示に従いシスティが石版を触り始めると、轟音と共に闘技場の床から現れたのは、複数の人を模した鋼の像だった。


『さて。今度はあの的にそれぞれが持っている技を打ち込んでみてくれ。ちなみに防御系の技しか使えないって奴は手を上げてくれ。そっちはそっちで別に見る。それから……』


 説明の途中、くるりと神也達に向き直ったぜルディアは、彼等に笑顔でこう口にした。


『そこの三人は、ちょっと俺に付き合ってくれ』

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