第十二話:旅立ち

 深夜。

 風呂を終えたあやかし達とセリーヌは、神也のいる寝室に集まった。

 ザナークとゼネガルドには既にこの話を済ませており、結果を知らないのは彼だけ。

 とはいえ、神也を納得させなければ、彼女は共に旅することも、支援をする事も許されない。


 実際、話をまとめるべく動いた玉藻達も、セリーヌ自身も緊張していたのだが。


「神也よ。妾達わらわたちはセリーヌが共に旅をする事を、認めることにした。それでよいか?」

「うん。わかったよ」

「え?」


 昼間、あれだけ拒んでいたはずの神也があまりにあっさり首を縦に振ったため、皆は驚き顔を見合わせてしまう。


  ──やっぱり、セリーヌさんの事を考えてあげたんだね。


 それを見て、神也は心の内をごまかすように、にこりと笑って見せた。


 実の所、彼はこの展開を予見していた。

 あやかし達が、こういった話を自分達に任せろと言ったことは一度もない。

 だが、あやかし達が神也の優しさを知るように、彼もまた皆の優しさを知っている。


 本音を言えば、セリーヌを危険に晒す事も、彼女が加わる事であやかし達への負担が増すことも避けたいのが本音。

 だが、あやかし達が彼女を認め受け入れるのであれば、それは自分が拒むことではない。


 だからこそ、神也は皆が風呂に入っている最中、独り気持ちを整理し、そういった決断をされた時の覚悟を決めていたのだ。


「シンヤ様。本当によろしいのですか?」


 未だ信じられないセリーヌが、思わずそう聞き返すと、神也はまたも頷くと、こう付け加えた。


「うん。ただ、ひとつだけお願いがあります」

「何でしょうか?」

「これから、僕達は仲間になりますが、自分のほうが年下です。だから、玉藻達と同じように、僕のことを呼び捨てにしてください」

「え? よろしいのですか?」

「はい。勿論、みんなの名前を呼ぶ時もです。さん付けくらいはいいですけど、流石に様付けは堅苦しいので」

「ほう。それは良案じゃのう」

「うん! さっすがダーリン!」

「決まりだね。改めてよろしく頼むよ。セリーヌ」

「……はい。こちらこそ、よろしくお願い致します」


 神也に認められ、やっと共に旅立てる実感が湧いたセリーヌは、六花の言葉に少し涙目になりながら、笑顔で力強く返事をする。


 そしてこの日から、彼女は姫という過去の立場を捨て、一人の自立した女性として、新たな一歩を踏み出す事となった。


   § § § § §


 あれから更に一週間が経った。

 街の者達にも改めて事情を話した所、哀しみの声があったものの、反対する者はでず。皆が総出で神也達の旅支度の協力に奔走した。


 それぞれが目指す職業にあった装備の製作。旅の必需品であるバッグや道具、保存食の準備などなど。意外な形で、普段以上の活気に溢れたサルディアの街。

 それは、護り続けたセリーヌとの別れを惜しむ気持ちを、ごまかすかのようだった。


 旅の前日には宴が開かれ、皆が彼女との思い出話に花を咲かせた。

 ゼネガルドが号泣しながら幼き頃のセリーヌの話を始め、亡国に想いを馳せた街の者達が皆、涙するのを見た時には、流石の神也達もしんみりさせられた。


   § § § § §


 そして、旅立ちの朝。

 空は快晴。絶好の旅立ち日和の中、神也達とセリーヌ。そして、この国の王都までの道案内を頼まれたバルクは、それぞれ旅支度を済ませ、街の門の前に立っていた。


 セリーヌはこの先の事も考え、冒険者の職業、司祭らしい白を貴重としたローブと両手持ちの長杖ちょうじょうを纏っているのだが。神也やあやかし達も、今までの服装とは異なる装備を身に着けていた。


 鴉丸はこの世界らしい軽装の服の上に、軽く胸当てだけをし、腰には愛用の剣を佩いている。勿論黒髪と同じ色の鴉面は付けたままだが、山伏のような格好とは随分無縁となった。

 重装を選択しなかったのは、やはり身軽さを活かすため。翼を出さずとも、十分な身体能力を有する彼女らしい選択ともいえた。


 せつは、光に透けるかのような水色の髪と同じ、淡い空色のローブを纏っている。今までより締まった感じの服装は、無表情なのもあって多少は大人びた感じはあるものの、それでもまだまだ幼さを感じるのは今まで通りだ。


 六花は、お気に入りのジャケットをイメージしたフード付きの真っ赤なコートの下に、同じく真紅の武道着を着込んでいる。

 赤髪と共に映えるその姿。残念ながらヘッドホンは異界の技術であるため、変化の力で隠してある。

 ちなみに、一応腰に拳甲けんこうをふたつぶら下げているが、今のところは素手で闘う気満々である。


 玉藻はなんと、今までと変わらない着崩した着物姿。

 とはいえ、流石にそのままでは目立つため、上から淡いピンク色をした、裾が地面に付きそうな長いクロークを纏っている。

 白い長髪も相成り、どこか和洋のちぐはぐさがあるものの、それでも隠せない妖艶さは、違和感を打ち消すに十分なものだった。


 メリーはというと、本人たっての願いで、今まで着ていた黒のゴスロリ調の服装に近い、フリルの多いメイド服を選んでいた。

 冒険者に相応しくない格好ではあるものの、金髪の映えるその格好は十分に愛らしさもあり、本人は大満足。一応武器となる短剣は太腿にバンドで止めているが、これもほぼファッションみたいなものだ。


