第三話:いざ、試験へ

 偶然にも試験は一週間後に迫っており、明日が受付の締切日。

 そのため、フラナによって用意された受験票に、神也達は急ぎそれぞれの情報を書いていった。

 

 彼等が書くべき主な項目は、名前に種族、登録冒険者ギルドに希望職業。

 そして──。


「ブラウさん。この『推薦を希望する』っていう項目は何ですか?」


 神也の問いに、ブラウは少しだけ渋い顔をすると、そこについて説明を始めた。


「ああ。この国の冒険者ライセンス取得試験は、国王の側近なんかも見に来るんだが、そこでより実力がある者がいれば、国の騎士団や魔術師団なんかにスカウトされるんだ。それを希望するかどうかって項目だな」

「スカウトを受けると、どうなるんですか?」

「それを受け入れた場合には、冒険者ギルドにスカウト料として一定の額が入るが、そいつらはギルドを離れ冒険者ではなく、王国直属の一兵卒となるんだ」


 彼は説明をしながら、内心不安を感じた。

 確かにスカウト料は悪くはないし、最近は王国正規の入団試験とは別に、この試験を利用しスカウトされようとする者達も少なくない。


 国に登用されるのは、冒険者よりも安定した職に就くという事。

 もしもの話があった場合、その選択肢を選ぶのでは。

 ブラウの頭にそんな嫌な予感が過ったのだが、それは神也の前では杞憂でしかない。


「ありがとうございます。みんな。これはを選んでくれる?」

「承知しました」

「うん」

「はいはーい!」

「若のご要望通りに」

「そうくると思っておったぞ」

「ま、当たり前の話だけどね」


 セリーヌやあやかし達も、あっさりと彼の意見を受け入れ、皆が同じ方にチェックを埋めていく。


「あ、あの。いいんですか?」


 あまりにさらりと決定した事に、フラナが思わず口を挟んでしまったが。


「はい。僕達は冒険者として旅したいと思って、ここに来たんですから」


 と、神也にさらりと笑顔で返されれば、彼女もそれを受け入れることしかできなかった。


   § § § § §


 受験票の記入を終えた後、バルクはそのまま別の街に旅立つからと、冒険者ギルドを後にした。


「セリーヌ様。どうかご無事で」

「ええ。バルクも、道中お気をつけて」

「今度来た時は、落ち着いて酒でも飲もう」

「ああ。その代わり、ちゃんとギルドを残しておけよ。じゃないと、お前に会いに来れないからな」


 セリーヌと共に別れの挨拶を交わすブラウに対し、半分冗談でそう言って笑ったバルク。


「ああ。ただ、あまり待たせるなよ。こっちだって大変なんだからな」


 未だ不安を拭いきれてはいないブラウは、そう言って苦笑したが。バルクは何となく予感していた。

 神也達に任せておけば、『最後の希望』に、新たな希望が生まれるのではないかと。


 そのせいだろうか。


「わかったよ」


 バルクはそう、嫌味も何もなく、迷いなく笑顔を返していた。


   § § § § §


 そして、受験票を提出してから一週間。

 ついに冒険者ライセンス取得試験当日となった。


 天気は快晴。気温も春先のような気候の為、非常に心地良い。

 そんな爽快な天候の下、神也達は各々冒険者の格好をしたまま、『最後の希望』のギルドの前に立っていた。

 入り口には、ブラウとフラナが立っている。


「が、頑張って来てくださいね」


 眼鏡をぎゅっと直した後、緊張しながらぎゅっと両手を握るフラナ。

 横目で彼女を見たブラウはふっと笑う。


「おいおい。そんな顔をしたら、逆にシンヤ達が緊張するだろ?」

「だ、だって。みんなが冒険者になれなかったら、ギルドは存続できないんだよ?」

「それはわかってるよ。だからって、俺達が変に期待して、試験前から緊張させてもいけないだろって」


 肩を竦めながらそう戒めたブラウは、笑顔のまま神也達に向き直った。


「皆さん。半年に一度試験がありますし、落ちても再試験は受けられます。だから気楽に受けてきてください」

「ブラウちゃん。それって、メリー達に期待してないって事? つれないなー」

「は? そ、そうは言ってないだろって」

「わかってる。わかってるよー。大丈夫。メリーちゃん、それくらいじゃ落ち込まないから」

「だから違うって言ってるだろ!」


 悪戯っぽい笑みを浮かべるメリーに、思わずブラウはムキになる。

 だが、彼女は悪びれる様子もない。


「メリーよ。話し込んで遅刻してはブラウもがっかりするじゃろ。そろそろ行くぞ」

「ちぇーっ。残念」


 本音は、メリーが彼をからかうところを見ていたい所。だが、確かに時間は限られている。

 やむなく制した玉藻の言葉に、メリーは不満そうに、両腕を頭の後ろに回す。


「では、行ってきます」

「おう。シンヤも頑張ってこいよ。セリーヌ様もお気をつけて」

「ええ」

「フラナ。帰ったら今日も美味い飯を頼むよ!」

「うん! 沢山用意して待ってるから。その代わり、ちゃんと合格してきてよね!」

「任せときな!」


 六花の威勢のいい返事とガッツポーズに、フラナは笑顔を取り戻す。

 そして、二人を残し神也達一行は一路、試験会場となる王都の闘技場へと歩き出した。


 特に緊張することもなく、普段通りに話しながら歩いて行く一行。

 この一週間で、王都を色々見て周り、地理を覚えたのもあるが、特に闘技場は王都のシンボルのひとつともいえる大きさだからこそ、迷う事なく辿り着いた。


 そこには既に行列ができていたため、彼等もその最後尾に並び、時を待つ。


「お兄ちゃん。沢山人がいるね」

「うん。これだけ試験が受ける人がいるって、冒険者って人気なのかな?」

「いえ。推測ですが、ブラウの言っていたを目的とした方も多いように思えますね」

「そうなんですか?」


 セリーヌの神妙な顔に、自然と首を傾げる神也。

 高校生であるが故に、冒険者の試験なのに国に登用されるのを目的とする、という感覚がわかっていない。

 そんな神也に、鴉丸は彼女と同じ感情を抱いた理由を説明する。


「セリーヌの申す通りでしょうな。身なりの良い者も、随分と多い」

「闘技場側のあの一団なんて、露骨に騎士になりたーいって装備だもんねー」


 メリーが指差した先にいたのは、確かに騎士らしい鎧を着込んだ集団。

 まとまって話しているのを見ても、彼等が冒険者パーティーを組むようには見えない。


「ま、他人の事なんてどうでもいいさ。今回の試験はあくまで冒険者となれるだけの素質を見るんだしね」

「そういう事じゃ。別段ライバルというわけではないじゃろ。粛々と妾達わらわたちの実力を見せればよいだけじゃ」

「そうだね。ブラウさん達のために、僕達も頑張らなきゃ」


 六花と玉藻が気楽そうな顔で笑うと、少し緊張した面持ちで神也が頷く。

 はっきりと感じる気負い。勿論ブラウ達のためも理由にあるが、を皆も知っている。

 だが、敢えてそこに触れはせず、彼等は皆その言葉に頷いてみせた。

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