第二話:ギルドの事情

 一旦ギルドを閉店にしたブラウとフラナは、席のひとつに神也、セリーヌ、バルク、ブラウが腰を下ろし、側のもう一席をあやかし達が囲む。

 全員が席につき、皆が一度簡単に自己紹介を済ませた後、セリーヌは、ブラウとフラナにこの話を口外しない事を伝えたうえで、ここまでの経緯を説明した。


 サルディアの街にセリーヌを奪いに来た者の魔の手から助けてくれた神也達。その恩義を感じ、彼等の助けになろうと決めた事。

 ただ、旅をするなら冒険者として活動するほうが、旅の資金を工面しやすいであろう事から、まずは冒険者となるべくここ王都ラルディアンに足を運んだ事など。


 流石に神也達が異世界転移者で、あやかし達が人間ではないといった話や、セリーヌを捕らえようとした相手がドルディマンであった事は口にしなかったが、それでもブラウとフラナには十分に驚くべき話だった。

 特に、亡国の姫だったセリーヌが、理由があるとはいえ冒険者となろうとする。

 そんな予想だにしない話には、ブラウもフラナも驚きを隠しきれない。


「まさかそんな事があったとは……。シンヤ様に皆様。セリーヌ様や仲間を助けていただき、本当にありがとうございます」

「いえ。その分こちらも皆様に助けられていますから。それより、ブラウさんは歳上なんですし、もっと楽に話してもらっていいですよ」

「ブラウ。フラナ。わたくしからもお願いいたします。既にわたくしも姫ではございません。ですから、同郷の友とお思いください」


 神也とセリーヌの申し出に、短い青髪を掻きながら、ブラウが苦笑しつつ頭を下げる。


「お気遣い感謝致します。実際、冒険者ギルドを始めてから、丁寧な言葉遣いを使う機会が減りまして」

「なんて言っちゃって。お兄ちゃんは昔っから、セリーヌ様にも馴れ馴れしかったじゃない」

「おい! そういうのは人前で言うなって!」


 突然フラナに過去をばらされ、慌てふためくブラウの姿に、皆がくすくすと笑う。

 と、そんな和やかな空気の中、バルクがこんな話を始めた。


「それよりブラウ。このギルドの寂れっぷりはどういう事だ?」


 彼の言葉を聞き、ブラウは渋い顔をすると、大きなため息を漏らす。


「こんな所は見せたくなかったんだが。見ての通り、今や所属する冒険者はゼロ。そろそろ店仕舞いでもするかとフラナと話していた所だ」

「どうしてだ? 元々大きなギルドじゃなかったとはいえ、それでも活気はあっただろ?」

「ああ。実は二ヶ月ほど前、近くに新たな冒険者ギルドが出来たんだが。今はほとんどのギルドがそこに冒険者を取られちまってな」

「冒険者を取られた!?」


 バルクが驚愕の声をあげると、苦々しい顔でブラウは頷き、フラナもしょんぼりと俯いてしまう。


「まあ、取られたといっても競争社会。こればかりは仕方ないんだが。人気のSランク冒険者が所属し、しかも冒険者に掛かる手数料をたった五パーセントでやられちゃ、うちみたいな小さなギルドじゃ勝ち目はない」

「お話にある、本来の相場とはどの程度なのですか?」

「二十パーセントです。今までは各ギルドの活動を尊重し、各店が皆、足並み揃えていたんですが……」


 セリーヌの問いかけに答えたブラウが、お手上げと言わんばかりに肩を竦め、自嘲したこの話。

 冒険者ギルドとしては、かなり大きな問題である。


 そもそも冒険者ギルドとは、冒険者を所属させ色々なサポートを行う代わりに、冒険者がクエストを達成するなどした報酬の一部を収めてもらう事で成り立っている。

 つまり、冒険者が所属していないということは、稼ぎがないと同義なのだ。

 だが、彼が言う通り競争社会である事。また、冒険者という職業が命懸けで仕事をこなす職業である以上、こうやって手数料が掛からない冒険者ギルドに転籍し、少しでも儲けたいと考える者が多くなるのは必然。

 結果、このような事態となる冒険者ギルドも少なくはない。


「もしかして、駅からここまでの間にあった、あの冒険者ギルドが……」

「はい。宮廷大魔術師、ゾルダーク様の息子であり、Sランク冒険者でもあるゾルディア様が運営も兼ねた、冒険者ギルド『王道の風』。今や王都一のギルドです」


 神也の言葉に、そう説明したブラウがもう一度ため息を漏らすと、真剣な顔でセリーヌを見る。


「セリーヌ様。大変申し訳ございません。もし冒険者ライセンスを取得する試験をお受けになられるのでしたら、『王道の風』にて手続きする事をお勧め致します。試験で合格すれば、そのまま『王道の風』に所属も出来ますので、冒険者としての活動も安泰です」


