第六話:異質な才能
一通りの参加者が最初の試験を終えたのを見届けたシスティは、また石版を取り出すと、先程とは別の形を指でなぞり描いていく。
すると、今度は的があった方と真逆側に先程の的と同様、床から何かがせり上がってきた。
「お。宝箱じゃーん!」
待ちくたびれていたメリーが、またも空気を読まずに目をキラキラとさせ、楽しげな声をあげる。
その言葉の通り、姿を見せたのは大小さまざまな宝箱だった。
大きさは両手で簡単に抱えられそうな小さな箱から、人の下半身くらいある大きな物まで様々。
錠も宝箱自体に穴の空いた錠前から、独立した錠で施錠されている物まで。色も形も違う宝箱が、参加者の人数分よりやや多い数、そこに置かれている。
『次の試験は宝箱の解錠です。好きな宝箱をひとつ選び、開けて中のアイテムを取り出してください。どのように開けるかは、他人の手を借りなければ、自由にしていただいて結構です。但し、あの中にはひとつだけ、
再び試験官として冷静を取り戻した彼女は、さらりとそんな事を口にしたが、そのせいで試験の参加者は思わずざわめいた。
しかも相手が近寄るまでぴくりともしないその姿は、まさに宝箱その物。しかも
欲に駆られた冒険者が命を落とすこともしばしばある
だが、特に盗賊を目指すようなものであれば、宝箱とは面と向かわなければいけない。そういう意味でも、危険をどう回避するか。それも含めた試験としているのだ。
なお、確かにこの試験で
参加者を驚かせはしても、殺しまではしないよう使役されているので、実際は皆が思うほど脅威ではない。が、それを参加者は知りようがない。
『では──』
「よーっし! じゃあメリーはあの、一番おっきいのにしよーっと」
「何!?」
またもシスティの始めの号令を遮り、楽しげに歩き出したメリー。
その選択は、そこにいる参加者を驚かせるに十分だった。
冒険者ならまず、
それは、一定の大きさより小さな宝箱に擬態できないという事。つまり、それより大きい宝箱を避けるのが定石。
だが、彼女は迷わず、それ以上の大きさを誇る、最も大きな宝箱を選んだのだ。
「あいつ、自分でハズレを引きに行く気か?」
「でも、さっきの事もある。何か秘策でもあるのかもしれないぜ」
ざわつく参加者達。
実際、選んだ宝箱が
そんな中。
「あの女、足音ひとつ立てやがらなねぇだと!?」
観客席から見ていたマールは、メリーから目を離さずに、またも驚いた顔をする。
間違いなく、歩き方は普通。そこに隠密の技術など感じない。だが、足音がしないのだ。
理屈はわからない。
ただ、盗賊や暗殺者として類まれなる才能を持っているということだけは、彼女もはっきりと理解する。
そしてもう一人。そんな異質な才能を感じとった人物がいた。
「それだけではないがな」
「どういう意味だよ」
ぼそりと呟いたサルヴァスの言葉に、思わずマールが顔を向ける。が、彼はそれ以上の言葉を返しはしない。
彼女が舌打ちするのも気に留めず、じっとメリーを見つめるサルヴァス。
彼もまた、マールの気づきとは違う、メリーの異質な才能に気づいていた。
──もし街中で静かに
そう。
メリーはただ歩いているのではない。完全に気配を消している。
理由は彼女の適性──闘気も魔力もないからこそ、だけではない。
怪異もまた、常に相手を怯えさせるわけではない。
相手が悪寒や不安を感じるのは、怪異が恐怖を与えようとするから。
だが、今の彼女はそんな事をしていない。何なら、
今メリーを意識できているのは、先程から目立つ行動をして、彼女を意識しているから。
他の者達も同様だからこそ、よもやそこに気配がないなどと考えてもいない。
剣聖として多くの命の駆け引きをしてきた男だからこそ、敵に回せば自らの命に絡むであろう、その才能を見抜けたとも言える。
だが、そんなサルヴァスですら気づけなかった。
メリーが、意図して
そして、彼女が人ではないことを。
不安を一切態度に見せる事なく、笑顔のまま宝箱の前に立った彼女に対し、
それを見てにんまりした彼女は、そのまま何故か宝箱の後ろ側に周り、すっとしゃがみこんだ。
宝箱の鍵を開けるのであれば、正面の錠の前でしゃがむはず。
訳のわからない行動の数々に、皆が唖然とする中。彼女は
「私、メリー。今ね……あなたの後ろにいるの」
瞬間。宝箱がバンッと勢いよく開いたのだが。
同時に、神也達一行を除く参加者達やシスティの背中に悪寒が走り、
「な、何じゃ!? 今のは!?」
「わ、わかりません……」
声を震わせ、青ざめるゾルダークとシャリオット。
「な、何だよあいつ……」
今までに多くの者を死に至らしめてきたマールですら、鳥肌が立つのを堪えられず、期待と恐怖の入り交じった、青ざめた笑顔を見せている。
驚愕するシスティの脇に立っていたゼルディアも、思わず剣を手に身構え。顔色を変えず無言だったものの、あの剣聖サルヴァスでさえも、無意識に剣の柄に手を当てていた。
彼等がそこまで反応した理由。
それは……メリーから発せられた、尋常ならざる殺意。
言葉を掛けた瞬間、メリーが
未熟な者は悪寒程度で済んでいたが。呪いを向けられた本人や、実力のある者ほど、強くその殺意を肌で感じとっていた。
「いーい? メリーがアイテムを出す前に動いたら、殺すから」
耳があるわけではないのだが。より宝箱に近づき、いやらしいほどの笑みで耳元で話すかのように囁いたメリーは、笑顔のまま立ち上がると、再び宝箱の正面に回り込んだ。
中を覗くと、システィが言っていた通り、一本の巻物が入っている。
「いえーい! お宝ゲットー!」
すっと宝箱に手を伸ばしそれを取り出したメリーは、それを手にするとシスティに向け、周囲の警戒など他所に、笑顔で手を振った。
「ねーねー、システィちゃん。これでおっけー?」
『……!? は、はい。問題ございません』
「試験はこれで終わりだよね? みんなの所に戻ってもいーい?」
『は、はい。これで終了ですので』
彼女の言葉に、またも我に返ったシスティは、先程の恐怖の衝撃が抜けないまま、あっさりとそう答える。
「やったね! じゃ、結果発表、楽しみにしてるね!」
返事を聞いたメリーは、さっきまでの殺気など感じさせない嬉しそうな笑顔を見せると、ぽいっと巻物をその辺に投げ捨て、小走りに神也達の下に戻って行く。
天真爛漫で自由奔放。
そんなメリーの行動は、色々な意味で皆の心に残るものとなったのだった。
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