第九話:神也の決意

 せつとの話をまとめた玉藻は、振り返るとゆっくりシスティとゼルディアの下に歩み寄り、こう問いかけた。


「さて。システィよ。先程申した通り、妾達わらわたちは国に仕える気はない。その上で改めて聞かせよ。ではあるが、妾達わらわたちの実力は垣間見えたはずじゃが、まだ実力を示す必要があるかのう?」

『あ、その……それは……』


 端々に嫌味を交えつつ話す玉藻の表情は、先程までの態度から一変。強い真剣さを見せている。

 二人の恐ろしい実力をまざまざと見せつけられた事。そして、隣に立つせつの無表情さも相成り、システィは思わず冷や汗を流し、言葉に詰まった。


 試験的には十分。だが、試験を両方受けさせるルールもまた絶対。

 普段であれば、彼女も毅然と対応したに違いない。

 しかし、今回ばかりは相手が悪過ぎると感じていた。

 この二人が試験官自分より圧倒的に強いと、肌で感じてしまったからだ。


 もし断りを入れたら、その先どうなってしまうのか。そんな不安が、どうしても拭えない。 


『ゼ、ゼルディア様……』


 困った顔で、隣に立つ彼に助けを求めるシスティ。視線を向けられたゼルディアは、げっという顔をした後、目を泳がせ頭を掻く。


  ──おいおい。それはお前の仕事だろって……。


 と、内心愚痴りはするものの、この状況は彼女の手に余るのもわかっている。


『ったく……』


 自然とそう漏らした彼は、大きくため息を漏らすとこう尋ねた。


『二人共。今使った術は何だ?』

炎弾ファイアー・ボルトじゃが」

氷棘アイス・ニードル


 ゼルディアの問いかけに、迷いなく答える二人。

 にわかに信じがたいが、最初に生まれた炎の球や氷の棘は間違いなく初級の魔法そのものであり、魔力も言うほど高まってはいなかった。

 素直に納得はできないが、四護神しごしんである彼も、流石にその実力は認めるしかない。


 やれやれと肩を竦め、ゼルディアは諦めた顔をすると、観客席にいる四護神しごしんに向き直った。


『ゾルダーク。シャリオット。こいつらは冒険者として十分な実力を見せた。残る試験は免除でいいよな?』


 突如声をかけられた二人は、互いに顔を見合わせる。


「まあ、十分だろう」

「そうですね」


 二人が再びゼルディアに顔を向けると、無言で頷く。


『よし、お前達二人は、次の試験を免除って事でいいぞ』

「話が早くて助かるわい。ゼルディアとやら。感謝するぞ」

『気にするな。お疲れさん』

「うむ。ではせつよ。戻るとするか」

「うん」


 何時もと同じ笑顔を見せた玉藻は、そのまませつと共に、神也達の待つ闘技場の隅へと歩き出すと、慌てて他の参加者が道を開ける。


 流石にあれだけの物を見せられては、近寄り難いと感じたのだろう。


  ──しっかし。こりゃゾルダークおっさんが、放っておかないだろうな。


 ちらりと肩越しに観客席に目を向けたゼルディアは、去って行く二人に目を向けているゾルダークを見て、別の面倒事が増えたと察する。


  ── 面倒くせえ……。


 またも漏れるため息。

 とはいえ、試験は続く以上、いつまでもぼやっとはしていられない。


『システィ。試験の続きを頼む』

『は、はい。ありがとうございます』

『いいって。その代わり、後で飯でも付き合ってくれよ』

『お断りします』


 話の流れであっさりと食事を断られるゼルディアに、参加者から思わず笑いが漏れ、皆が玉藻達の生み出した緊張感から解放される。


『そ、それじゃあ、残りの試験もちゃちゃっとやってくれ。俺の出番がこなくて退屈だからな』


 周囲の笑みに釣られ笑った彼は、そのままシスティに変わり、試験の続行を宣言した。


   § § § § §


「玉藻。せつ。お帰り」

「ただいま。お兄ちゃん」

「戻ったぞ。神也よ。どうじゃった? 妾達わらわたちの活躍は」

「凄かったね。セリーヌさんも、流石にびっくりしてたよ」

「は、はい。改めてお二人の強さが分かりました」

「そうじゃろそうじゃろ」


 こういう光景を見慣れている神也は大して驚いていないが、セリーヌからははっきりと驚きを感じ取れる。

 それを見た玉藻は、長い白髪を背中に払いながら、自慢げな笑みを浮かべた。


 が、そんな彼女に対し、他のあやかしが苦言を呈する。


「流石にありゃ、品行方正からほど遠いだろ?」


 率直にそんな感想を漏らした六花に。


「うむ。普段のように、ただ考えなしに暴れただけではないか」


 と、しっかりと頷く鴉丸。


「何を言っておる。最近流行りの時短を促してやったんじゃ。感謝のひとつもしてもらわんとな」

「とか言ってー。どうせああやって、みんなを驚かせたかっただけでしょ?」


 玉藻の言い分も、メリーにあっさり論破され。


