第五話:目立ちたがり屋のメリー
システィ達の前に集まった、隠密系職業を希望した参加者は二十名ほど。
例年これらを希望する者は多くないのだが、何時になく人が多いはずの今回であっても、その人数は伸び悩んでいた。
とはいえ、これもある意味では仕方ないのかもしれない。
元々盗賊や狩人、将来的に暗殺者や間者、狙撃手を目指せるこの系統の職業は、冒険者としては不人気である。
理由は、地味。この一言に尽きる。
残念ながら、これらの職業は表舞台で目立つような活躍をする物ではないからこそ、華やかな魔法を使いたいとか、前線で武器を持って技を振るいたいと思い、そちらを選ぶ者はこの世界でも多い。
以前メリーが口にしたその言葉は、ある意味では一般的感覚とも言えるのだ。
希望者が出揃ったとみたシスティは、脇に抱えていた石版のような物を片手に取ると、そこで何かを描くように指をなぞらせる。
すると、闘技場の一角でゴゴゴゴッという地響きのような音と共に、床が開いて高さも距離も様々な的が、五つせり上がってきた。
同時に的と彼等の丁度中間。一番遠い的から約百メートルほどの距離に、くるぶしほどの低い台も現れる。
「うわーっ! すっごーい!」
多くの参加者が緊張しながらその光景を見守る中、一人だけはしゃぐメリー。
周囲が軽装の革鎧など地味な装備なのだが、一人メイド服のような格好なのもあり、一際周囲の目を引いている。
──何だ? 随分変わった女だな。
試験を受けに来たように見えない彼女を見て、思わず首を傾げるゼルディア。
一方、システィはといえば、試験でこういう態度を取る相手を見てきた経験からか。動揺する事もなく、試験内容の説明に入った。
『試験項目は二つです。ひとつ目は、あの台から各々が得意な飛び道具で、あの的を射抜いていただきます。制限時間はありませんが、準備に長らく時間をかけるなどあれば、それは評価に響きますので──』
トトトトトン!
と。冷静だったシスティが、突然耳に届いた音に思わず用意した的を見たのだが。その瞬間、彼女は目を瞠り言葉を失う。
いや、驚いたのは彼女だけではない。他の参加者も、ゼルディアも。何よりあのマールですら、椅子から身を乗り出し目を丸くしている。
「これでおっけーだよね? で、システィちゃん。次は?」
そんな異様な空気を作り出したのは、両手をぱんぱんっと叩いて、にこにこと笑顔を向けてくるメリーだった。
五つの的に、ほぼ同時に両手で投げ込まれた短剣が五本。全てが綺麗にど真ん中を貫いていたのだが、これはこの世界の常識に照らし合わせても、まずあり得ない奇跡のようなものなのだ。
確かにここは異世界である。
だが、盗賊や狩人、射手や暗殺者は別に、戦技があるとはいえ魔法を使うわけではない。
五つの的の中心に、短剣を五本ほぼ同時に当てることだけなら、
だが、それはもっと距離が短ければの話だ。
的まで約二百メートル。
これは弓や弩を使用し、かつ魔法で飛距離を伸ばすような付与でもしなければ、まず実現できない。
だが、メリーはそれをいとも容易く、飛距離が弓に遠く及ばない短剣で、魔法を使うことなくそれをやってのけたのだ。皆が目を瞠るのも仕方がない。
ちなみに、メリーからすれば、これは朝飯前と言ってもいい。それは何故か。
答えは至極単純。彼女が怪異だからに他ならない。
どこまで逃げても、最後には相手の背後に立ち、命を奪う。
伝説の怪異である彼女もまた、怪異の例に漏れず、いきなり相手を殺しはせず、じっくりと、恐怖に陥れてから死に至らせるのだが。
記憶にないだろうか。
怪異から逃げている人間の顔を、突然ナイフが掠める、恐怖映画などでよく描写されるこんなシーン。
あれはそんな怪異の本質を、見事に表現している。
殺そうと思えば何時でも殺せる。だが、そうしない。
相手が恐怖するのを楽しむかのような、怪異の特異な行動を実現するには、相応の力がなければできるわけがない。
相手がどこにいようが、どれだけ離れていようが。恐怖させるために顔にナイフを掠めさせられる怪異達。
考え方を変えれば、それだけの事を実現できるだけの力を、彼等は持っているという事。
勿論メリーも例外ではなく、この距離であろうと短剣を的に当てるのなど朝飯前なのだ。
彼女が駆使した異能の力。
だが、それは魔法でもなく戦技でもない。それだけに、ただの人が見極められるわけもない。
『お、お前。今、何をした?』
顎が外れたかのように口をぽかんと開きながら、唖然とするゼルディアに、メリーは不思議そうな顔をする。
「え? 試験のお題を熟しただけだよ? それよりシスティちゃん。早く次のお題を出してよー。メリーが退屈しちゃうじゃん」
相手は
他の参加者からすれば超が付く有名人相手に、これまた物怖じもせず不満そうな顔をするメリー。そんな態度もまた、皆の注目を集めるに十分だ。
『コ、コホン。メ、メリー様。
はっと我に返ったシスティは、口に手を当て咳払いをして平静を装うと、メリーをそう制する。
「えーっ。まあいいけど。みんな、早くしてよね」
途端に彼女は腕を組み、不機嫌そうな顔をする。
それでも渋々従ったのは、試験に落ちては元も子もないから。
開幕から異彩っぷりを発揮し、十分に目立ったメリー。
未だ戸惑い収まらない残りの参加者達は、本来試験で使うことを想定されていた、弓矢などを使い試験を進めていったのだが。
流石にあんな物を見せられた後。普段以上に緊張し、実力を出しきれず肩を落とす者も多かった。
そんな参加者や、未だ彼女を驚愕しながら見つめる
──メリー、あれでアピールできたかな?
彼女は一人、内心そんな事を考えながら、一人にこにことしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます