第三章:あやかし達、皆を驚かす

第一話:閑古鳥の冒険者ギルド

 神也達がサルディアの街を出て一週間ほど。

 森を抜け、街道に沿って近くの街へ行き。そこから駅馬車を乗り継いで、彼等はついに、ライアルド王国の王都ラルディアンへとやって来た。


「うわー……」


 昼過ぎ。

 駅馬車を下りた神也が、思わず空を見上げた。


 駅が一般居住区にあったせいもあるが。

 王都の名に相応しい、高さのあるタウンハウスが密集して並んでおり、折角の青空を半分隠してしまっている。

 互いの身分や職を示すような、様々な服装をした人の往来。

 タウンハウスの一階に収まる店の種類も様々。賑やかさは間違いなく、サルディアの街では味わえないだけのものがある。


「これは、凄いですね……」

「でしょう? 初めてここに来た方々は、大体皆目を丸くしますよ」


 神也の隣に立ち、同じく空を見上げたセリーヌに、バルクがにこにことそう口にする。


「へー。これが王都ってやつかい」

「ほんに、人が多くて騒がしいのう」

「うむ。これは落ち着かんな」

「えー? そうかなー? メリーはこういう町並みのほうが日本より落ち着くけどなー」

「あたしも、こういう雰囲気は好きだけどね」


 別の馬車から下りてきたあやかし達もまた、きょろきょろしながら彼等の下に近づきてきた。

 玉藻と鴉丸はどうもこの雰囲気が苦手なのか。あまり冴えた顔をしていないが、メリーと六花は逆にきらきらと目を輝かせている。

 そんな中、一人相変わらず無表情なせつが、神也達の下に小走りに駆け寄ってきた。


「お兄ちゃん達。疲れてない?」

「僕は大丈夫だよ。セリーヌさんは?」

「はい。わたくしも大丈夫です。このまま今晩の宿を探しましょうか?」

「セリーヌさん。その心配はございませんよ」


 セリーヌの提案に、話に割って入ったバルクが笑顔で首を振る。


「冒険者ギルドは宿も兼ねてます。基本はギルドに所属する冒険者が宿泊しますが、ご案内するギルドなら、皆さんも問題なく泊まれますよ」

「そうなのですか?」

「ええ。ま、セリーヌさんが来たと知れば、引き止めてでも宿泊してもらおうとするに決まってます」

 

 不思議そうなセリーヌに、にこにことしているバルク。

 彼女自身は半信半疑だが、彼にはの気持ちがよくわかっている。


「では、早速バルク殿に、冒険者ギルドに案内してもらうとするか?」

「そうしよ! メリー、喉乾いちゃったし」

「メリー。冒険者ギルドは喫茶店じゃないよ?」

「まあねー。でも、セリーヌちゃんがいたら、お茶くらい出るでしょ?」


 せつが釘を刺しても動じず、まるでそうなるのが当たり前といった反応をするメリーに、玉藻が肩を竦め呆れ顔をする。


「まったく。卑しいのう」

「うっさいわね! 玉藻だって馬車の中で散々お腹空いたってうるさかったでしょ!」

「はいはい。そういうのは後でやんな」

 

