第十話:期待以上の実力
ゼルディア達の前に集まった、戦士や騎士、武闘家志望の達は、最も多い二百人弱。
『さて。神聖術系の試験はシスティに説明を任せるとして。まずはこっちの説明からだ』
集まった者達を一瞥したぜルディアは、彼等に笑顔で話し始めた。
『今回、騎士団などへのスカウト希望者が最も多かったのが、この近接戦闘系。でだ。本来冒険者を目指すための適性試験でもあるが、スカウト目当てで参加してる奴も多いだろ? だから、今回の試験も二部構成。だけど、少し特殊なやり方で行く』
「特殊!?」
『ああ。まず最初は、ここにいる奴ら全員で戦ってもらう』
「何だって!?」
彼の言葉にざわつく参加者達。
それを気にも止めず、ゼルディアはそのまま話を続けた。
『で、倒れたり座り込んだりした奴等はそこで戦闘終了。立っている奴等は、残りが半分くらいになるまで戦いを続けてもらう』
「そ、それで。もし倒れてしまったら……」
『安心しろ。あくまでこれは冒険者の適性を見るだけ。だから、次の試験もちゃんと参加できる』
恐る恐る尋ねた参加者の一人に答えたゼルディア。
回答を聞いて、周囲は安堵した顔を見せる。
だが、笑顔を崩さない彼の次の言葉に、多くの参加者達の表情が一変した。
『ただし。この程度の試験で負ける奴を、国がスカウトなんてしやしない。倒れた奴に、そっちの資格はないと思え』
笑顔とは裏腹の、厳しいゼルディアの一言。
これには、スカウトを目的に参加した者達にも、一気に緊張が走る。
『じゃ、お前達はこの辺で一旦距離を空けろ。あ、間違ってもシスティ達の方には行くなよ。あいつらを巻き込むようなら、スカウトどころか冒険者としても失格だ。あと、戦闘開始の合図までは戦い始めるんじゃないぞ。じゃ、散ってくれ』
指示を出し終えたゼルディアは、そのまま闘技場の中央から、システィのいる方へ歩き出した。
途中、横目にちらりと見た相手。
それは他の参加者と距離を空けるべく、並んで歩く神也、六花、鴉丸の姿。
──あの女達の、知り合い……。
メリー。玉藻。
神也達の仲間に見える彼女達の、異次元過ぎる活躍っぷり。
そこから、勝手に神也達の実力を推し量った彼は、自然に口角を上げる。
──さて、どんな腕を見せてくれるのか。楽しみだ。
剣聖サルヴァスの弟子として鍛え込まれた男、ゼルディア。
彼もまた強さを欲し、より高みを目指す男だからこそ、強者がこの試験に紛れているかもしれない事に、内心期待していた。
一方その頃。
中央よりやや離れた神也達三人は、周囲の参加者をざっと眺めていた。
仲間内でグループを組んでいるであろう参加者も多く見受けられる中、神也達の近くに、闘技場に入る前に見た騎士らしい身なりをした、二十人ほどの集団が陣取る。
リーダーらしい、どこか生意気な感じの騎士が、ちらりと神也達を見ると、何やらひそひそと話し始めた。
「どうやらあいつら、あたし達を狙う気だね」
「我等の実力は未知数。だが、数の差で実力差を埋め、早めに潰した方がよいと考えたのかもしれんな」
「メリー達が目立ちすぎなんだよ。ったく。ま、闘えるのは最高だし、挑んでくるなら、返り討ちにすりゃいいだけだけどね」
「うむ。若。我等が御守り致しますが、十二分にお気をつけください」
「う、うん」
普段通りのお気楽な六花とお堅い鴉丸に対し、神也だけは露骨に表情が硬い。
だが、それも仕方ないであろう。
稽古以外で誰かと剣を交えた事すらない彼にとっての、試験とはいえ初の実戦。流石に緊張しないほうがおかしい。
そんな神也を見て、鴉丸と六花は無言で目線を合わせると、示し合わせたかのように頷く。
一通り参加者が散り散りになったのを確認した所で、ゼルディアは真剣な顔を見せる。
『よし。準備は整ったな。それでは、始め!』
高らかに開始が宣言された瞬間。一気に闘技場は熱気に包まれた。
周囲で始まる参加者達の戦い。そんな中、鴉丸達の予想通り、騎士風の一団が、一気に神也達三人を取り囲んだ。
対する鴉丸と六花は、迷うことなく神也の前後に立ち身構える。
