第八話:ずる賢い女狐

 ゼルディアの予感など関係ないかのように、試験は順番に進んでいき、気づけばほとんどの参加者がその実力を披露し、試験を残したのは玉藻とせつだけになった。


『では、残ったお二方。どちらから行きますか?』

「システィとやら。ひとつ聞いてもよいか?」


 システィの言葉に、逆質問を返したのは玉藻。


『何でしょうか?』

、どの程度の威力が出せればよいのじゃ?」


 今の試験についてではない予想外の質問に眉を動かしたシスティは、少し怪訝そうな顔をする。


『……今は、精度の試験ですが』

「それは知っておる。が、わざわざ二度も試験をされるのは億劫でのう。このひとつで兼ねれんかと思っただけじゃ」


 あまりに飄々とした、ある意味ふてぶてしくもある玉藻の態度。

 それがシスティの心象を悪くしたのもあったが、そもそも先の試験の詳細を、今具体的に示すわけにもいかない。


『……申し訳ございませんが、それはお話できません』

「そうか。ではこうせんか? この後見せる術で、先の試験の結果を兼ねるだけのものを見せられれば、次の試験を免除してほしいのじゃが」


 怒りや不満を顔に見せず、ただただ笑顔でそう話す彼女に、システィは眼鏡を直しじっと目を向ける。


  ──知らないのかしら? そんな事をすれば、評価に影響するというのに……。


 勘ぐる理由は単純に、裏を読めないから。

 試験を二度に分けているのは、一緒くたにしてはその実力を測れないからだ。

 例えば、範囲系の攻撃魔法ひとつで全ての的を巻き込むことは、実力があれば十分可能な範囲。

 だが、適当に打っても巻き込める範囲系魔法を打ち込んだところで、的の中央を射抜けたかの判断はできず、端で巻き込むなど精度としては論外。

 だからこそ、皆単発系の狙いやすい魔法を使い分ける必要がある。


 また、隠密系試験と流用される的ではあるが、そういったが難しいよう、的の間隔や距離は大きく開けてある。


 システィが今まで試験官として見てきた参加者も、この方法を取り逆に評価を下げた者がいる。

 こと冒険者になるだけであればそれでもよいのだが。この国の試験では各団の推薦を望む者も多い。だからこそ、正直お勧めはできない。


『国への推薦に影響がありますよ』


 正直に話すか迷いつつも、敢えてそのように釘を刺すシスティ。

 それを聞いた玉藻が、「ほう」と少し驚いた顔をすると、直後ににやりとした。


「ならば好都合じゃ。そんな物、欠片も望んでおらんからのう。では、システィ。条件を満たせば次の試験はなし。それで頼むぞ」

『ちょ、ちょっと! 話を勝手にまとめないでください!』


 システィの制止も聞かず、彼女に背を向け台座にあがると、手にした杖をくるくるとバトンのように回した後、それを頭上に掲げた。


よ。わらわの前に集い、皆を打ち払え』


 その詠唱は、魔術の初期魔法、『炎弾ファイアー・ボルト』。

 ただし、術の詠唱は決して正しくはない。本来、単体魔法であるこの術を連射するには、それだけの術を連続して詠唱するか、『連続詠唱ブレット・タイム』などの連続詠唱できるようにす付与術を掛けている状況でなければ無理なのだから。


 だが、玉藻はそれをたったひとつの詠唱で具現化させた。

 彼女の前に現れた、五つの小さな炎。それは以前ドルディマンが使用した同じ術の炎よりもはるかに小さい、拳程度の大きさ。

 炎がはっきりと実体化したところで、玉藻が掲げていた杖をすっと前に向ける。


 指示に従うかのように、炎達はそれぞれ同時に五つの的に飛来していき、そのまま的の真ん中を射抜いた──瞬間。


「きゃあああっ!」

「うわっ!?」


 突如、参加者を激しい爆風が襲い、思わず皆が風から身を庇いながら、的に何とか目をやると、誰もがそこにある光景に目を丸くした。


 それぞれの離れた的が燃えている。それだけならば普通。

 だが、それらは完全に、炎弾ファイアー・ボルトの面影を残していない。


 燃え盛る炎が、離れているはずの一番最短の的すら巻き込むほどの広範囲に拡がっている。しかも、街の建物を燃やし尽くすかのような高さ。さながら、魔術の最上位魔法『炮烙の炎星ストーム・メテオ』を使ったかのようだ。