 そして神也は、鴉丸をなぞったかのように、地味な町民の服の上から胸当てをしただけの軽装。腰には護身用にこの街で譲り受けた長剣を差し、左腕には固定型の小型の盾を装備している。

 過去に話していた通り、これでも鴉丸や六花に戦いの稽古は付けてもらっていたからこそ、自らの身は自分で護れるようにということでのこの格好。

 頼りなさを感じなくもないが、濃紺の髪と同じ色の瞳には、しっかりとした決意を秘めている。


「皆さん。本当にお世話になりました」

「こっちこそ。本当にありがとな!」

「近くに来る時はまた顔を出すんだよ!」

「お兄ちゃん達、ありがとう!」


 神也が見送りの街の人に頭を下げると、街の人達もまた笑顔でそんな礼を口にしてくれる。

 そんな中、一歩前に出たセリーヌを見て、皆が静まり返る。


「ここまで共に歩んでくださって、本当にありがとうございました。皆、達者に暮らしてください」


 寂しさを隠した凛とした表情の彼女。

 薄茶色の長い髪が、柔らかな風に吹かれてふわりと靡く。

 そこにある気品は、やはり一国の姫君だったと思わせるに十分だ。


「セリーヌ姫。ここは貴女様あなたさまの第二の故郷。何かあれば、気軽に顔をお出しください」


 町長を任されたゼネガルドが、ゆっくりとセリーヌの前に立つと、その場で会釈する。


「ええ。ザナーク。しっかりとゼネガルドを支え、街の者達の力となってください」

「はっ。お任せください!」


 恭しく頭を下げたザナークに頷いた後、彼女はゆっくりと手を伸ばしてきたゼネガルドに己の手を重ねる。


「姫様。どうかご無事で」

「ゼネガルドも。お身体には気をつけて」

「ありがたき御言葉。またお会いできるよう、長生きいたします」


 皺の刻まれた顔を濡らすゼネガルドに釣られ、セリーヌも瞳を潤ませる。

 だが、自ら選んだ別れと決め、涙は流さなかった。


 手を握り合い暫く。二人が名残惜しそうに手を離すと、ゼネガルドが神也達に顔を向ける。


「皆様。どうか姫を、よろしくお願いいたします」 

「はい。またセリーヌさんを連れて会いに来ますので、皆様もお元気でいてください」


 心配をかけまいと笑う神也。並ぶあやかし達もまた、皆が同じ気持ちで笑みを向ける。

 それに安心したのか。目を細めたゼネガルドもまた、涙をそのままに微笑んだ。


「それでは参りましょう。シンヤ」

「わかりました。では、失礼します」


 改めて会釈した彼等は、そのまま街の者に背を向け、既に開いている外壁の門をくぐっていく。


 背後から聞こえる声援に、歩きながら肩越しに振り返って手を振り合い。

 敬礼したままの門の衛兵に、あやかし達も笑顔を向け。神也達は、そのまま森の中へと歩みを進めていった。


 別れの余韻からか。街が見えなくなって暫くの間、誰もが言葉を発さず、森の中で聞こえる鳥たちのさえずりを耳にしながら歩く一行。

 皆が顔を上げ前を向く中、一人うつむき歩いているセリーヌ。

 悲しみを堪えた顔を見せている彼女を、ちらりと横目で見た神也は、すぐに視線を前に戻すとこう声を掛けた。


「……セリーヌさん。楽しみですね」

「え?」


 突然の、予想外の言葉にはっとし、顔を上げるセリーヌ。

 それに気づいた振りをして顔を向けた彼は、笑って見せる。


「あなたもやっぱり、街の外ってほとんど行ったことがないんですよね?」

「あ、はい。ここに来てから、ずっとサルディアで暮らしてまいりましたから」

「だったら、しっかりと世界を見て回って、そこで見聞きした話とあなたの成長を、土産話にしてまた戻ってきましょう。そうすれば、きっとみんなも喜びますよ」


 あれだけ旅の危険を訴えていたはずの神也。

 だが、まるでそんな事などなかったかのように、さらりとそんな提案をする。


「そうですよ、姫様」

「バルクちゃーん。街を出たらその呼び方は駄目だよって、前にみんなで話したじゃーん」

「え? あ、そうでしたね。すいません」

「まったく。この先の事もあるんじゃ。気をつけるのじゃぞ」

「は、はい。すいません」


 彼の気遣いに相槌を打っただけだったのだが。バルクの失態にダメ出しするメリーや玉藻。


「王都って、どんな感じかな?」

「バルクの話じゃ、サルディアなんかよりずっとでかいんだろ? 」

「あ、はい。それはもう。華やかさも賑やかさも段違いです」


 せつと六花にそう答えたバルクを見て、顎に手を当て神妙な顔をする鴉丸。


「ふむ。まだ見ぬ強者もいるであろうか」

「あー。そりゃあたしも気になるね。ま、そういうのも含め楽しまないとね」

「メリーちゃんはー、可愛い服があったら、いっぱい買っちゃおうっと!」

「まったく。それは妾達わらわたちが冒険者となってからじゃろうが」

「あ。そっかー。じゃ、頑張らないと。ね? セリーヌちゃん!」

「……はい。頑張りましょう」


 普段通りの反応に、周囲のあやかし達もまた、普段通りの和やかな雰囲気を取り戻していく。

 そんな中。メリーに話を振られたセリーヌは頷くと後、再び神也を見た。

 何も言わずに微笑んでいる彼を見て、彼女の心が温かな気持ちに包まれていく。

 優しき青年の気遣い。

 彼女を旅立たせるひとつのきっかけを改めて感じ。


  ──やはり、シンヤといられる道を選んで、良かった……。


 そんな喜びを、素直に微笑みに変えたのだった。

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