 自らの冒険者ギルドの救済を求めない言葉は、間違いなく彼女達を思ってのこと。

 真剣な目から、セリーヌ達はその意思をしっかりと感じる。


  ──ブラウが仰る事ももっとも。ですが……。


 だが、納得はできなかった。

 同郷の者がこうやって苦しむ姿を見過ごしていいのか。彼女は思わず心を痛める。

 そして、彼女の表情に出る憂いを、神也が見逃すわけがない。


「あの、ブラウさん。この店は冒険者の所属がないままで、あとどの程度経営できますか?」

「あ? ああ。あと二、三ヶ月は耐えられると思うが」

「わかりました。でしたら、僕達の冒険者ライセンスの取得試験の手続きをお願いします」

「……は?」


 あまりに真剣な顔でそう申し出た神也に、目を丸くしフラナと顔を見合わせるブラウ。

 勿論バルクも彼等と同じ反応をしたのだが、セリーヌは別な驚きと共に彼を見る。

 神也がそう口にした理由を、咄嗟に察したからだ。


「僕達が冒険者ライセンスを手に入れて、仕事をこなせるようになれば、この冒険者ギルドを存続できるんですよね?」

「あ、ああ。それはそうだが。どう頑張ったって、ここは潰れかけの過疎ギルドだぞ?」

「そうですよ! それに皆様がいたからといって、最初はFランクからのスタート。報酬の高いクエストなんてまず受けられません。経営するのにジリ貧なのは変わらないんですよ!?」

「ジリ貧か。面白いではないか。であれば、妾達わらわたちで店を立て直すとしよう」


 ブラウ以上に熱くなったフラナに対し、意味深な笑みを浮かべたのは玉藻。

 いや、彼女だけではない。六花やメリーは笑顔で、せつと鴉丸は真剣な顔で彼等を見つめている。


「か、簡単に言わないでください! 聞いてなかったんですか!? ギルド経営だってお金がかかるんですよ!!」

「つまり、あたし達が冒険者になってすぐ、大金を稼げば良いって事だろ? 簡単じゃないか」

「うん! ダーリンにセリーヌちゃん。それにメリー達がいるんだよ? 余裕余裕♪」

「よ、余裕って、何処にそんな根拠が──」

「我等をみくびるでない。それに、若はお二人の事を考え、未来も見据えこう考えたのだ。であれば、我等も尽力するだけ」

「お兄ちゃんは、二人を助けたいんだもん。だから、私達もがんばるよ?」

「そういう事じゃ。先程話があった通り、妾達わらわたちはセリーヌ達の街を救っておる。ここまで将来有望な冒険者など、早々おらんじゃろ。少しは信じよ」


 あまりに自信満々なあやかし達の言葉。

 現実味のない、だが強い意志を感じるそれらを聞き、ブラウとフラナも戸惑いを隠せない。

 そんな中、セリーヌが凛とした表情で口を開いた。


「ブラウ。フラナ。まだ冒険者にすらなっていない、実績も何もない私達わたくしたちを信じるのは難しいかもしれません。ですが、どうかシンヤや皆様の言葉、信じてはいただけませんか?」

「いや、その、信じろっていうか。セリーヌ様が良いというなら、別に構いませんが……」


 どうにも腑に落ちないブラウとフラナ。

 だが。


「ブラウ。セリーヌ様がそこまで言ってくださってるんだ。別にいいだろ? 最後くらい、ギルドの名にあやかってもよ」


 ニヤリと笑ったバルクの言葉に、二人は少し気まずそうな顔をする。


「ブラウ。そういえば、こちらのギルドはどのようなお名前なのですか?」


 セリーヌがそう問い掛けると、バツが悪そうに頭を掻いたブラウが、観念しこう口にした。


「『最後の希望』です」

「ほーう。妾達わらわたちに似合いの名ではないか。のう? 神也」

「うん。ブラウさん。フラナさん。どうか僕達に、『最後の希望』を託してはくれませんか? お願いします」


 夢物語のような名を聞きながらも、恥ずかしげもなく真剣にそう願い出る神也。

 あまりに純真過ぎる彼の申し出に、またもため息をいたバルク。

 少しの間俯き考え込んだ彼は、顔をあげるとフラナを見た。


「フラナ。冒険者ライセンス取得試験の受験票、バラクを除く人数分持ってこい」

「え? お兄ちゃん本気なの!?」

「当たり前だ。お前だって、前に言ってたろ? 受付嬢は天職だって」

「た、確かにそう言ったけど……」

「いいか? 俺達は冒険者ギルドのマスターと職員だ。うちから冒険者になりたいって奴がいるなら、最後まで仕事を全うするのが努め。諦めるのはその後でいいだろ?」


 戸惑っていたフラナだったが、兄の予想以上の真剣な顔を見て、ふとこう思う。


  ──お兄ちゃんがこんな顔したの、何時ぶりだろう……。


 ここ数ヶ月。

 申し訳なさそうに、この店を去っていった冒険者達。彼等に声援を送り、必死に笑顔を取り繕っていたバルク。

 だが、深夜に一人、悔しそうに酒を飲んでいたのを見た事がある彼女だからこそ、その覚悟を肌で感じる。


「うん。わかった」


 ブラウに対し、笑顔を返したフラナは受付のカウンターの方に向かう。


「シンヤ。セリーヌ様。この店の店主として、最後までお力添え致します」

「こちらこそ。よろしくお願いします」


 彼女が去ったのを見届けた後、彼は深々と頭を下げ、神也もまた笑顔で頭を下げる。

 そんな神也のことを見つめながら。


  ──ありがとうございます。シンヤ。


 セリーヌもまた、心でそう感謝するのだった。

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