「あんた達には悪いが、俺の将来がかかってるんでな。ライバルになりそうな奴等は蹴落としておかないと」
「別にスカウトとかはどうでもいいけど、あたしに挑んでくれるってなら、愉しませてもらうよ!」
「若には指一本触れさせん」
「ふん! この数の前で何ができる! お前達、行け!」
「うおおおおっ!」
リーダーらしき男の声に、一気に踏み込んでくる騎士風の者達。
だが、その判断が誤りであったと気づくのはすぐだった。
鴉丸と六花ぞれぞれに、三人がかりで襲いかかり剣を振るおうとする相手。
「遅いよ!」
それに対し、六花は腰の
「んぐっ!?」
「ぐほっ!」
「ぐわぁっ!」
視界から六花が消えたかと思うと、ほぼ同時に腹に強い痛みを覚えた三人。そして彼等はそのまま後ろに吹き飛ばされていた。
その瞬間起こったこと。
それは六花が放った、素早いフットワークから、拳での鋭い三連撃。彼女の拳は彼等三人それぞれの腹めがけて、真っ直ぐに打ち込まれた。
彼等の鎧をあっさりと打ち砕き、鳩尾に叩き込まれた拳の威力は絶大。
勢いよく床を転がった三人は、そのまま腹を抑え、床で呻き苦しんだ。
「さて。どんどん来な。可愛がってやるよ!」
いきなりの洗礼に、周囲の騎士達の動きが固まる。
が、リーダーの命令は絶対なのだろう。気を取り直し、続けざまに襲いかかってくる者達。
それを見て、六花もまた会心の笑みを見せた。
一方。
時を同じくして仕掛けられた鴉丸は、力の六花とは真逆の華麗な剣さばきで、繰り出される剣撃を右手に持った剣だけで弾き、捌いていた。
勿論、ただ捌いているだけではない。目にも止まらぬ疾さの彼女の剣は、相手の剣を一度弾くと同時に、相手の肩や胸、腕の鎧に自身の
それ自体に威力はない。
が、三人がかりで同時に仕掛けておきながら、ほぼ同時に護りと攻めを見せられる。
その精度の高さと鋭さには、彼等も目を丸くするしかない。
それでも、腕の差を諦めず挑みかかっていった騎士風の者達だったが。
「……ふん。やはりつまらんな」
六花とは真逆。期待外れという現実に失笑した鴉丸は、温い剣を捌くのに飽き、何度目かの彼等の斬撃を避けると、同時に剣での突きを合わせた。
先程ぴたりと止めていた箇所を、ほぼ同時に打ち抜く連続突き。
これまた六花の拳に劣らない威力で、鎧を砕きはしないものの、三人をほぼ同時に吹き飛ばすだけの威力を見せた。
二人に挟まれた神也は、辺りを警戒しながら身構えているものの、二人の活躍もあって、自身に剣が向くことはない。
『神よ。どうかみんなを聖なる力で護り給え!』
念の為、二人に神聖術、
『へぇ。やるじゃないか』
心の内に仕舞っていたゼルディアの感嘆の思いが声として漏れ、
神也を庇う二人の動きは十分期待以上。未だ余裕綽々の彼女達に底しれぬ強さを感じ、自身の高揚感を抑えるのに必死だ。
だが、そんな彼の心の内など知らぬ、騎士風の男達を仕切るリーダーにとって、彼の漏らした言葉の意味は違う。
相手への賞賛。早くも半壊した味方。
この状況は、自らの評価を下げるものに他ならない。
あまりの痛々しい仲間の姿に、他の騎士が怯む中、リーダーは自身の恐怖を怒声に変えた。
「ふ、ふざけるな! お前達、ちゃんと──」
「護るってのは、こういう事だよ!」
が、号令を口にし終える前に、リーダーは突如、目の前に現れた六花の声と愉しげな笑みを見たのを最後に、意識が飛んだ。
素早く踏み込んでからの、側頭部への拳撃。
流石に威力は抑えたものの、それでもスパンッと鋭く決まったその技のせいで、勢いよく頭をくるりと捻らされ、まるで操り人形の糸が切れたかのようにその場に崩れ落ちた。
白目を剥き、泡を吹くリーダー。
「まだやるかい?」
「かかってくるなら、それなりの怪我は覚悟せよ」
素早く元の位置に戻り構えた笑顔の六花に、冷静沈着な低い声で剣を片手で構える鴉丸。
対照的な二人の言葉は、残った騎士風の者達の戦意を喪失させるのに、十分なものだった。
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