 威力絶大。あまりの衝撃に、これまた参加者や四護神しごしん、ゼルディアやシスティの度肝を抜き、完全に言葉を失わせていた。


「まったく。この程度で……」


 激しい風を受け、白髪やクロークを激しく乱されながらも、平然と的を見続ける玉藻は、皆の反応に呆れ顔。


「玉藻。したでしょ」


 と。まるで何も起きていないかのように、風の中を無表情のまま歩き、同じ台座にあがったせつが、彼女にそう口にする。

 玉藻は声に釣られ、顔を向けると、にこりと笑う。


「ズルではない。手間を省いただけじゃ。せつも、はよう神也の下に戻りたいじゃろ?」

「うん。戻りたい」

「では、あの燃えている的でも打ち抜け。さすれば、あのエルフの女も納得するじゃろ」

「わかった」


 玉藻から目を逸らし、燃え盛る炎の的を見たせつが、すうっと目を閉じる。


『アルデア。力を貸して』


 静かにそう口にすると、彼女の目の前に、氷で象られた小さな妖精が現れた。

 氷の精霊、アルデア。この世界にいる精霊であり、精霊術師は皆、こうやって精霊の力を借りて術を行使する。

 ただ、せつのこの行動もまた、二人のやり取りを見守っていた彼等の混乱に拍車をかけた。


 精霊術師が精霊を呼ぶ為には条件がある。

 ひとつは、そこに精霊がいる環境だ。

 炎があれば炎の精霊が。水があれば水の精霊がいる。

 精霊術とはそういった場所にいる精霊の力を借りる必要があるが、今この場所には氷など何処にもない。つまり、本来はアルデアを呼び出すことなどできない。


 が、もうひとつ。それぞれの精霊の長。精霊王に認められた者は、どこにいても精霊の力を借りられる為、この状況下でも氷の精霊術を行使できる。

 とはいえ、精霊王に認められるなど簡単な話ではない。

 そもそも精霊術師として一生を終えても、出会えずに終わる者のほうが圧倒的に多く、認められる事も非常に少ないのだから。


 せつがこの場に氷の精霊を呼び出したという現実。

 皆は後者を想像し驚愕した。が、実際には前者。

 せつが雪女だからこそ、そこには常に氷があるのと変わらないだけ。


 せつがゆっくりと目を開き、アルデアと目を合わせると、アルデアは笑顔を見せた後、ぱっと姿を消す。

 代わりに彼女の周囲に生まれたのは、五つの氷の棘。初級精霊術『氷棘アイス・ニードル』だ。


『行って』


 短く発した言葉に呼応し、氷の棘は先程の炎同様、真っ直ぐ的を目指す。

 炎の中に飛び込んでも、溶けることもなく。

 そして、これまた綺麗に五つの的の真ん中を撃ち抜いた瞬間。


「おおおおおっ!」

「な、なんだ、ありゃ……」


 見守っていた参加者達は、またも各々に驚愕や戸惑いを見せた。


 だが、それもまた仕方ない。

 燃え盛っていた炎が、今度は一気に凍りつき始めたのだから。

 炎の壁が氷の壁に変わるまで、大して時間は掛からない。その威力は、間違いなく精霊王の加護を受けているとさせるものだった。


 闘技場にいる者達は口を開けたまま、愕然とした顔を晒すだけ。

 そんな中、せつと顔を見合わせた玉藻は、感心した顔をする。


せつよ。やはり其方そなたしおるではないか」

「玉藻だけ先に戻るのは嫌だもん」

「はっはっはっ。そうじゃな。では、共に戻るとするか」

「うん」


 素直に頷いたせつに、小さく笑う玉藻。

 互いにと表現したが、これは別に、試験を一度で終えようとしたことを指してはいない。


 確かに二人は類まれなる魔力を持っている。

 が、それを駆使したわけではなく、それぞれの妖術──玉藻は得意の狐火を。せつも雪女としての力をそれぞれの魔法に併せて発動し、より強大な魔法に見せただけ。

 勿論この世界の者は、妖術など知らないし感じ取れない。だからこそ、彼女達が初級魔法で恐ろしい威力を出したと勘違いしたのだ。


 ずる賢い女狐の行動は、間違いなくゼルディアの予感が当たったことを示している。

 だがそんな彼も、そこにある真実を知ることはできなかった。

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