 相変わらず賑やかなやり取りをするあやかし達に、神也とセリーヌが顔を見合わせくすりと笑う。


「それじゃ、バルクさん。案内をお願いします」

「はい。わたくしめの最後のお勤め、しっかりさせていただきます」


 神也の言葉に頷いたバルクが先導し歩き始め、彼等は一路冒険者ギルドに向かい始めた。


   § § § § §


 より賑やかさの増した、商業区画。

 その一角に歩みを進め、辿り着いたのは、周囲の店と並び立つ、やや大きめの建物だった。

 ただ、そこにある違和感は拭えない。


「なんかあのギルド、活気がなくない?」

「確かに。さっき途中にあったギルドなんて、冒険者っぽい奴等がもっと頻繁に出入りしてたよな?」


 メリーと六花が首を傾げるのももっとも。

 これだけ人通りがある中にあって、そこの冒険者ギルドに出入りする者の姿は全くない。


「バルク。お店、休み?」

「い、いえ。そんな事はないと、思いますが……」


 せつの問いかけに、バルクもまた戸惑いを見せた。

 数ヶ月前に立ち寄った際には、他のギルド同様賑やかだった記憶しかない。


「まずは入ってみましょう」

「はい」


 神也の声にセリーヌが頷き、彼等は冒険者ギルドのドアを開け、中へと入って行くと。

 目の前に広がったのは、流石は冒険者ギルドといった感じの、独特な雰囲気のある場所だった。


 酒場のように点在し並ぶのは、六人くらいが余裕で相席できるだけの丸テーブルと椅子。

 近くにはカウンターがあり、店主らしき男がいる。天井からせり出した上部の壁部分に、食べ物や飲み物のメニューが羅列されていた。


 壁にあるクエストボードに貼られている紙に書かれているのは、様々なクエスト。

 その側には、ギルドに関係する処理をする受付があり、そこに受付嬢らしき少女がいる。


 中々現代の日本では見られない光景。

 残念なことを言えば、入る前に感じた通り、ギルドには職員であろうその二人以外、ということ。


 ドアを開けた時に、付いていた鈴の音がカランカランと音を立てた瞬間、中にいた退屈そうな顔をしていた二人の視線が向く。

 と、彼等はつまらなそうな表情から一変、驚いた顔をした。


「バルクさん!」

「おー! 久しぶりじゃないか!」

「おお。二人共元気にしていたか?」

「ああ。この通り、二人共ピンピンしてるさ」


 彼の名を呼び駆け寄ってきた、受付嬢をしていた眼鏡を掛けた三つ編みの少女と、カウンターを回り込みやってきた、体格の良いまだ二十代ほどの男。

 バルクは二人と順番に抱きしめ合い、再会を喜ぶ。


「ちなみに、この方々は?」


 軽い挨拶を交わした三人。そこでカウンターにいた男が、彼等の再会を微笑ましく見ていた神也達を見る。

 一見して冒険者に見えはするが、勿論男の知る冒険者ではない。

 と、そんな疑問を聞いたバルクが、にやりと意味深な顔をし、親指でセリーヌを指差す


「おいおいブラウ。いくら街を出て五年も経ったからって、そこの気品あるお方を忘れたとは言わせねえぞ?」

「そこの……」

「気品あるお方?」


 ブラウと呼ばれた男と、受付嬢の視線が彼女に向くと、セリーヌはいつものように柔らかな笑みを彼等に向けた。


「ブラウ。フラナ。お久しぶりでございます」

「え? ま、まさか……セリーヌ様!?」


 眼鏡の下の目を丸くし、口に手を当て驚いたフラナと呼ばれた少女。

 釣られて目を丸くしたブラウは、慌ててその場で片膝を突き恭しく頭を下げる。


「ま、まさかセリーヌ様が、このような場所にいらっしゃるとは。大変失礼いたしました!」

「し、失礼いたしました!」


 慌ててフラナも彼に釣られて膝を突くと、セリーヌは微笑みを崩さずにこう声を掛けた。


「お二人共。既にわたくしは冒険者を志す、しがない一人の女にございます。そのような堅苦しい態度はおよしください」

「え? な、何故サルディアの街を出てまで、そんな危険な事を!?」


 予想外の告白に、ブラウもフラナも目を丸くする中。


「流石にそのような態度では落ち着きません。座ってお話ししましょうか」


 セリーヌがそう言って、立つように促す。


「は、はい! フラナ。皆様を奥のテーブルに案内しろ。こっちは紅茶を準備する」

「う、うん。わかった! セリーヌ様も皆様も、こちらへどうぞ!」


 慌てて飛び出すように立ち上がり会釈した後、ブラウは慌ててカウンターに戻り、フラナもセリーヌ達を店の奥に案内する。

 そのバタバタ感に少し戸惑いながらも、神也達は部屋の奥に歩いて行った。

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