「絶対そうだと思うよ。玉藻、にやにやしてたし」


 と、共にいたせつにまでそう言われる始末。


 とはいえ、こんなやり取りもまた、ある意味普段通り。

 それに気分を害すことなく。


「愉しむのは良いことじゃぞ」


 玉藻は相変わらずの笑みを浮かべ、そう即答したのだった。


   § § § § §


 攻撃魔法系の二次試験もつつがなく終わり、参加者が闘技場の端に散った後、システィはまた石版を弄り始めた。

 先程まで出ていた的などが再び床に戻っていき、何の物もない闘技場らしい空間に戻った所で、彼女が次の説明を開始する。


『次は、近接戦闘系と神聖術系、双方の試験を同時に進めさせていただきます。神聖術系の皆様は、わたくしの右手側。あちらの壁際にお集まりください。近接戦闘系の皆様は、闘技場中央、ゼルディア様の前にお願いいたします』


 話を聞いた神也達は、残るセリーヌ、鴉丸、六花と向かい合う。


「やっとあたし達の番かい」

「そのようだな」

「皆様、頑張りましょうね」

「うん。セリーヌさんも頑張って」

「はい」


 四人が互いに言葉をかわし頷くが、六花や鴉丸と違い、神也とセリーヌは緊張感が拭えない。


「セリーヌちゃん。そんなに緊張しなくっていいよ。いつもみたいにやれば大丈夫だし」

「そうですね。ですが、シンヤは……」


 どこか心配そうな顔を見せた彼女が神也を見ると、彼はにこりと笑って見せる。


「頼りないかも知れないけど、精一杯がんばってくるよ」

「なーに。神也も鴉丸や六花に鍛えられておる。安心せい」

「そうだよ。お兄ちゃん、頑張ってきてね」

「うん。じゃ、セリーヌさん。玉藻。せつ。メリー。また後で」

「はい。それでは」

「ダーリン! がんばってね!」


 互いに励まし合いながら、セリーヌだけがシスティの下に向かい、鴉丸、六花、神也はゼルディアのいる中央へと歩き出した。


   § § § § §


 元々戦闘が苦手な神也が、中央に歩き出した理由。

 それは、受験票を書いた日まで遡る。


「ダーリンはやっぱり、セリーヌちゃんと同じで司祭とかを目指すの?」


 元々、『救いの庇護ひご』で皆を癒やしてきた神也。

 だからこそ、メリーはそう思っていたのだが。彼はその問いかけに少し気まずそうな顔をした後、皆を一瞥しこう答えた。


「みんな。僕は戦士として登録しようと思うんだけど、いいかな?」


 真剣な表情に迷いはない。そう感じるだけの言葉に、思わず皆が顔を見合わせる。


「若。何故そのような決断を?」


 鴉丸の問いかけに、彼女にしっかりと目を向けながら、彼は想いを話す。


「僕はずっと、みんなに護られてきてばっかりだった。今だって、危険なこの世界に巻き込んでるのに、結局みんなに戦わせてるだけ。その時に思ったんだ。今までと同じは嫌だなって」


 そこまで話した彼は、一旦間を開けると、セリーヌを見る。


「この間セリーヌさんに、この世界の上位職に、騎士があるって聞いたんだ」

「はい。元々城を護る者が多い職業ですが、冒険者としてパーティーの盾となる事も多い職業です」

「騎士になるには、神聖術を使える必要があるみたいなんだけど、そっちは僕でも少しは使える。であれば、後は戦士として少しでも腕を磨けば、いずれ騎士としてみんなを護れるようになれるんじゃって思ったんだ」


 再び皆を見た後、少しだけ自信なさげに俯く神也。

 だが、それでも気後れせず、最後まで言葉にする。


「みんなの足を引っ張っちゃうかもしれないけど。それでも、みんなと一緒に戦いたい。だから、僕のわがまま、受け入れてくれないかな?」


 そこまでいい切った彼は、緊張しながらあやかし達の言葉を待つ。

 互いに顔を見合わせたあやかし達。だが、それを拒む理由など彼等にはなかった。

 今の言葉に含まれているのは、自分達を護れるようになるという、優しき決意だったのだから。


「流石、あたしの見込んだ男だね」

「若のご決断。見事にございます」

「うん! やっぱりダーリンってかっこいい!」

「お兄ちゃんがしたいようにしよう?」

「そうじゃな。いざとなれば妾達わらわたちやセリーヌもおる」

「はい。何かあれば、わたくしもお力添えしますので、ご随意ずいいに」


 そんな皆の優しい言葉を受け、神也は改めて、戦士として冒険者を目指す決意をしたのだ。


   § § § § §


  ──まずは、戦士として合格しないと、だよね。


 緊張しながら歩みを進める神也。

 この先、どのような試験があるのか。

 そんな不安を覚えながらも、彼は歩みを進めた。自身の願う未来のために。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る